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22 奴隷窟

 少年はそう待たずして戻ってきた。行きとは違って一切暴れようとせず大人しい。

 戻ってきた彼はテントに入ってきたときに来ていた上等そうな生地の服から粗末ではないが簡素な服に着替えさせられていた。

 手首には木製の手錠。首には呪枷。今の俺とまったく同じ格好になっている。


 少年の光を失った目を見て、俺も同じことされたのだろうが意識のないうちにすましてもらえてよかったと思ってしまう。


 大男は少年をすぐには檻に戻さず、わざわざ女性の前まで連れ行った。

 少年はうつむいてもう女性の顔を見ようともしない。


「では、これにて契約成立です。代金はこちら」


 女性は少年には目もくれず渡された巾着の中を改めるとさっさとこの場を後にしていった。


 少年が再び俺と同じ檻に戻される。ついさっきまでとは別人のようにうずくまって微動だにしない。


「ネムラ、この坊ちゃんの調書もってこい」


「はい」


 大男が再び檻の前にやってくる。そして俺と目を合わせながら入れ墨男に指示を出した。ネムラと呼ばれた入れ墨男はすぐに一枚の紙を大男に手渡す。大男はそれを見ながら俺に質問をしてきた。


「昨夜は高貴なお方と気づかず失礼した。その紺色の髪に黄金の輪、ガラズィオス家の血を引いているな?」


 大男の目が緑色に光っている。俺はその目に見覚えがあった。ウルスが嘘を見破る術を使っていたときに宿していた眼光だ。


「さあ、よく知らないんだ」


 大男の眼光がわずかに揺らぐ。


「嘘ではない。が、本当でもない。セーダイの生まれってのは本当か?」


「本当だ」


 「セーダイ島」の出身ではないが「仙台」の出身ではある。この場合セーダイは仙台ととらえよう。

 今度は眼光に変化はない。


「父親は医者らしいが母親がガラズィオス家の血統なのか?」


「違う、医者なのは母だ。父親のことはよく知らない」


「ありゃ、ああ確かに『親は医者』とだけ書かれているな。女医とは珍しい」


 そう言いながら紙に書き加える。そしてもう一度俺を見て目を細めた。


「お前が魔法使いだと言うのは本当か?」


「本当だ」


「ならいつ紋章を受け取った?」


「知らない。気が付いたらあった」


「三日前以前の記憶がないってのは本当か?」


「本当だ」


 大男の目が糸のように細まる。

数秒の沈黙。その後ふーと息を吐き出して持っていたペンで頭をかきだした。


「まあ、ガラズィオス家の直轄にセーダイ島というのは実際ある。オリーブの名産地だ。植民地の女に気まぐれに手を出して気まぐれに紋章を与えたってところか?神子さまのやることはよくわからんねぇ」


 大男の目が元の黒紫のよどんだ目に戻る。


「なんにせよ、もう魔法は使えない。ここに呪枷があんの見せられただろう?俺のカースは特別でね、紋章の契約を無理やり破棄させて契約を上書きさせらんのよ。格下に限りね」


 大男が自分の首をトントンと叩きながら言う。俺はそれを黙って聞いていた。


「なんだ、お前さん随分落ち着いてるな?」


「騒いだってどうにもならない」


「はは、案外記憶にないだけで前もこれからと変わらん暮らしぶりだったりしてな。お前さんから聞きたいことは?」


 そんなものは特にない。どうやったら逃がしてくれるかなんて聞くだけ無駄だろう。だから適当に聞いておく。


「あんたの名前は?」


 する大男は愉快そうに笑いだした。そして立ち上がると言う。


「気に入った。お前明日の競売で金貨百枚にいかなかったらうちで働け。その方がよっぽど元が取れそうだ」


 そして入り口を振り返って「シルリア」と名前を呼ぶ。彼女はしずしずと前に出てきた。


「俺は奴隷商だけでなく娼館の主もやっていてね。これがうちの一番人気、『灰色の乙女』だ。こいつを求めてはるばる王都からやってくる領主もいる。一晩でそこらの農夫一生分の稼ぎを出す俺の銀葉貝。どうだ、その面と度胸があればお前もこうなれるぞ?」


 昨日のいいとこのお嬢様のような雰囲気の服装とは打って変わり目の前のシルリアは踊子のようなひらひらとした服を着ていた。多くの宝石が彼女を引き立て豊かな髪も降ろされいる。この洗練された姿を見てメイドなどと間違う者はいないだろう。

 さっきからシルリアとは目が合っているようで合っていない。彼女の灰色の目は曇り切った鏡のように何も映っていないかのようだった。


「……俺男なんですけど?」


「関係ない。むしろ流行ってる」


 うげー。


「俺の名はゴモラ。奴隷王とも呼ばれている。けれどもうちで働くときはオーナーと呼べよ」


 そう言って男はシルリアを伴い出て行った。


「お前たちの出る競売は明日開かれる。それまで大人しくしていろ」


 ネムラも後に続いて出て行くとテントの中は静かになった。すると今度はすすり泣く声がそこら中から漏れ聞こえてくる。


 一番近い発生源は真横だった。


「そんなに泣くな」


 このまま黙っているのも気まずく、それ以上に情報が欲しくて話しかけてみる。すると少年は顔から出せるあらゆる液体でぐちゃぐちゃになった顔面を上げた。


「ゔ、ゔるっ」


 多分「うるさい」と言いたかったんだろうが嗚咽にかき消されて結局言えない。それからも少年は呼吸するのも苦しそうにしばらく泣いていた。


 しばらく待って少年がようやく落ち着いてきたころ、もう一度話しかけてみる。


「俺の名前はルラ、お前は?」


「ジュール」


 まだ鼻をすすりながらだがジュールは思いのほか素直に答えてくれた。顔立ちといいさっきまで着ていた服といい、いいとこの坊ちゃんの雰囲気のある少年だ。


「ジュールはここがヘッファブのどのあたりなのか知ってるか?」


「どこもなにも、砦の中でしょ」


「砦?ヘッファブに砦なんかあったのか?」


 何のことを言っているのだろ。たしかにやたらと大きな建物ばかりで砦のようだとは思ったが。


「お兄さん、ここがどこだかわかってないの?ここは宿場町の方のヘッファブじゃない。奴隷窟の方のヘッファブだよ」


「どういうことなんだ?ヘッファブは二つあるのか?」


 少年は呆れたようにためをついた後説明してくれる。


「そうだよ。宿場町の方から東にあるのがこの奴隷窟だ。ヘッファブって言うのは元々この奴隷窟の後ろにある山の名前。できたのはこっちの方が先。ガラズィオス領一の奴隷市場、そこに来る客の為にできたのが宿場町の方のヘッファブ」


 そんなことも知らないの?とさっきまで背中をさすってやっていた俺を煽ってくるジュール。

 俺は知らないついでにもう少し聞いてみた。


「砦っていうのは?なんで奴隷市が砦である必要があるんだ?」


「ホントに何も知らないんだね。ここの奴隷市は普通の奴隷市じゃない、売買される商品は皆不法なものばかり、いつ領主に潰されてもおかしくない正真正銘の闇市だ。だから市自体を砦にして身を守ってるし、俺は一等民であるにも関わらずこうなっているんでしょう」


 そこまで説明されて思い出す。

 ジュールの言うとおりであった。ここ奴隷窟ヘッファブはもともとすぐ後ろにある霊峰ヘッファブでオリハルコンが取れ出した時に鉱夫にするための奴隷を売り買いする目的で作られた奴隷市だ。


 無理な採掘でオリハルコンはとうの昔に取りつくされ、肉体奴隷を売ることはなくなった。が、元々違法にオリハルコンを採掘していた性質上ならず者が集まり続け違法な奴隷を売買する奴隷窟として今もなお栄えてしまっている場所なのだ。


 本来なら罪を犯してないアトラス島の民、つまり一等民を奴隷として売買することは法で禁じられている。しかし法をかいくぐる者をどこにもいるもので人攫いや親に売られるなどして一等民が奴隷に堕とされることがあるとここのような闇の市場に流されるのだ。


 ジュールが自嘲気味な笑みを浮かべて言う。


「僕今日が誕生日だったんだ。だからその贈り物に奴隷を買おうって言われてここに来たのにまさか自分が売られるとはね」


 奴隷が誕生日プレゼントとはどんな世界観だよと思ってしまうがこれがこちらでの普通なのだろう。全く恐ろしいことだ。



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