21 売られた少年
そしてこのままでは俺も奴隷として売られる。
そんなのは絶対にごめんである!
いかに流されて生きてきた俺であってもこの流れには乗れない。やりたいことは見つからなくてもやりたくないことは明確な俺である。貧乏は嫌だからたくさん勉強していい大学に入った、無職は嫌だから就職活動もあの時期から頑張ってた、五号くんは嫌だから浮気女とは別れた!
全部無駄になったけどな!
とにかくである。前世からして踏んだり蹴ったりだったのだ、今世では何が何でも幸せになってやる。例え他人の体でも!
決めた。俺は新たなこの人生で幸せになるのだ。それが目的で生きる意味だ。
そして奴隷になるのは俺にとって幸せから遠ざかること。絶対に俺は奴隷にはならない。何とかして逃げ出してやる。そして腕の呪いも解呪して領主の息子として贅沢な暮らしを謳歌するのだ!今度こそ浮気をしない彼女も作る!うおおおおお!
「うわあああああああ」
俺が這いつくばりながら決意を固めていたそのとき、テントの入り口が開かれて騒がしい一団が入ってきた。
見るとひとりの少年を屈強な男が三人がかりで取り押さえている。少年はがむしゃらに暴れていてその度に緑色の髪が乱れていく。
「離せ、俺を誰だと思っている!俺はプラシノス家の血を引いているんだぞ!」
プラシノス家。東方領の領主の家名である。
「飛込みだ、奴隷王いねぇのか!」
「今は挨拶周りに行ってる」
広いテントだったが俺はその中でも一番入り口に近い檻に入れられていたのでその騒ぎがよく見えた。
少年は両手を荒縄で縛られているにも関わらず死に物狂いで暴れている。
その様子を後からついてきていた中年女性が無感動に眺めていた。
結局少年は猿轡をされて檻に入れられた。一番近かった俺の檻に。
「なら魔術師が来るまで大人しくしていろ」
乱暴に投げ込まれた少年は鉄格子を破る勢いで縋りつき、女性に向かって何かを訴える。その言葉は猿轡のせいで意味のある音にはならなかったが、涙の滲む訴えの切実さだけは伝わってきた。
「それで、いくらになりますの?」
しかし質素な服装の女性はまるで少年がいない者かのようにふるまう。入れ墨男に話しかけ、男の方は媚びた声で答えた。
「それがオーナーは今留守でして、すぐに戻ってくるのでお待ちください」
それを聞いた女性は目をすがめる。こんな場所には一秒だっていたくないと言わんばかりだ。
「えーと、血縁の売買をご希望とのことですが、どうしてまたこんなところまで……」
男が少年を押さえつけていた一人に手渡された紙を見ながら質問する。こんなところ、というのは裏市場のことだろうか。
「そこに書いてあるでしょう?あの子はプラシノス家の落しだねなんです。だからまっとうな奴隷商は怖がって買おうとしなかった。でもここは違う」
「ええ、ええうちでなら貴族の落胤だろうと大歓迎です。物好きに高く売れますからね。それが領主の血を引くとなれば更に高値が付きますとも。もちろん高額で買い取らせていただきます」
「早くしてくださる?」
一連のやり取りを少年は喉を嗄らさんばかりに叫びながら見ていた。しかし母親の最後の言葉を聞いて静かになる。それでも鉄格子に縋りつきながら同じ言葉を小さく繰り返していた。
「戻ったぞー」
ばさりと入り口のたれ布がひるがえり一人の大男が入ってきた。
本当に山のような大男であった。浅黒い肌に隆起した筋肉。長い赤髪をハーフアップにまとめた見るからにいかつい男が片手を上げて入ってきた。
「オーナー、こちらのご婦人飛込みでの売却希望です。商品はあそこの」
男が飛んでいき少年の方を指さす。大男は女性に「これはこれは」と声をかけてからこちらの檻に歩み寄ってきた。
男はしゃがんだらそれこそ山のようで、大きな影を作りながら少年を観察する。はたから見ている俺でさえ大男の底なし沼のような紫がかった黒い眼光が恐ろしかった。それを真っすぐに浴びせられた少年は「ひっ」と声を出して鉄格子から離れる。
「これはまた、今から開かれる競売で人気が出そうな商品だ」
と言った後俺の方に一瞬目を向けてきた。化け物に一瞥されたような感覚だった。その一瞬だけで生殺与奪もそれ以外の全ても、奴に握られているのだと理解するのに充分だった。
そして女性の元に行き「あの髪色、神の血かい?」と聞く。女性は大男の迫力に気おされつつ「はい」と答えた。
「すげぇなあ。神の落胤が一気に二人も競売にかかるなんて初めてだぞ」
「え、二人もって」
大男が俺を指さす。
「よく見て見ろ、濃紺の髪に黄金の輪がかかってる。ありゃ天の輪だ」
初めて少年が俺の方を見た。その視線は俺の頭頂部に注がれる。そして俺も少年の新緑の髪に金色の輝きが輪を成しているのを見た。
「暗闇で気が付かなかったなあ」
そう言った後、大男は例の紙を手渡されてふんふん言いながら目を通す。
「よろしい。ぜひともうちで買い取らせていただきます。金貨三十枚でどうでしょう」
大男の上機嫌な申し出に女性は口元に手を当てて驚いた。
「まあ、そんなになるんですの?ええ、ええ、その金額で結構です」
「それでは向こうで奴隷契約をしてくるので少々お待ちを」
大男がやってきて檻を開ける。そして少年を引きずり出した。随分無防備に檻の開閉がなされたが逃げる気は一切起きなかった。今は無理だと強く感じる。
少年は大男にテントの奥に引きずられて行き、見えなくなる。
奥の方から「やめて!」とか「お母さま!」とか叫ぶ声が聞こえてきたが当の母親らしき女性は残された入れ墨男に「ここに来るのは大変でしたでしょう」と話しかけられて「外にお付きがいますから」などと返していた。
そんな中、俺は大男に付き従う形でテントに入ってきた一人の少女を見ていた。
薄暗いテントの中、大男の迫力に気押されて意識が行っていなかったがその少女は見覚えのある顔をしていた。
被っている帽子で輝く真珠の種類も知っている。
その灰色の髪の少女はシルリアだった。
それまで入れ墨男と女性の横で伏し目がちに立っていたシルリアが不意に俺を見た。一瞬の流し目にどんな感情が乗せられていたのかわからないが、向こうも俺の存在に気が付いていた。




