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23 たそがれ時のこと

「ジュールは紋章は持っていないのか?」


 俺は声を極限まで小さくして聞いてみた。するとジュールはハンッと自嘲して刺々しい口調で答える。


「持ってないよ。持っているわけがない。俺なんかが直系の子なわけがない。あの人だって領主に見初められるほどの器量ではなかっただろ?」


 そうだっただろうか?ジュールの母親は艶やかな黒髪のきつい印象の美人だった。十二、三歳程に見えるジュールの母であるにしてはずいぶ若く、やり取りを聞いていなければ姉弟だと思っただろう。


「いや、充分美人だったよ」


「そうかな?でも美しければ幸せになれるってわけではないみたいだ」


 俺たちもこの見た目のせいで明日変態に買われる運命だしね。と言って笑うジュールは完全に自分の不幸な境遇に絶望しきっていた。


「あ、相手が変態かどうかはまだわからないだろう?」


「変態だよ!こんなとこ来るのは一部の金持ちか貴族だけ、そんな奴ら総じて変態だ!」


 そう言い切ってジュールはおよよとさらに泣き出す。さっきからずっと泣いてばかりだがそろそろ干からびるのではないかと心配になってきた。


 なんにせよである。相手が変態であろうがなかろか奴隷として買われるなんて御免だ。

俺は今日明日中にこの檻を逃げ出す。

 そのための策ならあった。魔法である。


 ゴモラは言っていた。奴隷の契約で紋章の契約を上書きしたから俺はもう魔法は使えないと。

 だがそれは違う。俺は初めから契約などしていなかったのだ。俺の持つ紋章はリュラ自身のもの、奴隷にされたからといって使えなくなったりはしない。その証拠に今でも魔力を左手に集中させれば紋章が浮かび上がる。

 魔力を宿した目は明かりのないテントの中も隅々まで見渡せた。


 しかし改めて観察してみるとである。どの檻に入れられている人たちも嫌に美形ばかりだ。男も女も総じて若く、奴隷の割にはいい服を着せられている。ジュールの言っていることはあながち間違ってはいないのかも……。


 とにかく、次である。次にこの檻が開かれたときに勝負をかけよう。鉄製の檻は俺の風魔法で壊すことができない。しかしそれ以外なら、木製の手錠も──人体も壊すことができる。檻が開いた瞬間にゴモラの首をはねるのだ。ゴブリンにそうしたように。


 そうなると次檻を開けてくれるのはゴモラ本人であるのが一番都合がいい。檻を開けてくれる前でも構わない。低い位置にある鍵穴のためにしゃがみ込んだ瞬間魔法を使う。檻から出るのはその後で構わない。腕くらいなら格子の隙間を通すことができる。死体から拾った鍵を使わせてもらおう。


 さっきはゴモラの圧にビビッてしまったが決心してしまうと再会が待ち遠しいくらいだった。


 考えをまとめた俺はふーと息をついて背中側の格子にもたれかかった。やることは決まったが今は待つしかない。いや、一つあったか。


「ジュール、お前ここからガラズィオス城までの道案内ってできるか?」


 俺は膝に顔をうずめて泣いているジュールの耳元でささやく。するとジュールはすすり泣くのをやめて顔を上げた。


「……できるけど。逃げるっての?」


「そうだよ、話が早い奴は好きだ。お前、一緒に来い」


 ジュールは呆けた顔で俺を見ていた。流れる涙はそのままに開かれた目に冷徹で傲慢な笑みを浮かべた少年を映している。


 はて、いくら他人の顔とはいえ俺はこんな表情が作れる奴だったろうか?リュラの顔立ちがもともと高慢ちきだからなのか、それとも‘‘リュラらしさ‘‘というものが板についてきたからか。

 

 そんなことを考えているとジュールが再びうつむいたので鏡が見れなくなった。


「……無理だよ。相手はよりにもよって奴隷王だ。逃げられるわけがない」


「策ならある。俺なら一瞬で奴の首をはねることができる。お前にもその術を与えられるんだ」


「術って?」


 俺はジュールがうずめる両膝の下に自分の左手を通す。そしてその手に魔力を込めた。

 

 ジュールが顔を上げる。その目には絶望以外の感情が宿っていた。


「あんた、あなたは、いったい誰?」


「それは無事ここを出られたら教えるよ」


 人生計画通りに進むことの方が稀である。保険を手に入れられた俺は静かに時を待つことした。


 ♢♢♢


 私の名前はシルリアではない。

 けれどももはやマーファでもない。

 

「なにを考えているんだい?」


「今夜のことを」


「ははは、君はあいかわらず口がうまいな」


 目の前の男を相手しているのは誰なのだろう。今微笑んでいるのは誰か。一体何のために。


「お待たせしました。スキーロ様」


 時間は夕暮れ、私と男だけだった土壁の室内に一人の大男が入ってくる。私は彼が来るまでのつなぎ役だった。

 

「これはこれはゴモラ殿。もう少し遅く来ていただいてもよかったのですよ」


 そう言ってスキーロはしわがれた手で横に座る私の肩を抱いた。瑞々しさの失われた老人の手だ。そのくせ不可解なくらい欲深い男だった。いっそ尊敬してしまうくらいに。


 主人が来たので私はスキーロの手をそっとほどいて席を立つ。そしてゴモラの背後に控えた。

 

「それで、私にお売りいただけるものとは何でしょう?」


「そう焦らないでください。うちのシルリアはどうでしたか?そのご様子だと気に入っていただけたようですが」


「それはもう。遠くイェラまで噂が届くだけはある。もしやお話とはそのことで?私に彼女をという話なら喜んで!いくらです!?」


 まったく本当に好き者な老人だ。だがこんなであってもイェラで五本の指に入るほどの富豪である。いくら領主から許可を得て島の特産物を扱っているにしてもあり得ないくらいの資産を保有しているのだ。 だから出会って三日程度の私を、奴隷王のお気に入りの娼婦を身請けしようなどという発想が出てくる。

 その財源はというと違法貿易であった。


 私はこの三日ゴモラの命令でこの男の異常な稼ぎの出どころを探らされていた。探らされていたと言ってもやることは簡単で相手の飲み物にとある薬を混ぜて話を聞くだけである。


 魔術とは恐ろしいもので相手の秘するところを簡単に暴くことができてしまうのだ。

 素直になったスキーロいわく、違法に取引しているのはアラナシルク。どうやって輸出量を規定より多くしているのかというと秘蔵の荘園を持っていてるのだそう。その他にもいくつかの仕立て屋を抱き込んでいて独自の縫製技術が必要なアラナシルクを仕立てさせているのだそうだった。


 しかし抱き込める仕立て屋などそれ一本では立ち行かないような腕の悪い連中ばかりでどうにか一流の職人を雇えないかという悩みまで聞かせてくれた。


「ははは、御冗談を。シルリアはうちの看板娘です。いくらあなたでも売るわけにはいきません。あなたに売りたい、というかあなたに売って欲しい物というのはこれのことです」


 そう言ってゴモラが小さな物をテーブルの上に置いた。


「これは、オリハルコン!」


 それは小さな指輪だった。一つまみ程の大きさで装飾はシンプル。しかしそれがあらわになった途端カーテンが引かれ、薄暗かった室内がパッと明るくなる。

  

 緋色を帯びた黄金はまさしく今外を照らしている夕日のよう。さながら一つまみの太陽がこの部屋だけを照らしていた。


「あなた、違法なシゴトをしていますね」


 ゴモラに言われたスキーロ氏が弾かれたように立ち上がる。彼が「来い!」と叫ぶと外で待機していた護衛の男が荒々しく入ってきた。


「ちょっと待ってください。スキーロ様、いやここではあえてスキーロさんと呼ばせてもらおうか。なんせ今は同僚として話しているんだから」


「同僚、ということは貴殿……」


「そう、私はあなたの持つ密輸ルートでこのオリハルコンを捌いてもらいたいのです」


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