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18 強者

「で、どうなんだ?クリオさんあんたどうして神殿に追われているんだ?」


「……オリハルコンの流出については何も知らない。悪いが話せることは何もない」


 フォスさんの頑なな姿勢を見てとるとウルスは「困ったなあ」と言ってフッと笑った。

 そして一度うつむく。


 それは一瞬のことだった。

 けれどもこのとき、俺は確かに空気のざわつきとウルスが極小さく高速で何かを言っているのが聞こえていた。なのに咄嗟に反応することはできなかった。


 ウルスは顔を上げるとフォスさんの首めがけてナイフを放った。そして握りしめた左手を突き出して言う。


『止まれ』


 ナイフはフォスさんの首に突き刺さるすれすれで停止した。もうほとんど切っ先が触れているのではないかと思うほどの近距離である。もしフォスさんが首を少しでも振ろうものなら刃は血に染まることだろう。

 俺は突然すぎて何の反応もできないまま固まってしまう。


「黒魔法使い!」


 フォスさんの言葉で俺はウルスの手の甲を確認した。けれど彼は黒い皮手袋をつけていてその下は確認できない。


「誰も動くな。魔法も術も使うんじゃない。これからする俺の質問に正直に答えろ。嘘をつけばわかる」


【風の精霊よ、偽る者を我に知らせよ】


 詠唱と共に彼の目が緑に光り出す。

 今度の詠唱は俺の理解できない言語だった。けれどもフォスさんが神聖術を使う時に詠唱する言葉に響きが似ている。

 きっとナイフを止めたのが魔法で今使ったのは神聖術なのだろう。


「どうせ南方神殿が絡んでいるのはもう確定しているからな。お前から聞けなくてもこっちは構わないんだ。ま、正直に話してもらえるに越したことはないがな」


 そう言いながらウルスは羊肉のチーズ焼きを自分の皿に丸ごと移すと塊のままかぶりついた。切り分けるためのナイフはたった今脅しに使われている。


「お前はオリハルコンの不正売買について何か知っているか?」


「……そういう噂があるのは知っていた。けれども南方神殿のある程度上の階級の者なら誰でも知っていることだ」


「その噂はどの程度のものだ?誰がどの経路で売っているかは知っているか?」


「知らない。具体的なことや名前は聞いていない」


「嘘じゃなさそうだな。残念」


 言葉とは裏腹にウルスは全く残念そうではない。むしろこれからが本番だと言わんばかりに目をぎらつかせて次の質問をする。


「ならあんたはどんな事情があって神殿のお尋ね者になったんだ?公明正大を謳うあの神殿様がよりにもよってエクトス教のコレギウムにまで仕事を頼んだんだ。生半可なことはしてないんだろ?」


「答えられない」


「命が惜しくないのか?」


 ウルスが左手をフォスさんに向けてほんの少し開く。すると空中のナイフがわずかに前進してフォスさんの白い首に一筋の赤い雫がつたい落ちた。


 フォスさんが青ざめた顔で目を閉じた。眉間にしわを寄せ震える瞼をなんとか開いて答える。


「命は惜しい。だからこそ言えない。言わないんじゃなく言えないんだ」


「なんだと?」


 言わないのではなく言えない。たとえ自分の命を人質に取られても。

 何が彼女にそんなことを言わせるのだろう。


 強張る彼女の顔には生殺与奪を他者に握られ、自由を侵されている者の苦悩や恐怖が浮かんでいる。大概無表情でいる彼女の初めて見る顔だったが俺はそれを見て何かを思い出しそうになった。


「なら何故言えないのか説明しろ」


「言えない」


「……お前、カースをかけられているな?」


 フォスさんは沈黙している。答えることができないのだ。それこそ彼女がカースをかけられている証拠だった。


 カース。魔術の一種で対象の体に魔術で印を刻むことで特定の条件下での拘束・強制をすることができる。条件は「約束をさせる」や「特定の言動を取らせる」などが主流で、カースをかけた魔術師本人が死ぬと解呪される。

 よほど高位の魔術師にしか使用できず。忌み嫌われる魔術の中でも最も下劣で野蛮なものとされている。


「おい、お坊ちゃん。そいつの服を脱がせ」


「は!?」


 いきなり水を向けられ、しかも絶対にしたくないことを命令された。そんなことをしたら俺が後でどんな目に合わされるか。フォスさんは絶対根に持つタイプだ。

 

 でもこの状況で拒否とか絶対にできない、どうしよう。

 そんなことを考えていたらフォスさん自ら「従ってください」と言ってきた。俺を見る目は必死で、心底からこの状況に恐怖しているのが伝わってくる。彼女の毅然という仮面はもう完全に剥がれ落ちていた。


 ほんとに全く嬉しくないが俺は立ち上がってフォスさんのもとに行く。「ごめん」と小さく言って彼女の襟ぐりを少し下げるとそれはすぐに姿を現した。


 左の鎖骨の上に片羽をもがれた蝶のような黒い痣がある。それを見てウルスが「やっぱりな」と脱力したようにつぶやいた。


「条件はなんだ?秘密をばらそうとしたら死ぬ。とかか?」


 「だったらどの道聞きだせないかぁ」と天を仰いでウルスが嘆く。その間にもフォスさんの首からは血の筋が途切れず流れ続けている。


「なあもういいだろう。俺たちをいくら脅してもあんたが得られるものは何もない。ここでのことは全部忘れるからもう解放してくれ」


「そうすると俺は親切にご馳走してやっただけの人になるな?」


「美味しかったよ。ありがとう」


 にっこりと笑顔で礼を言ってみる。

 が、ウルスは上を向いたまま俺を睨みつけて黙ってしまった。あまりに無感情で冷え切った視線を浴びて背中を冷たい汗がつたう。


長い沈黙。

だんだんと生きてこの部屋を出ることが難しく感じられてきた。


「わかった」


 緊張と焦りでおかしくなった俺は唐突に起きな声をだした。

 そしてたった今思いついたことをそのまま口にしだす。こうなるともう誰にも俺は止められない、俺自身でさえも。


「俺もあんたのことを雇おう。彼女にかかったカースを解呪してほしい。報酬はこの金と彼女の持っている情報の全てだ」


 そう言って俺はテーブルに金の入った巾着を乱暴に放ろうとした。ところで手首に強い痛みを受けて巾着を床に取り落とす。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが自分の左手首に深々と突き刺さったフォークを見て血の気が引く。


「い゛っ~~~!」


 床に金貨銀貨が散らばる音を聞きながら俺は手首を抑えてうずくまった。押さえつける右手の指の間から血がしたたり落ちていく。


「動くなつっただろ」


 こつこつと靴音を響かせながらウルスが近づいてきて無理やり俺の手首からフォークを引き抜いた。


「うわああ」


 一瞬のことだったが激痛が走り情けない声がでた。かろうじて確認したウルスの左手はまだ握りこまれている。


「俺を雇うって?こんなはした金で?面白いこと言うなお坊ちゃん」


「足りないなら増やせるぞ?お坊ちゃんだからな」


 俺が相変わらず床に這いつくばりながら答えるとウルスは意外そうに肩眉を上げてきた。


 ゆっくりと自分の席に戻ると立ったまま窓のを見上げて何やら思案しだす。

 そしてフォスさんと立ち上がった俺を一瞥すると「ま、ここで得られる物がないのも確かだしな」とつぶやいた。

 そして今一度俺に向き直ると


「神官戦士様もだか俺はあんたのことも気になるよ。全くどういう巡り合わせで一緒にいるんだ?なにか企んでいるのかい、神子さまよ?」


 と言ってきた。


「さあね、依頼を受けてくれるんなら教えてやるよ」


「……生憎、今は別件を抱えてるんでね。それじゃあ食事を楽しんで」


 そう言うとウルスは部屋から出っていった。階段を降りきる足音が聞こえたとたんフォスさんの首元からナイフが落ちる。その乾いた音を聞きながら俺とフォスさんはその場にへたり込んだのだった。


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