17 ウルスという男
露店からゾロゾロと人相の悪い男たちが這い出てくる。俺たちはあっという間に前も後ろも囲まれてしまった。
「おい兄ちゃん。そのキレイどころ引き渡してくれるってんならあんたにも分け前がいくぜ?」
「生憎、金には困ってない。それよりこっちは魔法使いと神官騎士だぞ、やめといた方がいいんじゃないか?」
実際相手がどんなに屈強な輩たちであっても、ただの人間相手なら逃げることくらい造作もないと思っていた。
隣のフォスさんの様子がおかしいことに気が付くまでは。
「なっ!」
突然フォスさんが意味をなさない声を上げた。訝しんで見ると彼女は目だけで俺に何かを訴えている。わなわなと震えながら剣を半分引き抜いた状態で固まっていた。
「ホセさん?」
フォスさんは立ったまま金縛りにあったかのよう動けなくなっていた。
おかしな点はそれだけでない。足元から伸びる彼女の陰が二股に割れていたのだ。不自然な影は背後へと伸びている。
「!魔術か」
「そうさ俺たちは皆異教徒だ。じゃなきゃ闇市で盗品売ったりしていない」
そこには地面に手をつき太陽に逆らって影を伸ばしている服屋の店主がいた。奴がフォスさんに魔術をかけて動きを封じているらしい。
「逃げるってんなら追わないぜ」
エスニック店主が左手に禍々しい炎を宿しながらじりじりと近づいてくる。他の男たちも魔物を召喚したり短剣を赤く光らせたりしながら包囲の輪を狭めている。
どうしよう。俺に使えるのは風魔法だけ、一人に対して使っている間に後ろから殴り掛かられたら終わりである。
万事休す。
そう思ったていたとき、路地の奥から声がした。
「そいつらを渡してもらいたい。なんたって町の外から狙ってきた獲物だからな」
聞き覚えのある若そうな男の声だった。
人垣がよけて奥にいる人物が姿を現す。そこに立っていたのはあの護衛の男だった。
「……ウルス。それは道理が通らないだろ?」
エスニック店主が護衛男、ウルスを睨みつけながら問いかける。けれどもウルスは全く意に介した様子もない。
「獲物を横取りしてはいけませんってか?そんなルール、コレギウムは言ってたか?」
「……」
「なあ?」
ウルスは言いながらこちらに進んでくる。あまりに堂々とした歩調だった。一歩踏み出すたびに身に着けている装飾品がシャラシャラと鳴る。
エスニック店主はそれでも動かなかったが先に服屋の店主が音を上げた。
立ち上がって術を解き、「わあった。引くよ」と言ってさっさと自分の店に戻っていく。それにつられるように他の男たちも元居た場所に散っていった。
ウルスは俺たちの前まで来ると肩を叩いてきて「じゃあ行きましょうか」と笑顔で言った。
さっきまでの威圧感が嘘のように掻き消え、吟遊詩人のようなつかみどころのない雰囲気に戻っている。
そしていつの間にか手にしていた短剣を俺の喉元に突き付け、両手を後ろ手に縛りながら歩き出した。
「妙な真似はしないでくれ、ご主人様の血を見たくなければな」
拘束はまるでほどけそうになく、喉を指でおさえられて声も出せない。
どうすることもできず、背後にエスニック店主の舌打ちを聞きながら俺たちは大通りに戻った。
大通りに戻るとまだあたりは明るいが西の空が薄っすらと赤らんできていた。
一歩日の下に出たとたん、元の喧騒が戻ってくる。と、同時に喉元の短剣が降ろされた。
ウルスが俺とフォスさんの耳元で「しばらく歩いて、そうしたら拘束を解く」とささやく。
言われた通り後ろ手を拘束されたまま無言で歩く。人ごみの中を縫うようにしばらく進んだ後、ようやく両手が自由になった。
「乱暴にしてすまん。俺は敵じゃない。あんたらに話があるだけだ」
ウルスが両手を上げてそう言ってくる。
俺とフォスさんは顔を見合わせてお互いの無事を確認した。
酒場から肉の焼ける匂いが香ってきて、ようやく俺の緊張は解けた。と、同時に間抜けな音が腹から鳴る。
これはかなり恥ずかしい。いや、よく今まで耐えてくれたと言うべきかもしれない。
「いや、ちょうど食事にしようって時に絡まれたから」
「それはちょうどいい。いい店を知ってるんだ」
ウルスがまるで友人を誘うかのような態度で提案してくる。フォスさんを見ると頷かれ「そこで話を聞かせてもらいましょう」と言われた。
「話が早くて助かるよ」
ウルスは「こっちだ」と言って大通りを更に奥に進んでいく。やはり進めば進むほど町の雰囲気は変わっていった。
「奥の方は比較的高級な店が多いんだ。だから雰囲気も落ち着いているし表に出て客引きもやってない。けれどもやってることはどこも同じさ。っと、ここだ。」
ウルスが立ち止まったのは周りと特に変わらない宿の前だった。かけられている看板には「湖の乙女亭」と書いてある。それを見たフォスさんが顔をしかめて「不敬では?」と言っていた。
ウルスが扉の中に入って受付けにいた若い男に「久しぶり」とあいさつをする。顔を知られているようで「お久しぶりです。前と同じ部屋でよろしいですか?」と聞かれていた。
「ああ、それと三人分の食事を頼む。女はとりあえずいい」
慣れた様子で言いつけると奥から店員が出てきて俺たちを上階へと案内する。
通されたのは最上階である四階の大通りに面した部屋だった。
高い位置にガラス窓があり、室内はそこから入る西日に照らされていた。大きな寝台と大理石のテーブルが置かれていて見るからに高級そうな部屋だった。
とりあえず寝台は無視して席についているとすぐに部屋がノックされ「お食事をお持ちいたしました」と柔らかい女性の声がした。
ウルスが入室を許可すると扉が開かれ、続々と皿を持った美女たちが入ってくる。その人たちが余りに薄着過ぎて俺は思わず目をそらした。
が、その手に持つ香ばしい湯気を上げる料理たちにすぐさま視線を縫い付けられる。
肉料理や魚料理、色とりどりのフルーツに見たことのない野菜のサラダ。牧歌的なようで進んでいそうなこの島の文明レベルはいまいちわかりずらいが、生の野菜が出てくるあたりここは相当な高級店な気がする。
いや、それを運んでいる女性を見てもそう思う。もう気にしていられないが。
私は食い入るように女性の運んできた肉料理を見つめる。もうそれ以外目に入らない。
ついさっき偽名が判明したフォスさんもこの胡散臭い護衛男もいい匂いのする女性たちもどうでもいい!
そんな私を見て肉料理を置いた女性がふふふと笑う。
「これはうちの名物なんです。羊肉のチーズ焼き、おいしいんですよ」
「あー、そうなんですねー」
料理名を教えてくれるのに前かがみになる必要はあるのか、分からないがどうでもいい、肉!
「今日は君たちはいい、下がってくれ」
「えー」
ウルスがそう言うと女性たちは文句を言いながら去っていった。
「じゃあ好きなだけ食べてくれ。もちろんここは私が持つ。足りなかったら追加してもいいぞ」
「ありがとう、いただきます」
「と言ってもこんなには食べきれないだろうがな」というウルスの言葉を聞き終えることなく私はフォークを手に取った。
まず初めに、やはりおすすめされた羊肉に手を付ける。上で焦げているチーズの香りがたまらない。大きな塊の肉は硬そうに見えたが以外にもすんなりと切り分けられた。口に含むとフルーティなお酢の風味とどこか磯の塩見が感じられる。それがチーズのまろやかさと調和して得も言われぬうまみを作り出していた。さすが看板料理なだけはある。
「それで、なぜ私たちを助けたのです?」
「その前に、噂の神官戦士様はあんたで合ってるよな?」
お次は魚料理に目が行く。見たことのない青く、いや変更色に身が光る怪しげな魚で鯛よりもやや大きい。上に乗っているのは玉ねぎだろか?臆せず一口。食べてみるとやはり玉ねぎだったようだ。ハーブの利いた淡白な魚にオリーブオイルの風味と玉ねぎの甘味がよく合う。火を通しすぎていないシャキシャキの触感もいいアクセントだ。
「質問をしているのはこちらだ。身分と目的を明かしてもらおう」
「そう、睨まないでくれよ。捕まえるつもりならこんなとこまで来てない。料理に毒も盛ってない。ほら、全然そんなことなさそうだろう?」
野菜も大事だサラダを食べよう。なんかよくわかん生の葉っぱにさらによくわからなん緑の物体がまぎれている。これはなんだろう?……チーズ、にミントを混ぜたものか?甘みと香ばしさも感じる。全く未知の味だ。でも悪くない。
「まあ、単刀直入に言いうと俺はある人の命令でオリハルコンの不正売買の根元を探っているんだ。そしてある情報筋から神殿が一口噛んでいるという噂を耳にした。それもその神殿というのがどこのことだと思う?」
「……」
果物も食べてみよう。見たことのない巨大なつぼみのような見た目をしている。とりあえず硬い花びらのような部分を剝く。なんだこれは白い帽子のような果肉が出てきた。あまり瑞々しくはない。よくわからないが真ん中をほじくって食べてる。うわっ!ふさふさして舌に絡みつく、味はしないし食べれたもんじゃない!
「あんたのいたっていう南方神殿だよ。なああんた、別に悪党って感じでもないのに何で逃げ出した上に追われているんだ?何かまずことでも知っちまったんじゃないかっ、て──」
口の中に広がる地獄をワインで必死に流し込んでいた私にウルスがおかわりを継いでくれた。
「逆だ。それは真ん中だけほじくって外の実を食べるだよ」
「ルラ様、このソースをつけて食べてください」
「あ、本当だ。ほくほくして美味しい」
美味しいが果物ではなさそうだ。味的にはゆり根が近い。
「気が抜けるなあ。高貴なお方はアーティを食べないのか?そんなことないよな?」
ウルスが呆れたように言う。
私はやっと空腹が落ち着いて二人の話がきける状態になった。
それにしても前から大食漢ではあったがここまで強烈に飢えたりしただろうか?リュラが俺に負けない胃袋の持ち主だったというだけか?




