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15 宿場町ヘッファブ

 呪枷である。それは細い少女の首で禍々しい存在感を放っていた。


「あの方とは一時だけの主従です。私共は店で働いている身なので」


 そう言いながらシルリアは首飾りを直す。俺は深くは突っ込まないことに決めて「そうか」とだけ返した。


 そのとき、川の水面にこちらに向かってくる影が映っているのに気が付いた。一瞬巨大な魚かと思ったが頭上を見上げて驚く。


「なんだあれは!?」


「きゃあ!」


 突風に襲われて土手を歩いていた俺とシルリアは再び川に落ちた。

 彼女はかなずちだったらしくまたすぐ溺れだす。俺は急いで腕の下に肩を回し力を抜くように促した。


 水面に浮かびながら過ぎ去っていく影を見上げる。

 それはまさしくドラゴンだった。


 山のように大きくはなかったが黒い鱗に覆われた爬虫類のような姿、たなびく長い尾、そして何よりあの翼!

 しかもである、その背には人が乗っているではないか。ドラゴンライダーだ!


「あの黒竜、竜騎士ドリュアスではありませんか?」


 竜騎士ドリュアス。ガラズィオス家に先代の当主の頃から仕えている竜騎兵団の団長。若い頃から武勇を誇り数々の魔物を倒してきた伝説を持つ戦士。


「こんな僻地になんの用だ?魔境でも開いたのか?」


 そうだとしたらたった一騎のみというのはおかしい。

 黒竜はあっという間に俺たちが今来た方角に飛び去っていった。


「すごいなドラゴン!」


 異世界に来て今が一番高揚している。

 俺が羨望を込めた視線を今や黒い点となった黒竜に向けているとすぐ隣でふっと噴き出す音がした。


「ごめんなさい。かわいらしい方だと思って」


「子供が何言ってんだ」


「あら、私たちそう変わらないじゃありませんか?」

 

 川岸に上がりながら話を続ける。

 聞いてみるとシルリアは十五歳だった。


「あなた様は?」


「俺は……思い出せないな」


 リュラが自分の歳を知らなかったとは思えない。引き出せる記憶はランダムできっかけが必要なようだ。


「なあにそれ、記憶喪失?」


 記憶喪失とは違う。元々俺にリュラの記憶などなかったのだから。


 これから俺は箱にしまってあるパズルを一から完成させていくように、リュラの記憶を補完していかなければならないのだ。彼に成り代わって彼の本懐を遂げるために。


 だがそんなことを話せるわけものなく、俺は「うっかり者なんだよ」とだけ返した。


 やっと橋までたどり着いた時には太陽が中天を通り過ぎた後だった。

 俺たち二人は橋を渡り、ようやく舗装された道に戻ることができた。馬にも乗ることができる。

 

「二度も川に落ちていましたがお怪我はありませんか?」


「ああ、俺も彼女もなんともないよ」


 心配してくれるフォスさんにそう答えていると横から初老の男性が話しかけてきた。


「シルリアを助けていただいてありがとうございます。あなたが居なければ彼女は死んでいたかもしれません」


「当然のことをしたまでです」


 フォスさんをまねして返事をする。

 たたずまいも話し方も見るからに上品そうな男だった。温厚そうなしわが刻まれた顔ときちんとまとめられた白髪を見てこの人物が?と少し驚く。もっと油ぎった男かと思っていた。


「こちらの方はイェラで貿易商をされているスキーロ様です。スキーロ様、私ホセの主人のルラ様です」


「なんて上等なアラナシルクの服でしょう。あなた様のご実家はそれは高級な呉服屋なのでしょうね。縫製技術も何て見事なんだ」


 差し出された老人の手を「ええ、まあ」と言いながら握り返す。ホセことフォスさんの方を見ると歪んだウインクを返された。


 ここでは俺は呉服屋のルラでホセという神官騎士の主らしい。

 そしてイェラとは白百合の丘で見た白い湾岸都市の名だ。


 スキーロ氏曰く、今から馬で急いでも夜までにたどり着けるのは次の宿場町くらいだということだった。


 フォスさんと話し野宿は嫌だし、急いでもしょうがないということになる。

 俺たちは行き先が同じということで自然と同道することになった。


 スキーロ氏は商談のためにこの先にある宿場町に来ていたのだとか。一仕事終わり、気晴らしに川沿いを散歩でもしようと思ったそうだ。


「ただ歩くだけはつまらないと思い、彼女たちに花を添えてもらっていました。彼は護衛です」


 スキーロ氏の視線の先でリラを持った紫髪の男が帽子を取って頭を下げた。芝居がかった動作と護衛というには派手な服装はまるで吟遊詩人のようだ。


「貿易商とのことでしたが、どのような商品を扱っているんですか?」


「私のところではそれこそまさしくアラナシルクやヒュアロス、バタシュガなど、主にアトラス島の特産物を輸出しています。逆に仕入れているのは香辛料や宝石などです」


 ヒュアロスとはガラスのことだがアトラス島で作られるのは他とは比べ物にならない程薄く透明度も高い上質なガラスである。そしてバタシュガというのはバーシュガという木から取れる蜜を結晶化させた所謂砂糖のような甘味料。原液のままでも高級品だが島の技術で高純度に精製された状態だと値段は跳ね上がる。


「どの品もいくら高く値をつけようと外の蛮族は構わず欲しがりますから。楽な商売です」


「それはいい!」


 蛮族、この老人島の外の人間を蛮族と呼んだぞ。これがこの島のスタンダードなのか?


 スキーロ氏は俺をよっぽど高級な呉服屋のぼんぼんだと見込んだよだ。道中しつこくうちのにも品物を卸してみないかと勧誘された。俺は嘘の呉服屋であるため苦笑いで躱し続け、まだ明るいが太陽がだいぶ西に移動した頃にやっと宿場町についた。


「すごい、思ったよりも大きい」


 どっしりとした数階建ての宿屋が立ち並ぶ大きな町だ。

 どの宿も一つ一つが小さめの館くらいはありそうなほど大きい。そしてどこも一階は酒屋になっていて昼であるにもかかわらず酔っ払いでにぎわっていた。

 

 俺が町の入り口に立つ黄金の像を見上げているとすぐ後ろでポロロンとリラの音が鳴った。振り返ると護衛の男が微笑みながら言う。


「ようこそ。北方領のオアシス、ヘッファブへ」


「オアシス?」


 おかしな別名だ。ここら一帯は川近くの緑地であるのに。


「ええ。オアシスですよ。私どもにとってのオアシスです」


 説明してくれる気はないらしい。それだけ言うと男はスキーロ氏の横に行ってしまう。彼はスキーロ氏から巾着を受け取ると深々とおじぎをして去っていった。


「私は一度彼女たちの店に立ち寄ってから宿に戻ります。いかかでしょう、お二人もご一緒しませんか?ぜひ話の続きをいたしましょう」


「いやあ、俺たちここに来るのは初めてなので二人でいろいろと回ってみたいと思います。なのでせっかくですがここで分かれましょう」


 呉服屋のふりをするのはもうたくさんだった。絶対に一緒には行かないと言う意思を込めて宣言する。


「ほほう。お二人で、いろいろと。それはお邪魔するわけにはいきませんな」


 もっと粘られるかと思ったが以外にもスキーロ氏はあっさり引いてくれた。けれども俺とフォスさんを交互に見る視線が嫌に粘ついている。


「それでは私共はこれで」


 そう言ってフォスさんがすたすたと進んでいくので俺は後に続いた。


「なんなんだ、あの爺さん」


「ここは宿場町であり、北方領随一の歓楽街です。あの老人、上品そうなふりをして随分な好き者でしたね」


「え!?」


 フォスさんに言われて俺は思わず町を見渡す。よく見ると酒屋で給仕をしている店員は皆露出が激しい。

 目が合ったと店員の一人にシナのきいたウィンクをされて思わずドギマギしてしまう。


「ルラ様、ご用がおありでしてたらここで一度別れましょうか?」


「ご用はないです!」


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