第九十四審 『風戦ぐ終幕』
失踪です。
今回は覚悟してください。
思い切り振りかぶり、握っていた刀をそいつに向かって投げ飛ばした。
見るからに動揺しているのが見て取れる。何も知らない人間からしたら、こんな得体の知れない物体には触りたがらないだろう。
同時に僕はそいつとの距離を一気に詰めようと進行方向を捻じ曲げ、スピードを上げる。
想像通り、そいつは飛来した刀を回避。
こいつの異能力の性質上、肉弾戦をするのはリスクが高すぎる。とてもいい作戦だとは言えない。
こちらの武器を仲介としてでなければ、触れることそのものに裏目が生じる。
であれば、今僕がやるべき事は一つだ。
地面を滑って背後まで回り込み、そいつの真後ろの地面に刺さっていた、先程投擲した刀に手を伸ばすと、僕と背中合わせになっているそいつに刀を突き立てる。
後方確認はしなかったが、明確な手応え。
刀を引き抜くと、そいつは息を漏らして地面に膝を着いた。
勝負あり……。
そう判断して、そいつの様子を確認することもなく、僕は奥にある階段へと歩き始める。
階段が目の前に迫った時、背後から声が聞こえた。
「最後にひとつ……聞かせてくれ」
その問いかけに僕は答えず、ただ足を止めた。
すると、そいつはゆっくりと告げる。
「『オルタ』を……見なかったか?」
思わず言い淀んだ。
それはそうだ、あいつの行動が白日の下に晒されてしまえば、Rebellionの裏切り者として検挙されてしまうかもしれない。
そんな状況で自分の計画を、仲間とはいえ他人に話すはずがないだろう。
「……知らない」
「オルタが誰なのか、知っているのか?」
依然としてそいつに背中を向けたままの僕に、そいつは独白するように続ける。
「俺たちは基本的に身分がバレないように、任務によっては全員同じ格好をして、顔も隠している。仮にそれぞれの名前、容姿を知っていたとしても、顔と名前が一致する程の情報を集めるのはかなり難易度が高い。それこそ、本人が自己紹介したりしない限り……な」
数秒間の沈黙。
僕は黙ったままそいつの言葉を聞き続ける。
「聞かせてくれ、『神格候補』」
深呼吸を挟み、極めて落ち着いた様子の声が周囲に響き渡った。
「オルタは、帰ってくると思うか?」
「……僕には、分からない」
「…………そうか。そうだよな」
再度沈黙が流れる。
「すまない、最後に一つだけ聞かせてくれ」
階段を昇ろうとした瞬間にそう聞こえてきたため、少し上げた片足を地面に下ろした。
「タクトは、元気か?」
その問いかけに、思わず動揺してしまった。
どう、答えるべきだろうか。
Rebellionとしてのあいつは、もう居ない。その自分を殺したのはタクト自身だ。
組織を裏切るだなんて、生半可な覚悟でできるものでは無い。だからこそ、返答に悩んでしまう。
「…………ああ。恐らく」
「……そうか。ありがとう」
満足そうにそう言ったそいつから離れるように、僕は足早に階段を昇り始めた。
ℵ
階段を駆け上がり、とある扉の前に辿り着いた。
立ち入り禁止の文字が記されているが、お構いなしに鉄扉を何度も蹴り飛ばし、留め具が歪んだのを見計らって思い切り体当たりする。
扉を破り、中に入ると、階段を昇った先にある屋内のテラスのような場所で、ドーム状に張られた天窓から降り頻る雪を眺めている、見覚えのある何者かの後ろ姿と、球状の結界に閉じ込められている、見知ったとある人物の姿があった。
彼女は僕の存在に気がついたようだが、声はこちらに届いていない。
「ルナ!!やっぱりここに─────」
「はぁ……君か」
息をつき、振り向いてそう言ったそいつの顔を見た瞬間、見覚えが確信に変わる。
目にかかるくらいの少し長めの茶髪に、色素が薄めのサングラス。頭の中でいくつかの点と点が線になったような気がした。
「イザ……ナギ……?」
お楽しみいただけましたか?
お久しぶりです。イザナギさん。
では、また次回。




