第八十六審 『Red Ocean』
失踪です。
寒暖差が激しいですね。
僕にだけ聞こえるような声量でそう告げた彼女の言葉に、僕は悩む間もなく振り返って声を大にした。
「アゼム!!」
「……!了解です!!」
僕の叫び声にハッとしたように応え、蒼く輝く杖を大きく振りかざす。
「アカネさん!ファントムさんも!」
軈て、彼の前には巨大な氷のオブジェクトが生成され始め、それを目の当たりにした他二人も駆け出す。
「カルナ!任せたぞ!!」
「はい、どうかご無事で!!」
言い終えると同時に、僕の足元の地面から巨大な氷塊が生成され、勢いのまま飛び上がり、僕らは同じような近くの氷塊を伝って移動していく。
最早氷山のようなそれらをの上を駆け、彼女らの頭上を通過していく。
……あいつは、今のこの状況を理解した上で助太刀に入ってきたのだろうか?
いずれかの陣営と繋がりがあるようにも見えなかったため、そんな疑問が浮かんでしまったのだった。
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「アゼム!時間まであとどれくらいか教えてくれ!!」
僕らと同じように、向かい側にある建物の屋根を伝って移動を続けるアカネの叫ぶような問いかけが聞こえると、彼は腕時計を覆っていた雪を払い除けて時間を確認する。
「まだかなり余裕があります。何事もなければ、もう一時間もしないうちに天文台に到着するはずです!」
走りながら回答する彼の杖は、軈て光に包まれて消失した。
再度進行方向に向き直り、僕にだけ聞こえる声量で呟くように零す。
「予定していた進路からかなり逸れてしまいましたね……。地図もないので、どこかわかりやすい場所で方向転換したいのですが……」
「この場合、どのくらい到着が遅れるんだ」
「恐らく十分程度でしょうか。正直、誤差だと言いたいですが、今回はそうとも言いづらいですね」
これが後に響かないといいのだが。
数秒間の沈黙が流れると、彼は思い出したように問いかけてくる。
「そういえば、ハルサさん。先程『フェルテ』と呼ばれていた女性とはどこで知り合ったのですか?」
「数日前、ルナに周辺を見回っておけと言われて、散策していた時に襲いかかってきた奴だ」
「襲いかかってきた?」
「あぁ。当初のあいつは異能力か何かの影響で自我を失っていたらしく、戦うしかなかった。幸い途中で気がついたようで、どちらも大した怪我はなく済んだがな」
「なるほど……。なら、あなたは彼女がかなりの実力者だと読んで、ドゥームズデイの相手を任せたのですか?」
「そうだ。あの時、戦闘時間こそ長くなかったが、本来であれば僕が瞬殺されていてもおかしくなかっただろう。そう感じざるを得ない程の機動力、力の強さだった」
「どのような異能力だったか、情報は得られなかったのですか?」
「これと言った情報は得られなかったな。だが、僕の斬撃で切り裂かれた胴体を、眼を疑う程のスピードで再生した。もしかしたら、異能力らしい異能力ではなく、身体強化を施して、物理的な戦い方を中心としているのかもしれない」
「確かに、今の情報を踏まえるとその可能性は大いにあり得ます。ただ、本当にそれだけなら彼女がドゥームズデイを打ち破ることは不可能でしょう」
「同感だ。本人曰く、あいつとは知り合いらしい。だから、ある程度勝算があってあの場に飛び込んできたんだろうな。じゃないと死にに来たようなもんだ」
「そうですね……。ハルサさん、見てください。そろそろ建物が途切れます。一旦降りましょうか」
言われるがまま、足場の消滅と共に僕らは地面に降り立ち、一度周囲を見渡した。
コンクリートの地面には所々に血痕が残されており、ここで何者かが争った可能性を想像させる。
それなりに移動してきたはずなのだが、それ以外の要素は降り続く雪の影響で、先程までと対して変わっていない。
だが一つだけ、大きく異なる要素があった。
少し遅れて同じように建物から降り、歩いて僕の隣に立ったアカネが、それを一点に見つめながら呟く。
「海だな……」
これが……海。
少なくとも、記憶を失ってからは初めて見た。
天候の影響を受け、かなり荒れているその様子を眺めながらそんなことを考える。
「港か。なら、ここを曲がってあとは真っ直ぐ進めば、その先に天文台があるはずだ」
「わかりました、なら急ぎましょう。もう少しの辛抱です」
そうして歩き出そうとした時、僕は微かな違和感を感じ取った。
もう一度あたりを見渡すが、先程と何も変わらない。
「『血の匂い』……」
口に出し、自分でもハッとしてしまった。
お楽しみいただけましたか?
次回から月末まで投稿時間を十四時に変更しようと思います。毎日追ってくれている方は、昼過ぎ時間が空いたタイミングでお越しくださいますと幸いです。
では、また次回。




