第八十五審 『恩返し』
失踪です。
領主って、誰なんでしょうか。
その瞬間、目の前に突然見覚えのある女が姿を現し、勢いのまま、僕に握っている杖を振りかざそうとしている。
黒く、透明感のある、肩あたりまでの長さの髪。
この天候の中でも確認できるほど、先端が紫色に輝いている杖。
同じように紫色の、宝石のような瞳……。
間違いない、『ドゥームデイ』だ。
咄嗟に後退しようとする僕とそいつの間に、即座にファントムが割って入った。
振るわれた杖をナイフで受け止め、接点からは火花が散り始める。
「ハルサ!ファントム!『左』だ!!」
言葉通り、半ば反射的に体を捻ると、僕の耳元を光輝く矢が通過。
一瞬のうちにそれはそいつに直撃し、激しい光が放たれると、攻めが緩んだ瞬間に僕らは一度後退する。
空気には一気に緊張感が走り、風の音だけが流れていく。
矢の被弾によって生じた白煙が風に流されると、そいつの首筋から左肩にかけて、黒い火傷痕が刻まれているのが分かる。
それを一瞥すると、前と変わらぬ様子で話し始めた。
「……良い、攻撃だ」
杖の持ち方を変えながら、一度息をついた。
「分かっているのか。この状況は四対一の、こっちが圧倒的人数有利。自分から不利な戦いを挑んでいるんだぞ」
「勝算が、ある。と、言ったら?」
そいつは鋭い目つきでそう言いながら、僕の目を見つめる。
再び数秒間の沈黙が流れたかと思うと、隣にいたアゼムが僕を横目で確認しながら問いかけてきた。
「ハルサさん、彼女は?」
「『理聖』の『ドゥームズデイ』だ。前に何度か顔を合わせたことがある」
「あれが……?!噂は耳にしていましたが、姿を見るのは初めてです」
僕らの会話を遮るように、前に立っていたそいつは再び口を開いた。
「お前たちは、ここで倒れるか、引き返して、運命を受け入れるか、どちらの道を、選ぶ?」
「どちらも選ばねぇ。私たちはお前を超えて先に進む」
そう告げた彼女は弓を構え、矢の先からは先程のように激しい光が溢れ始める。
「……そうか。なら、お前らの墓を、今ここに立ててやろう……!!」
そいつの杖は激しく輝き、振り上げた瞬間に、僕の背後から何かの気配を感じ取った。
「どいて!!」
「アゼム!屈め!!」
背後から突如響いた聞き覚えのある声、迫ってくる気配を回避するべく屈んだ僕らの頭上を何かが通過していった。
瞬時に回避したドゥームズデイの目の前の地面に突き刺さったそれの正体は巨大な『鎌』。
続いて、何者かが僕らの前に飛び込んでくる。
そいつは突き立てられていた鎌を流れるように引き抜き、振りかざして、構えられた杖と数回打ち合うと、防御に回ったのを見計らい、思い切り蹴飛ばし、一気に距離をとった。
一つに結われた桃色の長い髪。巨大な鎌を擡げるその姿は、僕の記憶の中のとある人物と完全に一致した。
「お前は、あの時の……!」
「はい、あの時の『莇 カルナ』です。その節はありがとうございました」
こちらに背中を向けたまま答える彼女を見つめるドゥームズデイの視線は、先程よりも更に鋭くなっているように見え、表情は一層険しさを増している。
「『フェルテ』……お前たちは、揃いも、揃って、私の足を、引っ張るの、だな」
僕は立ち上がって彼女の隣に並ぶように前へ進み出た。
「お前ら、知り合いなのか?」
「えっと……まぁ、一応?」
歯切れの悪い回答をするカルナは、小さく首を横に何度か振ってから続ける。
「じゃなくて!助けに来たんです、あの時の御恩を返すために」
「恩って言ったって、僕はそんな大それたことをした覚えは無いんだが……?」
「いえ、あなたがいなかったら沢山の被害が出ていたことでしょう。納得できないかもしれませんが、あなたは感謝されるべき行いをしたんですよ」
そんな会話を繰り広げている最中も、少し離れた場所でこちらを睨むように見つめているそいつは、一度たりとも隙を見せない。カルナがここに来たことと何か関係があるのだろうか。
「ここは私に任せて。さぁ、行ってください!」
お楽しみいただけましたか?
カルナ再登場きました。
では、また次回。




