第七十五審 『刀を振るう理由』
失踪です。
手持ち扇風機 (サーキュレーター)
白い簡素な仮面に、黒いロングコート、フードを被っているそいつは見るからに怪しい格好。外見から得られる情報は何もない。
「それはこっちのセリフだけど。ここは関係者以外立ち入り禁止なの、知ってるよね?」
「ああ、当然知っている」
「残念だけど、お前をここから逃がしてやる訳にはいかない。この場所はうちの領主が直々に管理している施設だからな。この意味、分かる?」
仮面を被っているそいつの表情は読み取れないが、溢れ出る威圧感から、戦闘は避けられないことを既に僕は悟っていた。
そいつは懐から鞘に収まった刀のような物を取り出し、抜刀の姿勢をとる。
僕は最早躊躇うこともなくそれを唱え、刀を鞘から引き抜いて、いつものようにオーブが浮かび始めたその空間でそいつに向かって刀を振るう……が。
何故か、速度を緩めずにそいつも僕と同じように斬りかかってきている。
刀と刀が交わり、激しく火花が散ったかと思えば、お互いにほとんど同じタイミングで再度振るった刀に弾かれ、距離を取らされていた。
気づけば浮かんでいたオーブは消え去っている。
こいつは焼付け刃のような形でとりあえず刀を手に取った人間ではない。惰性でただ刀を使うだけではこうはならない。と、僕の勘がそう告げていた。
それにこの太刀筋……何か嫌な感覚だ。まるで自分自身が目の前に立っているかのような錯覚を起こしてしまいそうになる。
お互いに刀を振るい、前進と後退を幾度と繰り返している中、僕はそんなことを考えていた。
剣術はほぼ互角と言って過言ではない。
互いに振りかざす刀を弾き弾かれ、僕はその間に生じた僅かな隙間を縫われて、頬に直撃するまで残り数糎というところまで刃の接近を許してしまった。
咄嗟に顔を迫る刃から遠ざけるように回避し、こちらから刀を振るおうとするが、その時には既に目と鼻の先にそいつの足が迫る。
瞬時に防御を図って腕で受け止めるが、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。
着地には成功。間髪入れずに刀を大きく薙いで斬撃を打ち出す。
そいつの顔に一直線に向かっていった斬撃は既のところで回避され、その際に僅かにずれた仮面の隙間から白色の髪が僅かにだが見えた。
仮面をつけ直したそいつは一度大きくため息をつく。
「お前の刀は光ってて良いなぁ。こうやって並んでいると、俺の刀が見窄らしく見えちまう」
「……何が言いたい」
「いやぁ?別に。もしかしてお喋りは嫌いか?」
「時間稼ぎのつもりか。悪いが僕には時間が無いんだ。無駄話しているくらいならさっさと家にでも帰ってくれ」
するとそいつは再度大きくため息をついた。
「はいはい。分かりましたよ……!」
そいつはその場でそれを振りかぶったかと思えば、持っていた刀をこちらに向かって放り投げてきた。
突然の出来事に一瞬戸惑ってしまったが、とにかく迫ってくる刃を対処しようと、刀を構えた瞬間、僕の頭の中にとある考えが過ぎる。
反射的に気配を感じた方向に視線を向けた。
予想は的中した。そこにはたった数秒の間に距離を詰めてきたそいつの姿があった、やはり刀は囮に使われていたということなのだろう。
迫ってくる視界から外れた刀を屈んで避け、そいつが振るった拳を顔に直撃する直前で受け止めた。
「鋭いね」
「……」
その瞬間、僕が片手で握るように受け止めていたそいつの拳が一気に引かれ、突然のその行動に大きく体勢を崩してしまう。
そいつは僕の腕を掴んだかと思えば、視界が大きく傾いた。
衝撃音と共に背中に激しい痛みを感じた僕は、気づけば地面に横たわっており、建物に刺さっていた刀を引き抜いたそいつはゆっくりこちらに向かってくる。
実力に差があるようには感じない。だが、体や思考における細部の作りが違うのだろう。
僕は地面に転がっている刀を拾い上げ、再度立ち上がって構えた。
直後、距離を詰めてくることを察した僕は動きを読んで大きく刀を振るう。
予想通り接近してきたそいつも刀を振るい、激しく火花を立ててぶつかり合った。
互いの刀は軈て交差し、押し合いのような状態で膠着する。
「お前はなんで、そこまでして仲間を助けようとするんだ」
「恩がある。それだけだ。この組織は、僕に『刀を振るう理由』を齎した存在なんだ。拾ってもらった恩を、蔑ろにすることなど、僕にはできる訳がない」
「『勇気』と『無謀』の区別もできない人間が、恩返しだとか大それたことをするもんじゃない。それはいつか、或いは今、お前の身を滅ぼすことになる」
「それが例え『無謀』であっても、これは僕の生きる意味だ……!」
お楽しみいただけましたか?
暑くて寝れなくなってきました。
では、また次回。




