第五十八審 『オルタネイティブ』
失踪です。
この舞台の季節は、僕らの世界で言う十月くらいです。
「……へぇ、そんなことがあったんだ」
僕はあの後、ここに来てから初めて訪れた飲み屋に戻り、再びあいつと顔を合わせていた。
客も依然として僕のみ。あの時と雰囲気はまるで一緒。
まだ出会って間もないことに加え、混乱を招く可能性を見越して、一応七聖については伏せておくことにした。
「にしても、戻ってくるなんてね。君はここを出たっきりもうしばらく戻らないものだと思っていたから」
「行く宛なんてないしな。少しでも時間を潰そうと思っただけだ。それに、もう既に領土の出入りは出来なくなっていると聞いた。仲間が迎えに来てくれるのも当分先になるだろう」
「……まぁ、ここに来たばかりなら無理もないね」
グラスを拭きながらそう言ったそいつとの間に、数秒間の静寂が流れた。
店の外から聞こえる歩行者の話し声だけが微かに聞こえるその最中、そいつは拭き終えたグラスを置く。
「今日はここに泊まっていくといい。寝具ならいくつか貸してあげるから、行く宛に困ったらここに戻って来な」
「え?いいのか……?」
「いいよ。減るもんじゃないし」
そう言って後ろの戸棚を整理し始めるそいつを見ながら、僕は一度立ち上がった。
「なら、まだ気になることがあるからもう少し外を見てくる。すぐ戻るよ」
僕は財布から提供してもらった飲み物の値段よりも多めに金を置いて、そいつの言葉を背中に受けながら、その場を後にした。
「あぁ、気をつけてね」
──────
「さて、そろそろ店を閉めようかな」
彼を見送り、大きく伸びをしながら一度店の外に出ると、見覚えのある人物と目が合った。
久しぶりに会ったような気がするが、丸いレンズのサングラスに、紫色の髪は変わらず、雰囲気は当時のままだ。
彼はこちらを睨むように一点に見つめる。
「……おや、こんな時間になんの用かな」
「お前、あの行動は贖いのつもりか?」
「さぁ、なんのことだか────」
「恍けているのか?この期に及んで、刻限が少しづつ迫っていることを知るのは俺とお前だけだ。それとも、この状況に耐えかねて気が狂ったんじゃないのかい?」
「……間違っていないのかもね、その考えも。でも、僕はこんなところで諦めるつもりなんてない。何とかしてみせるさ」
「またそうやって無茶を……もしかして、あの結界が守ってくれるから大丈夫だとでも?それか、次は自分の命でも差し出すつもり?」
「いざとなれば、その覚悟さ」
「ハッ、そうかい。ならお前と生きてまた会えることを楽しみにしておくことにでもするよ」
鼻で笑ってこの場を立ち去る彼の後ろ姿を目で追い、夜の闇に溶け込んで消えると同時に、僕は暖簾を外して店の中に戻って行った。
ℵ
次の日、僕は肌寒さを感じとって目を覚ました。
窓の外に視線を向けると、昨日とは似つかない状況が目に飛び込んでくる。
「雪、降ってるねぇ」
グラス両手に店の奥から姿を現したイザナギが、僕の目の前にそれを置いて、同じく窓の外を眺めながらそう言った。
「この領土は結界があるから、天候による影響は受けないものだと思っていたんだが、そういう訳じゃないのか?」
「確かに、この領土はドーム状の結界に覆われてるけど、天候だったりするような自然現象の影響は防げないんだよね。だから普通に雨も雪も降るし、風も吹き込む。もしかして、今日はなにか予定でも入れてたのかい?」
「まぁ、一応な」
差し出されたグラスを手に取り、一口飲んでから再び窓の外を眺めた。
「にしても、この時期に雪なんて珍しいね。最近漸く暑さが薄れてきたところだったと思うんだけど」
確かに、言われてみればそうだ。
例年通りであれば気温が緩やかに低下し始めるこの時期に、突然雪が降るなんて滅多にない。と言うより見た事がなかった。
そもそも、僕が住んでいた地域でも雪なんて数年に一回か二回降る程度だ。雪自体久しぶりに見た気がしなくもない。
彼は持っていた飲み物を一気に流し込んで、再び店の奥へ戻って行った。
「ここを出る時は勝手にしてくれていいよ。出かけるなら気をつけてね」
なにか、嫌な予感がする。
この雪も、ただの自然現象とは思えない。
また、Rebellionが関係しているのだろうか……?
そんなことを考え、僕は大きくため息をつく。
吐いた息は白く染っていた。
お楽しみいただけましたか?
紫色の髪、丸いレンズのサングラス……どこか見覚えがあるような気がしますね?
では、次は第五十九審でお会いしましょう。




