第五十六審 『妖者か術師か』
失踪です。
彼は何者なんでしょうか。
一部始終を眺めていた僕に、突然現れたそいつはゆっくりと近づいてくる。
光り輝くそいつが抱えている杖からは、冷気が煙のようになって周囲に広がっていた。
見たらわかる……間違いなくあいつは強者に分類される妖者だ。
そして、恐らくただの妖者ではない。
憶測に過ぎないが、身なりと、感じられる雰囲気が
「『連生水星』《ブリザード・オブ・マーキュリー》」
その詠唱によって地面から巨大な氷柱が生成され、不意を突くように唐突に戦闘が開始される。
ただ、近くに生成された氷塊に気を取られたそのたった一瞬のうちに、そいつが放った術が目の前まで迫っていた。
ギリギリのところで体を捻って回避するが、飛来したそれはまるで魔法攻撃。今まで見てきた妖者とは少し違う気がするため、やはり正体は『術師』である可能性が高いかもしれない。
しかし、あのタイプの術師となると、近接戦闘は中遠距離と比べて練度は落ちてしまうものだろう。
僕が追い詰められた場合のことも想定して、予め距離を詰めて確認しておくべきだ。近接戦闘に慣れていた場合、僕の足元を掬われかねない。
立て続けにこちらへ向かってくる攻撃を容易く回避し、隙を見てそいつと距離を大きく詰めた。
瞬時に取り出したナイフと、そいつが咄嗟に構えた杖が衝突する。
あえなく弾き返され、宙を舞った僕は地面に足を着こうとした瞬間、どこか違和感を感じとった。
地面が……『軽い』……?
「『解戴』《クロセッド・セパレート》」
詠唱が耳に届き、そこでようやく気がつく。
僕が足を着いた場所は、地面が砕け散ったうちの一つの瓦礫に過ぎなかった。
それから数秒と経たずに周囲を舞っていたそれらは一気に吹き飛ばされ、僕は大きく体勢を崩されてしまう。
その刹那、視界に映ったそいつは抱えていた杖を大きく振りかぶり、僕の目を一点に見つめていた。
「……これは中々────」
次の瞬間、そいつが振り抜いた杖が僕の顔面を殴打し、残像が見えるほどのスピードで吹き飛ばされる。
その先にあった建物に打ち付けられ、起き上がろうとしたが、その時、既にそいつから放たれた氷塊が目の前に迫っていた。
咄嗟の判断で動き出して回避し、巻き上がった砂埃を抜け出すと、そいつと再び目が合い、立ち止まると、距離を置いて対面する形でしばらくの沈黙が流れる。
「お喋りは……好きじゃなさそうだね」
そいつは僕のその言葉にすら反応を見せない。
加えて、あいつの動きには全く無駄がない。まさに必要な事だけを淡々とこなしている、それこそ機械的な戦闘スタイルを感じさせるようだった。
だが、近接も抜け目がないとなると、近接しか戦闘方法が存在しない僕はどう戦っていけばいいのか難しいところだ。
一応対抗策はあるが……いや、今消耗するのはあまりにも愚策だろう。
そもそもこれ自体僕の独断で起こした行動のため、あまり派手に損傷を食らったりすれば、これから先の任務に支障を来しかねない。
つまり、僕はどこまで行っても、嗜む程度の戦闘しかできない訳だ。
その上、相手がこれだけの実力者となれば、その条件では恐らく勝ち切ることもできない。
なら、さっさと引きあげてしまうのが、僕にとっては最良の手段だった。
黙って、眩く輝く杖を構えたまま静止しているそいつの吐いた息は、変わらず真っ白に染っている。
次の瞬間、僕はそいつとの距離を一気に詰めた。
杖とナイフで打ち合いが始まるが、当然速度に特化した僕が段々と押していく。
その最中、そいつが杖を大きく振り上げる。
「させないよ……!」
既視感のある光景に、即座に何をするつもりか察した僕は、軈て振り下ろされるであろう杖をナイフで弾いて、無理やり隙を作り出した。
次にそいつが僕と目が合った時に、そいつの腹部に迫っていたのは僕の足。
そいつも咄嗟に防御を図るが、それも虚しく弾き飛ばされる。
その先にあった建物に打ち付けられたそいつにすかさず距離を詰めると、晴れていく砂埃から姿を現した。
何事も無かったかのように直立するそいつの姿には、透明な何かがチラついている。
「結界か……」
先程も思ったが、結界術を使える人間は決して多くは無い。
僕も使える側の人間だが、使える人間と対面することが少ない故に、これという最適解がまだ導き出せていないのだ。
ともかく、結界に当たり行っても防がれるのがオチだろう。そうなれば、少なからず隙を晒すことになってしまう。こいつがそれを見逃すとも思えない。
目の前にまで迫った僕は、結界に気づいてないように振る舞い、ナイフを大きく振りかぶって攻撃すると見せかける。
速度を緩めずにそのままその横を通り過ぎて一度背後に回った僕は、大きく深呼吸した。
「『狂瀞』《エンド・ディレイ》」
お楽しみいただけましたか?
つよいな
では、次は第五十七審でお会いしましょう。




