第三十八審 『オルター・エゴ』
失踪です。
今回はこれまでの展開のヒントが隠されています。
特に終盤、よく読んでみてください。
「……そんなことされたら、刃物を使ってる私と戦うのはフェアじゃないじゃん」
笑いながら誰にも聞こえない声量でそう呟くと、私も彼に続いてナイフを鞘にしまって両手を構えた。
「……いいよ。その勝負、受けて立つ」
「後から後悔するなよ」
そう言った彼は無表情を貫き、一度大きく深呼吸をする。
戦いの始まりは唐突だった。
距離を詰めた私が振り抜いた拳を、彼は上半身を逸らして回避し、屈んだ彼が放った一撃を受け流して振り抜かれた腕を掴み、投げ飛ばすが、近くの建物に叩きつけられた彼はすぐさま立ち上がり、私との距離を詰めてくる。
先程よりも、さらに動きが軽く見えた。
やはり、彼の異能力はあの刀を媒介にしていたと考えるのが妥当だ。
そして今、それを手放した彼の動きが軽くなったということは、あの異能力は彼自身にとってかなり負担になっていたのだろう。
まぁそうだとしても不思議では無い。かなり珍しい異能力だったように感じた。
特にあの詠唱。多くの妖者を見てきたが、あのタイプの詠唱はかなり特殊だ。
武器に込められた異能力を引き出している、所謂遺術物を使っているタイプなのか、自分の異能力を武器を媒介にして出力しているのかは分からないが、聞く限り、彼は七聖の一人を撤退に追い込んだことがあるらしい。
彼はポテンシャルを秘めている。かなり上澄みの部類だということは一目見て、刃を交えればわかった。
だが、仮に私が彼に勝てるとしても、私たちの『目的』の都合上、彼を殺したりすることはできない。
即ち、これは負け戦。彼を殺さず戦闘不能に持ち込むのは正に至難の業。不可能と言って差し支えない。
かと言って、私が死ぬこともできない。私に残された選択肢は敗走以外存在しないのかもしれないが、与えられた任務の都合もあり、ただ負けるわけにはいかない。
そんなことを考えているうちに、彼の拳が目と鼻の先に迫っていた。
咄嗟に顔の前で腕を交差させて防御を図るが、あまりの衝撃に受けきれず、私はそのまま大きく後方に吹き飛ばされてしまう。
地面に指を食い込ませ、勢いを殺して何とか受け身をとる。これを何発もくらい続けるのは流石に堪えるな……。
すかさず距離を詰めてくる彼の拳を片手で受け止め、もう片方の拳に力を込めて振るうと、彼の頬に直撃する。
「嘘でしょ……?」
私が頬に叩き込んだのは全力の一撃……だったはずなのに、彼は一歩たりとも動かず、寧ろ私の拳を首の力だけれ押し返してくる。
呆けているうちに彼が再度放った拳が私の鼻先を捉えて直撃した。
そのまま地面を転がり、軈て建物にぶつかると、何とか私は体を起こして地面に座り込む。
ゆっくりとこちらに迫る彼の姿を見つめながら、私は小さく笑う。
……私の、負けだ。
もう立ち上がる気力など残っていない。
彼は歩きながら地面に突き立てられていた刀を引き抜き、頬についた血を拭って、軈て地面に座り込む私の顔にその刃先を突きつける。
「僕の勝ち……でいいか?」
「あぁ、そうだね。君の勝ちだ。私はもう動けないよ」
その言葉を最後に、私は目を瞑った。
流石の実力だった。これほどまでに強いなら、もしかすると……。
「おい、『スカー』。ゲーム終了だ。もういいだろう」
唐突にその場所に響いた男の声には聞き覚えがあった。
見れば、薄い紫色の髪を風に靡かせる、丸いレンズのサングラスに光が反射する声の主が、近くの建物の上からこちらを見下ろしているのがわかる。
「……そうか。その手筈だったね。もうすっかり死ぬ気でいたよ」
「ならここで死んでおくかい?」
「いや、遠慮しとこうかな。死に場所がこれじゃあ流石に納得できないからね」
私が立ち上がると、建物の上にいた彼の分身が傷だらけの彼を取り囲むように四つ配置されていた。
それら全てにピストルを向けられるも、彼は刀を鞘に納める。
もう戦う意志はなさそうだ。
「じゃあ、行こうか」
気づけば隣にいた五人目の彼に肩を叩かれると、それを最後に私は抱えられて、その場を後にすることになった。
お楽しみいただけましたか?
わかりやすくしときましたが、気づきましたか?
では、次は第三十九審でお会いしましょう。




