第二十五審 『行き止まり』
失踪です。
この世界にも台風ってあるんですかね。
堪えられないといった様子で、やはり笑みを浮かべるそいつは、ナイフの刃先を僕に向けて嘲笑うようにそう告げた。
僕自身、まだ戦意はある。体は悲鳴をあげているが、ここで倒れるわけにはいかない。
この絶望的とも言える状況に、今更……神頼みをしてしまいそうになるが、それを否定するように思考を遮った。
そんなことをして一体何になる?
ただ願い、祈って、何が変わると言うのか。救われた気にでもなるか?
今一度、目を細めてしまいそうになるほど強く輝きを放つ刀を握り直し、大きく深呼吸して構えた。
「…………かかってこい」
そう言うと、目の前のそいつは姿を消した。
これまでよりも見るからに移動速度が上がっている。一体こいつの速さの上限はどれだけ高く設定されているのだろうか。
刹那、感じた気配の方向に刀を振りかざし、向かってくるナイフを弾き返す。
激しく散る火花。尚も余裕を見せるそいつの表情とは対を成すように、僕は険しい表情をしていたことだろう。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる剣戟。ここまでくると最早感覚で刀を振るっていると言っても過言ではなかった。
そのうちの取り零した一撃が、僕の頬を掠め、通過していく。
流石に速い……。ここまで勝負が長引いてしまうと、こいつのスピードは最早何にも形容できない程に上がりきっていた。
距離が離れたタイミングを見計らい、刀を大きく振りかざす。
即座に射出される紫色の斬撃、それすら容易く避けてみせるそいつは再び僕との距離を詰めてきた。
刀を振りかぶった段階で次に来る攻撃を予測できていないと回避不可能なレベルの攻撃だったのだが、どうやらあいつにとってこの程度は造作もないらしい。
この速度で射出される攻撃をもし確認してから回避しているのであれば、恐らくこいつに僕の攻撃が届くことは有り得ない。
それに、これ以上加速するようなら、いよいよ僕には勝ち目が無くなってきてしまう。
絶え間なく刃を交えているうちに、徐々に僕の剣技を掻い潜る攻撃が増えてくる。
いくら自分の出力も上がってるとは言え、全ての攻撃を受け切るのは無理だ……!
その時、振るわれたナイフに僕の刀は弾き返され、僕は姿勢を崩してしまう。
今だと言わんばかりに突かれたナイフを咄嗟に掌で受け止めると、赤黒い鮮血が飛び散り、血腥さが鼻腔を刺激する。
確かに、痛い。だが今はこの程度で怯んでなど居られない……!
血が滴る片手を握り締めて大きく振りかぶり、振るわれた拳はそいつの頬に直撃し、大きく吹き飛んで地面に打ち付けられた。
血塗れの手で刀を握り直すが、乱れた呼吸は一向に整う様子が見えない。
「随分辛そうじゃないか……無理してこれ以上続ける意味はあるのかな?」
悠々と立ち上がるそいつはそう問いかけるが、今の僕にはそれに答えられるほどの余裕など残されていなかった。
そいつの腹部からも、未だに血が流れ続けているが、限界が近そうにはとても見えない。
これで遊ばれているだけなのだとしたら……。
「この程度じゃ、僕を止めることはできないよ。でも、今以上の動きを実現するのは……。まぁ、厳しそうだね」
意識が揺らぎ始める僕と真逆に、握っている刀はまだやれると言わんばかりに強く輝いてみせていた。
『負けるな』なんて、簡単に言えたものだな。
刀を構えて大きく深呼吸すると、今にも堕ちていきそうな意識をなんとか繋ぎ止めることが出来る。
その瞬間、そいつは鼻で笑ったかと思えば、再び姿を消した。
感覚を研ぎ澄まし、持ち得る感覚全てでそいつの気配を感じ取ろうと集中する。
────後ろだ。
振り返った勢いのまま刀を振りかざすが、狙いはそいつの他にあった。
刹那、周囲に響き渡る金属音と飛び散る火花。
そいつが抱えていたナイフは僕の刀に弾かれ、そいつの手元を離れる。
……今しかない。
衝撃を受け止めて体勢を崩し、武器を失った今が最初で最後、最大の好機であることは言わずもがなわかっていたことだった。
この機を逃せばナイフを拾いに行かれ、僕はそれを阻むことは出来ない。
体の刻限が迫る中、必死に手繰り寄せた隙を縫って刀を大きく振るい、そいつの首を叩き切ろうとした。
勢いづいた刃がそいつに極限まで接近した……その瞬間、体に明確な違和感が生じる。
震える刃は首に当たる寸前で動きを止め、徐々に呼吸が荒くなっていくのが感じられた。
軈て手に力が入らなくなり、手元から零れ落ちた刀に続いて、僕は地面に両手を着いて蹲う。
そんな僕に手を下すこともなく、ため息混じりに見下ろすそいつの声が聞こえてくる。
「僕はさっきも言った通り、君たちを殺すつもりなんて微塵もない。君らが生きてようが死んでようが僕には関係ないからね。僕は君たちを少し脅かしておこうと思っただけ。正直、君とサシで勝負なら負ける気がしないし、僕が遅延し続けるだけで君は限界が来て勝手に倒れるだろうからね。でも、やらない。今はそれもする意味が無い。君たちがここに来る前から目的は達成されているし、もう帰ることにするよ」
そう言うと、周囲の景色は段々と歪み、気づけば元いた工場の中に戻ってきていた。バアル達は意識を失ったまま、先程までと同じように地面に転がっている。
気づけば刀の輝きも普段通りに落ち着き、妙な感覚も消え失せていた。
「……もう、不用意に手を出してこないことだね。リベリオンには僕より強い人もいる。この程度じゃ死にに行くようなものだよ」
そう言い残すと、一瞬にしてそいつはその場から姿を消した。
お楽しみいただけましたか?
なんとアウトレイジ君四人抜き。さすが七聖。
では、次は第二十六審でお会いしましょう。




