第十八審 『ルナティック』
失踪です。
Lunatic …… 「狂気じみた」「常軌を逸した」「狂人」
時刻は午前零時を過ぎた頃。
僕はある人物から部屋に呼び出されていた。
「来たか。とりあえず座ってくれ」
部屋に入った僕を出迎えたのは、アイン領の領主であるミロクと、その護衛のバアルだった。
促されるまま対面の椅子に腰掛け、括っていた刀をその辺に立てかける。
「先程は挨拶もできず申し訳なかった。奇襲からの護衛、感謝している。お前が居なかったらどうなっていたことか」
「気にするな。仕事の一環だからな」
「そうか。では名前を聞いてもいいか?」
「ハルサだ。前提としてだが、僕には実質的な故郷であるスラムに来る以前の記憶が無い。それ故、自分の苗字も思い出せなければ、お前の質問に答えられるかどうかも怪しい」
「成程な。であれば自身の能力も記憶に無いと?」
「あぁ、全く。無意識のうちに能力を使っていたりするのかもしれないがな」
「なら、襲撃にあった際に侵入者から意味深な言葉を投げかけられ、呆けていたのにも納得がいく。奴はお前の嘗ての知人だったりしたのかもな」
「んなこと言われたって、あいつのことは見覚えがある程度でほとんど覚えちゃいないんだが」
「まぁ気負うことはない。話は変わるが、つまりお前はこの領土についても覚えていないのか?」
「いや、それはそこに立ってるお前の護衛から聞いたよ。大雑把な内容ではあるが、何となく理解はできたつもりだ」
「そうか。なら聞いただろう。この領土、共に隣接しているヴォルグ領では絶えず勢力争いが行われている。神を信仰する者とそうでない者のな。比較的最近存在が明らかになったRebellionという名の組織も着々と勢力を伸ばしているようだが、依然としてまだ謎が多い。常に我が道を往く私にとって、神など居ようが居まいがどうだっていいことだ。民が争う理由も、理解できなくはないが……。名をハルサと言ったな。貴様は、誰が為にその刀を握る」
「生き延びるためだ。他の誰のためでもなく、僕自身のために刀を振るう」
真剣な顔をしてそんなことを問いかけてくるそいつに、僕は悩む素振りも見せず即答してみせる。
するとそいつは微かに笑みを浮かべた。
「面白い。一つ提案があるんだが。お前、私のところで働くつもりは無いか?一度助けて貰った身だ。相応の立場と報酬を約束しよう」
「残念だが、スラムでさまよっていた僕を拾ったのは今の組織のリーダーだ。お前では無い。誰が為に刀を振るうか、どこで刀を振るうかも、全ての決定権は僕にある。僕はあの場所で、自分の為に刀を振るうと決めた。故に、お前のその誘いには乗ることが出来ない」
「……靡かぬか。気に入ったぞ、ハルサ。合格だ」
「お前はさっきからなんの話をしてるんだ」
「なに、品定めをしていた程度のことだ。気にすることでは無い。……にしても、私に敬語を使わぬ他領土の人間など何年ぶりに見たか。皆、領主という立場上敬った言葉遣いをする場合が殆どなのだが」
「なるほどな、つまり僕に敬語を使えと」
「そうは言っておらん、寧ろ私としてはその方が馴染む。今の話はあくまで他領土の人間の話だ。この領土の人間は既に私に対しての言葉遣いに気を使うことなどほぼ有り得ない。それに慣れてしまった故、今更気にすることでも無いだろう」
テーブルの上に置いてあった飲み物を飲み干すそいつの姿を眺めながら、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「ひとつ聞かせてくれ。僕の所属はBetter Tomorrowという組織なんだが、お前はこの組織についてどのくらい知っているんだ?」
「あぁ、やはりあの組織の人間だったか。そうだな……。リーダーとの面識はあまりないが、各地から寄せられた依頼をこなす『何でも屋』だと聞いているな。ノーヴェル領に拠点を構えているが、領土の上層部非公認の組織であるため、他の勢力からの圧力も受けることがないらしい。それに、かなりの精鋭揃いだと聞いている。噂に拠れば、構成員の八割は疎か、約九割をAランクの能力者が締めているそうじゃないか。直近の近衛塔奪還も、Better Tomorrowが手を貸して成り立っていたと聞く。そこでかの七聖とも戦ったらしいが、まさか追い返してしまうとはな」
そう言うと、僕の顔を見つめたまま、彼女は悩むそぶりを見せた。
「……そうか。お前の顔、見覚えがあると思っていたのだが、情報誌に載っていたな。お前だったか、七聖と戦っていたというのは。確かに、その実績があるのならあいつが護衛として一時的にでも雇うというのは納得出来る」
「リーダーについては何か知ってることはあったりしないか?」
「『凩 ルナ』のことか。お前ら構成員と同じく任務に赴くことがある故、戦闘を行っている様子は幾度となく確認されているはずなのだが、能力の概要は未だに全くわかっていない。理由に関しては幾つか挙げられているが、要因の大半を占めるのは、確認されている戦闘方法、能力による事象があまりにも多すぎることによるもの。唐突に姿を消したり、結界を展開したり、巨大な獣を召喚したり。確認されているものだけでも既に枚挙に暇がない。それに……」
彼女はそこで少し言い淀み、腕を組んで小さく唸った。
「どうした。何か言っちゃまずいことでもあったか?」
「いや、そういうわけではないのだが……。前提として、これは誰かに真偽を確認していたり、そういう噂を耳にしていたりしたということは無い。私の感覚ではあるんだが、奴は恐らく『歳をとっていない』」
お楽しみいただけましたか?
この世界で言う亜人とは、主に人と別の種族の混血のことを言います。
では、次は第十九審でお会いしましょう。




