第十三審 『流れ出す闇』
失踪です。
最近どうにも睡眠不足で。
これは……まずい。
そんなこと、私にだって分かっていた。
目の前の地面と天井が崩落し、フレアはそこに姿を消したことに加え、戦っていた女はまだ視線の先にいる。
フレアの気配は消え、周囲の温度も段々と下がっていく。もしかしたら瓦礫に埋もれてしまっているのかもしれない。
なら、早く助け出さなければ……だが、そうなるとやはり目の前のあの女が邪魔になる。
「……やるしか……ないか」
ゆっくりと立ち上がろうとするのを視界の中央に捉え、私は両手を目の前にかざした。
軈て目を閉じ、大きく深呼吸する。
「『裂硝』《フローイング・ダークネス》……」
全神経を集中させ、息を吐きながら両手の距離を少しずつ離していく。
……だが、それはすぐに訪れた。
手に何かが引っかかる感覚と同時に、前方からは微かに呻き声のようなものが聞こえ始める。
その声は軈て苦しみを訴えるような悲痛な喘ぎ声に変わっていき、乱れた息遣いがこちらまで聞こえてきた。
薄く目を開け、その様子を確認しながらも、何かを掴んだような感覚のある両手の距離を離そうとし続ける。
そんな中で、目の前の女は先程の戦いによって砕け散った窓の縁に手をかける。逃げ出すつもりなのだろうが、私は追おうとはしなかった。
私がこれを続けたところで、先に限界が来るのは恐らく私だ。寧ろ、可能なら早く撤退して欲しいほどだった。
「また……会いましょう……」
去り際に歪んだ表情で無理やり笑顔を繕い、そう吐き捨てて建物の外に姿を消した。
……かと思ったのだが、その窓枠の内側に、ワイヤーに掴まった何者かが飛び込んでくる。
その人物が勢いのままに放った蹴りは、外へ飛び出そうとしたその女の顔面に直撃し、フロア内の壁に打ち付けられた。
あまりの衝撃にヒビの入った壁、同時に飛び込んできた男の顔には確かに見覚えがある。
「ぐ、グレイ……?!なんでここに……」
「あー……。説明が難しいが、流れでたまたまって感じだな」
手に持っている銃のようなものを懐にしまい込み、立ち上がって答える彼の姿を見て、ため息をつくと足の力が抜けて地面に膝を着く。
やはりこの能力は割かなければいけない脳のリソースが半端じゃない。もう既に私の体は悲鳴をあげていた。
「そういえば、お前のペアはどこに行ったんだ?」
「フレアなら……この瓦礫の下に……」
「マジか、早く助け出そう。急ぐぞ」
そう意気込んだ彼に続いて、私も下の階に降りて瓦礫をどかし始めた。
ℵ
軈て目の前のそいつが纏っていた白煙も晴れ、姿が明らかになると、横目で後ろにいる僕の表情を確認してくる。
「さぁ、やろうか。まだ戦いは終わってないよ」
そう僕に促すと、その様子を黙って見ていたそいつが声を上げた。
「随分久しぶりな気がしますね。私としてもあなたが出てくるとは思っていませんでしたが」
「近衛局が死に札のこの状況で、戦力を投じなかった結果負けたら流石に取り返しがつかないだろう?それに、ここまで重大な任務すら丸投げする程、私は無責任じゃないからね。そんなことより質問に答えてもらおうか。このビル、明らかに君たちRebellionの人員の配分に違和感があった。一階から昇るにつれて、少しずつ人員が減っていっている。十五階にたどり着く頃には配属された人員はたった数人。全て君の采配だろう?何故このような配置にしたのか教えて貰えるかな」
「計画的なあなたのことです、指示出しは少なくとも怠らないと読みました。そう考えると、屋上に向かわせるメンバーは余程の実力者でしょう。あなたが認めるほどの実力者ならば、屋上付近のフロアに有象無象を配置したところで足止めにもならない。なんならここで人手を失うと、無駄に損失を被ってしまうかもしれないと思ったからです。それなら最低限に人数を絞り、被害を抑えるべきだと思った迄。私は屋上に何者かが迫ってきているタイミングでその情報が欲しかっただけ。人員を増やすよりも私が直接相手した方が早いでしょうしね」
「なるほどね、君にとっては捨て駒でしかなかったってことか……。ハルサ、容赦はしなくていい。私が前に出るから、君はタイミングを図って攻撃を頼むよ。攻撃ならいくらでも受け止めてやるさ」
ルナは大きく息を吸い込むと同時に、その女は燃え盛る刀を大きく振り上げる。
すると再び先程のような雷雲が立ち込め初め、同じような威圧感が迫ってきた。
「『牽聖』《サンクチュアリ・エレメント》……展開」
「焼き払って差し上げます!!」
刹那、降り注ぐ雷撃と迫り来る業火に思わず目を覆ってしまうが、直撃した感覚は疎か、僕の元に届いたのは衝撃音のみ。
正面を確認すると、視界に映ったのはルナの後ろ姿と、それより遥かに大きな結界だった。
その結界は迫る攻撃を片っ端から弾き返し、砕ける様子ひとつ見せない。
「凄いだろう?ここまでしてようやく攻撃を受け止められる。彼女も人類屈指の実力者だからね、化け物と形容されても仕方ない」
横目でこちらを見ながらそう言う彼女の言葉を聞き、僕はゆっくりと大きく深呼吸をしながら刀に手をかける。
「『妄執』……『喪失』……『果たされぬ過去との調和』……その首を貰い受けるぞ、剣聖!!第一拘束解除!」
「そう来ると思っていましたよ……!」
雷撃が降り注ぐ中、そいつは僕らとの距離を詰めようと走り出した。
微動だにせず、目を瞑って刀を引き、鞘から紫色に輝く刀身が顔を覗かせた瞬間、オーブのようなものが僕の周囲を漂い始める。
軈て僕は目を開いてそいつの姿を捉え、同じく地面を蹴り飛ばして刀を完全に引き抜くと同時に振り上げ、地面を蹴ってそいつの真横を通り過ぎ、腹部を切りつけた。
漂っていたオーブが消えると、地面に血が滴る音が背後から聞こえる。
「今のは……一体……」
「何が起きたのか理解できない、と言った様子だが」
背中を向けたまま答える僕は、紫色の光を放っていた刀を鞘に納めて振り返る。横目でこちらを確認するそいつの顔は苦悶に満ちていた。
「まだ、やるか?」
「……いえ、その必要はありません。目的は達成され、既に迎えが来ていますので」
立ち上がってそう答えるそいつの周囲の地面に、魔法陣のようなものが描かれ始めた。
完成に近づくにつれて輝きを放ち始めるそれの中央に立ったまま、僕の方に向き直る。
「あなたと対峙して、ひとつわかったことがあります。あなたは、どんな神にも救うことができない、言わば見捨てられた存在。その身に降り注ぐ災いを全て受け切るのは至難の業でしょうね」
その魔法陣は完成と同時に強い光を放ち、そいつはそれに飲み込まれる。
数秒間輝き続けたそれは、描かれていた魔法陣とその女諸共跡形もなく消え去った。
「……さぁ、帰ろうか」
「……そうだな」
僕はため息混じりにその場に取り残された血痕を見下ろしながらそう答えた。
お楽しみいただけましたか?
もうちょっとだけ続きますが、近衛塔奪還作戦はこれにて終了になります。次はどんなストーリーが始まるのでしょうか。
では、次は第十四審でお会いしましょう。




