第十二審 『業火絢爛』
失踪です。
ちょっと説明が難しいシーンがちょいちょいあるので、気になることがあれば気軽に聞いてください。
「『砂塵』《サンド・ストーム》……!」
渦巻き始めた旋風に、どこからか舞い上がった砂が吹かれ、風に乗ったそれらは僕の体に幾つもの針が突き刺すように打ち付けた。
しかし、その機に乗じて僕たちは同時に走り出て、僕は刀から手を離し、斧を大きく振りかぶる。
砂嵐の中振るった斧は、その中にいるであろうそいつを確かに捉えてその身を打ち付け、火花を散らす。
全力で叩き込んだというのに、軽々と弾き返された感覚。目の前にぼんやりと刀を振るうそいつの姿が見えた。
そいつから間髪入れずに振るわれた刀が、僕の鼻先を掠めるほど近くを通り過ぎていく。
「下がれ!ハルサ!」
砂嵐の中、手繰るように斧を振るって攻防を続けていた僕に、視界の外からグレイの声が聞こえた。
その声の通りに距離をとると、徐々に吹き荒れていた風が少しずつ弱まっていく。
軈て晴れた屋上には砂が積もって、一部が砂漠のようになっており、柵などは見るからに先程よりも朽ちていた。
だが、僕の視界の中央に映っていたのは赤黒い液体が滴る様子。
そして汗を滲ませながら、笑みを浮かべ続ける彼の手のひらには、そいつが突いた刀が突き刺さっていた。
……だが、見るからにおかしい。
汗が頬を伝う彼の表情からはまさに『計画通り』と言わんばかりに、余裕を感じ取ることが出来た。
「『風化』《フェイド・アウェイ》……!」
刹那、彼が刀で貫かれていた手を振るったかと思えば、甲高い金属音が辺りに響き、突き刺さっていたその刀身は両断される。
血だらけになった刀の破片が地面に落下し、手のひらから血を滴らせる彼は僕の元まで後退してきた。
「心配するな、すぐ治る」
横目で僕の顔を見ながらそう言う彼の手には、周囲から巻あがった砂が集まっていく。
それらは傷口を埋めるように集まり、彼の手は軈て、何事も無かったかのように元に戻っていた。そうして再び鞘から二本のナイフを引き抜き、諸手に携える。
一方、そいつは折られた刀を一度鞘に納め、再び引き抜くと、折られたはずの筈の刀身が炎によって再現され、炎が揺らぐ音と共に刀を軽く振るって構えた。
「刀を折られた程度で私が退くとでも?」
……やはり、そうだ。
あいつは只者では無い。現状、勝てるイメージがまるで湧かなかった。
加えてその時、一つ気づいたことがあった。
日がすっかり落ちて暗くなった空に、とてつもないスピードで雷雲が立ち込め始めている。
迫り来る威圧感に、頬に冷や汗が伝う。
「ハルサ!避けろ!」
その声の意図を理解する間もなく僕は目の前に降り注いだそれを既のところで回避した。
それの正体を確認する間もなかったが、焼け焦げた臭いに一瞬にして黒くなった地面、それに雷雲が立ち込めた空……。
刹那、前方から迫るそれに気が付き、思考を断ち切って放たれた炎を屈んで回避する。
息つく間もなく降り注ぐ雷撃に、僅かな反撃の芽すら摘まれてしまう。
その一瞬。空が激しく輝いたかと思えば、とてつもない雷鳴と共に、目の前の景色が白く染った。
……が、僅かに視界の端に映りこんだのは、地面に降り注いだ雷撃による衝撃波で弾き飛ばされた彼の姿。しかし、問題はそこでは無い。
彼が蹌踉めき、受けた衝撃のままに着地しようとした先は、たった今鉄柵が破壊された屋上の枠組みの外。今から僕が助けようとしても確実に間に合わないだろう。
僕は落下していった彼の姿を横目に、雷撃を回避し続け、勢いづいた自分の体に砂を巻き上げながらブレーキをかける。
「さぁ、あなた一人になってしまいましたね。どうしますか?」
「答えるまでもねぇだろ……!」
ここまで来たらもはや躊躇うことなど許されない。僕は斧を投げるように地面に突き立て、刀の柄を握って引き抜こうとした。
……が、その時。一瞬のうちに目の前に何者かの気配が現れる。
唐突に気配を感じとった方向に視線を向けてみると、白煙を身に纏った最早見慣れた顔の白髪の女が僕の前に背中を向けて佇んでいた。
「やれやれだね、君がわざわざ出てくるだなんて、少し驚いたよ。お待たせ、ハルサ。ここからは私が援護しよう」
ℵ
私の体を中心にその場の温度が上昇し続け、もはや灼熱とも言えるほど。周囲のものは次々と引火し、灰になっていく。
目の前のそいつは……まだ余裕そうな顔をしている。さっきからずっとこんな調子だ。
ただひとつ気になることがあるとすれば……。
「この温度で引火しないどころか、炎を直接浴びても火がつく気配すら見えない。あんたのその糸、一体なんの素材でできてるの?」
「さぁね。教えてあげたいところだけど、残念ながら私にも分からないわ。あなたの火力が足らないんじゃないかしら」
「なに?灰になりたいって?それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
煽るようにそう言って指を鳴らすと、私の周囲から一気に炎が吹き出す。
呼応するように、私の周りを舞っていた火の玉のようなものが強く輝き始めた。
「『双炎燼』《クロスファイア》!!燃やし尽くしてあげる!!」
私がそう言って両手をかざした場所には周囲から炎が掻き集められ、軈て一本の刀を象った。
それを両手に抱え、再び地面を蹴る。
振りかざされるその刀は振るわれる度に炎が煽られる音をたて、軌道には炎を残していく。
同じくそいつが振りかざす指先から伸びている糸のようなものは見た目に反してかなり硬く、私の刀を何度も受け止め、衝撃を受け流していっている。
何度も攻防が続くなか、上がり続ける周囲の温度に辺りの景色は歪み始めた。
「ここだっ……!」
勢いに任せて薙いだ刀は軽々と回避され、何に当たることも無く振り抜かれるかに思われたが、それすら手のひらの上だと言わんばかりに左手を構えた。
刹那、左手から放たれたのは、周囲を照らすその体を靡かせる業火。
振るわれた刀を避けて隙が生まれたそいつの体は迫る炎と風圧に吹き飛ばされ、地面に打ち付けられて転がる。
少ししてからそいつは立ち上がるが、腹部には明らかに焼け焦げたような痕跡が残っており、皮膚は爛れていた。
「今の一撃を受けてもまだ立ち上がれるのね。まぁ、もう戦えるようには見えないけれど」
「そう……かしら。でも私にはまだあなたに勝てる未来が明確に見えているわ。勝った気になるにはまだ早いんじゃないかしら」
「なら、あなたの勝算とやらを見せてみなさい!!」
「そんなに見たいのなら、今すぐにでも見せてあげるわ……!」
そう言ったそいつは、再び構える私に目もくれず、姿勢を低くして火傷跡がついた片手を地面に着いた。
指が触れた箇所からは微かに紫色の光が灯る。
「『裁縛』《プログレス・ウェブ》……さぁ、これを避けられるかしら?」
そう告げられたと同時に、何かが私の近くに迫ってきているのが感覚で分かった。
一瞬のうちに感じ取った気配の在処に辿り着いた瞬間、地面が砕け散り、そこから白く太い柱のようなものが私の目の前を通過していくのが視界に入る。
寸前で気がついたためなんとか回避出来たが、あと一歩で体を貫かれていてもおかしくはなかった。
天井を突き抜けたそれを一瞥した瞬間に、さらなる衝撃音が周囲から生じる。
その方向では、やはり同じようにそれらが地面から姿を現し、私の進路を塞ぎ、退路を塞いでいく。
周囲を見渡している間にそれらは瞬く間に数を増やしていき、私は刀を構えたまま一歩後ずさった瞬間にある違和感に気がついた。
……だが、その時にはもう遅かったようだ。
私のすぐ傍の地面から伸びてきた柱のような糸は、私の頬を掠めて通過していき、僅かに血が飛び散る。
その衝撃でダメージが蓄積していた私の周囲の地面は崩落し、私は瓦礫と共に下の階へ落下していった。
お楽しみいただけましたか?
男性キャラは今後ちゃんと出てきます。心配なさらず。
では、次は第十三審でお会いしましょう。




