第36話 狭まる大包囲網
1941年7月15日 レニングラード
フィンランド陸軍の将軍とドイツ国防軍の将校が固い握手を交わしていた。
両軍はこのとき、はじめて前線で同盟国同士が合流できたのである。
「ここで合流できて光栄ですよ、友よ」
「いえいえ、そちらこそ、西からの鮮やかな進撃、お見事です」
軽い挨拶を交わし、少しばかし両側はレニングラードで休息を取ることとなった。
一方、同日アストラハンにて
「安藤少佐殿!レニングラードにてドイツとフィンランドが合流した模様です!」
「大崎准尉か、報告ありがとう。荒木大将閣下はここいらで休息を取り、体制を整えたらスターリングラードへ向けて進むとおっしゃられた。色々考えた結果、ルーマニア軍との合流はスターリングラードの可能性があると結論が出た。」
大崎は敬礼をして「はっ!スターリングラードは交通の要衝。ゆえにここを握るか否かでその後の趨勢は左右されると言うわけですね」
「ああ、その通りだ!モスクワへの道が開ける!」
同日、オムスクより35キロ手前の郊外にて
「オムスクまで35キロか...」
「ええ、オムスクは重要な産業地帯でもあり、石油や天然ガスが出る。つまり、ここを抑えられるか否かで、このシベリア戦線、ひいては護国の騎士作戦の成功とソ連に対する一撃を与えられるだろう。」
「だが気を付けたまえ、ソ連は畑から兵士が取れると比喩されるほど人的資源が多い。」
「ええ、シベリア出兵のときの資料があるとはいえ、国家体制も変わっているからな」
同日、モスクワ クレムリンにて
「ジューコフ...ジューコフ」
スターリンは力なく、ジューコフの名前を力なく、ウォッカを辛うじて持てる握力を保ちながら呼んでいた。
「同志スターリン、私はここにいます。」
ジューコフは敬礼をしてスターリンの前に立った。
「ジューコフ、ベラルーシとウクライナ、バルト三国の奪還を命じる。奪還作戦名は...バグラチオン作戦。もう一度言う。ベラルーシ、ウクライナ、バルト三国を奪還しろ。」
ジューコフは冷静に敬礼し直して、冷静に「はい、遂行してみせましょう!」
彼ははっきりと答えたが、内心は憔悴しきっていた。
もし、ベラルーシとウクライナ、バルト三国の奪還を優先すれば、モスクワは南方からやってくる皇道派の日本軍に加えて北方のフィンランド軍の格好の餌にされる。さらにモスクワの判断がどれをとっても不正解にしてしまっている要素が、今は遠いが、極東から想定以上のスピードで迫る関東軍と日本軍統制派であった。
ジューコフは考えた...スターリンの思考を...。そして一つの結論に至った。
スターリンは、ソ連経済の主要地域となるソ連領を奪還し、立て直してから反撃しようと考えていたのであると...
しかしそれは東からの脅威がなければ成立するもので、東から軍を移動させて最前線に補充させることができることが大前提だった。
しかし、その大前提がそもそも開戦時から存在しなかったのである。
ジューコフはとある人物の執務室のドアを四回ほどノックした。
部屋の中から男性の声で「どうぞ」と返ってきた。
「失礼します。同志ジューコフ。少し久しいですな」
「ええ、同志セミョーン・チモシェンコ...」
神妙な面持ちで、かつての友を呼ぶ。
そしてこう切り出した。
「同志チモシェンコ、同志スターリンが大規模反攻作戦『バグラチオン作戦』を命じられました。」
チモシェンコは、少し沈黙したのち、「わかった、ジューコフ元帥。占領されていない都市部から若者を動員する。やむを得ない。」とつぶやいた。
「同志チモシェンコ。一体どれくらいの規模の動員令を掛けるつもりですか?」
「5個軍団...120師団相当、120万人、多くて240万人だ...」
ジューコフはまるで幽霊でも見てしまったかのような顔をしていた。
「同志チモシェンコ!い、いくらなんでも...!」
「バグラチオン作戦のためにはそれくらい必要なのだ!祖国を守るためには!」
ジューコフは少し俯くと「わかった...好きにしろ。私は...もういい」
そういうと、彼はコーヒーを一気に飲み干すと、カップを思いきり置いて、乱暴に部屋を後にした。
チモシェンコは部屋を出ていくジューコフの背中をただ見つめるしかなかった。
それからチモシェンコは椅子に座ると、書類に目を通し、作戦立案の計画書と動員の計画書を書き始めた。
大動員を一週間で終わらせ、バグラチオン作戦による反攻を成功させる。それが彼の使命であり、祖国を守るための最善と信じて疑わなかった。




