第35話 軍隊アリのごとき侵蝕者
1941年7月8日 樺太最北端ザリフ・セヴェルニ
「ここは...周りが緑ばかりですな...」
黛大尉が呟く。
「ええ、オハという都市から結構離れていますから...」
小宮軍曹が答える。
「小宮少尉、オホーツク・間宮海戦はどうなった?」
黛大尉はオホーツク海を眺めながら小宮少尉に尋ねる。
「ええ、長門、陸奥を中心とする艦隊がソ連のオホーツク艦隊を撃滅いたしました。撤退していたソ連の艦艇を砲撃および魚雷攻撃で沈めたそうです。」
「そうか、ありがとう。関東軍はすでにトゥグルという小さい空港を持っていた町を占領した。我々はおそらく、マガダンかオホーツクから上陸するだろうね。」
「ええ、それともアタルガンはどうでしょう?アタルガンから上陸し、千島列島からの部隊とカムチャッカの...」
小宮少尉は地図を見ながら地点を確認する。
「トポロフカで合流するのはいかがでしょうか...」
「悪くはないな...ただ、オムスクチャンで合流するのも一つの案として考えたのだ。」
「なるほど、すでに関東軍はチタとイルクーツクを占領し、8月末までにトムスクに迫ると発表している。」
司令室の小屋の大きい丸テーブルには、日本軍の占領地域が黒、関東軍の占領地域が黄色で塗られていた。
同月同日 ドイツ首都ベルリン
総統府、総統執務室にて
「カイテル、対ソビエト戦線の状況を素直に話してくれ!嘘は許さんぞ!」
ちょび髭を蓄え、カリスマに溢れた声がこだまする。
老齢のカイテル元帥は、冷静に報告した。
「ええ、現在我がドイツ国防軍は、フィンランド軍とともにレニングラードの完全占領に成功。さらに別働隊がマラジェチナを占領し、ミンスクヘ向かっています。バクーやアルハンゲリスクにいたソ連軍を、ミンスクに移動しているとの情報がありますが、後の祭りかもしれませんな」
ヒトラーはその報告を聞くと
「そうか、油断はするな!バクー油田とスターリングラードがどうなるかわからない限り、この戦争の趨勢は簡単に変わってしまうだろう!」
カイテルはその報告を聞くとどこかばつが悪い顔をしていた。
その理由は黒い制服に身を包んだ丸メガネの男が原因だった。
ハインリヒ・ヒムラー。ドイツ親衛隊の長官たるこの男も、ヒトラーへの報告に馳せ参じていた。
「総統閣下。特別移動部隊は順調です。また、武装親衛隊はキーウ近郊5キロに迫っています。」
その報告を聞いたヒトラーは
「わかった、だが!モスクワへの入城は、我がドイツが最初でなければならぬ!この戦争の優位性を覚ますのだ!」
2人はそれを聞き終えると、右手を斜め45°に上げて「ジーク・ハイルっ!」と高らかに叫んだ。
同月同日 ソ連領バクー
「くそっ!撤退だ!日本軍が強すぎる!」
「承知しましたっ!まずいな!まさか日本軍が我がソ連に向けてこんな戦車を作っていたとはな!」
一式中戦車。それは75口径75mm砲を搭載し、T-34やドイツのV号戦車にも劣らないどころか、互角以上に渡り合える代物である。
貫徹力は200mmの装甲を打ち破り、格下であれば2キロ、同格であれば1.5キロの距離から打ち抜ける性能を誇る。
「くそっ!同僚の戦車が!」戦車長がそう叫んだ時、別の方向で爆発が起こる!
「戦車長!友軍の戦車が破壊されました!砲撃の距離、推測でおよそ1500!」
「ば、ばかな⁈1500だと⁈ありえん!どうなってやがる!」
T-34に乗っているソ連兵たちは焦りを隠さなかった。
アウトレンジで一方的に撃ち抜かれ、味方が撃破されていく中で、物理的な損失より精神的に削られるダメージの方が大きかったのである。
双眼鏡で安藤少佐が双眼鏡で様子をうかがっていた。
「なんて威力だ...噂には聞いていたが...」
一人の将校が安藤少佐の元に歩いてくる。
「失礼します。第45バクー攻略連隊の大崎です。油田地帯において、ソ連軍による破壊工作の後は見つかりませんでした。」
「ご苦労、大崎准尉。占領の割合はどうだ?」
「はい、航空支援の前は3割未満でしたが、ゼロ戦や紫電による制空権の確保や深山による爆撃もあって現在は65%にまで上っています。」
「できれば今週中にバクーを完全占領し、本国やアジアのみならず、同盟国のドイツやイタリアなどの枢軸国に輸出できれば資金も稼げる。」
大崎は敬礼をして「承知しました!」と大声で返事をした。
すると近くにたまたま、T-34戦車が一両止まっていた。
安藤と大崎、そして栗原の三人は小銃片手に、腰回りに手りゅう弾を装備して、音を立てずに忍び寄った。
しかし、砲塔が動く様子もなく、不気味なまでに戦車が沈黙していた。
大崎が戦車の覗き穴を外から内部を確認した時、誰もいないことを確認し、ハッチを開けると、誰もいなかった。
三人は、周囲を確認し、罠が仕掛けられていないことを確認すると、T-34を鹵獲した。
「安藤少佐殿、栗原大尉殿、ご協力いただきありがとうございました。」
「いや、これは大きな収穫だ。わが陸軍の戦車研究を進められるだけでなく、戦力強化に繋がる。」
「安藤少佐殿、大崎准尉、いよいよアストラハンですね。」
「ああ、お二方。我々はカスピ海ルート。ゆえに陸路より早期に到着する。つまり、どれだけ陸路の奴らを驚かせるか...」
「ええ、油断はできません。陸路は屈強なソ連軍と対峙することになるかもしれません。そして、アストラハン占領後からが本番だ。」




