第33話 蠢く闇と崩壊の序章
1941年7月1日、セバストポリ。
ルーマニア陸軍のイオネスク中尉がコーヒーを運んでいた。
地図を眺めているのは、彼の上官にあたるアントネスク少佐である。
「少佐殿、コーヒーです」
イオネスクがコーヒーを端に置く。
「ありがとう、中尉...」
礼を言った彼の表情は少し複雑だった。
「少佐殿、我々はキーウの方からモスクワを目指さなくて良いのですか?」
アントネスク少佐がコーヒーを一口飲んで
「ああ、それは北方軍の方だね。我々はセバストポリを経由してクラスノダールを占領、北上してくる日本軍と合流する」
イオネスク中尉は地図を見ながら
「エリスタで合流し、スターリングラードを攻略するんですか?」
「うむ、その通りだ。スターリングラード攻略後、ヴォルゴ川を使って、モスクワへ侵攻する。だが、その中間で要衝ヴォロネジを抑えたいところだ。」
1941年7月4日ソビエト連邦、カバラ
山のふもとにあるこの町は、モスクワとバクーの石油供給を絶つための作戦に重要ともいえた。
何より、クバ、ハチマスまで占領するための、パールサバードからハチマスまでの中間地点になるからだ。
イランにいた日本陸軍の大半は、荒木大将率いる、皇道派に属する青年将校であった。
とはいえ、彼らが了承した背景には、手当の増額に加えて、東北の飢饉やおける真空管の一大工場地帯にする経済政策の実行があった。
つまるところ、自分たちの怒りや訴えを真摯に受け止め、実行に移してくれた杉内に心を開き、同時に理解を示してくれたことによるものだった。
イラン、アンザリー港 現地時間午後9時過ぎ
眼鏡をかけた30代後半の将校がカスピ海のはるか向こう側をにらみつけていた。
「ボリシェビキどもが...」
安藤輝三少佐である。彼はつい2年前に少佐に昇級していたのである。
皇道派の代表的な人物である彼は、今から3時間後に控えたとある軍事行動へ覚悟を決めていた。
「失礼します。少佐どの、どうかされましたか?」
青年のような雰囲気を少しだけ残した男が安藤に話しかける。
「君か、栗原大尉」
「ええ、この挟撃作戦にすべてがかかっています。」
7月5日午前0時 イラン、アンザリー港
数隻の艦艇が港を静かに出航した。
川崎重工とイラン海軍が協力して建造された艦艇たちである。
その中に、ワジール級揚陸艦が二隻と、サファヴィー級駆逐艦三隻である。
ワジール級一番艦に安藤少佐が乗っていた。
「荒木大将閣下、いよいよですね。閣下は以前からボリシェビキどもを打倒せよと」
荒木は落ち着いた、しかしどこか重みのある声色で返す。
「ああ、奴らもまさか未明に襲撃されるとは夢にも思わんだろうな。だが、この夜襲を強く進言したのは私ではなく、杉内首相閣下であって、私は提案を受けただけだ。」
「そうだったんですね。到着する30分前にテヘランに連絡しろとの命令がありました。おそらくですが、攻撃機と爆撃機による地上部隊と空での連携でしょう。」
「ああ、そうだな。安藤さん、気張っていきましょう。」
7月5日午前4時半バクー、ガム島砂浜
揚陸艦が砂浜に乗り付け、艦首が怪物の口のように開いた。
そこから出てきたのは、陸軍の兵士のみならず、同時に対ソを意識した一式中戦車が続々と姿を現した。
一式戦車の恐ろしいところは主砲には75口径75mm戦車砲を取り付け、平均故障間隔は当時の戦車の二倍を誇る。
同日午前9時半、東京府首相官邸執務室にて
突然、落雷のごとく、電話がけたたましく鳴った。
杉内はにゅっと手を伸ばして電話を取った。
「はい、杉内です。」
電話の相手は片倉衷であった。
「お伝えします。我々関東軍は、ウラジオストクを占領したしました。」




