第31話 講和、そして対ソ連へ
1940年12月8日、昼過ぎ
ドイツ軍は大英帝国のバッキンガム宮殿の頂点にバルカンクロイツの旗を立てた。
首相官邸の屋上では高らかにドイツ国歌を歌う親衛隊の姿があった。
しかし彼らが目にしたロンドンの光景はかつて栄華を極め世界に冠たる帝国の面影などではなかった。
荒廃なんて言葉すら生ぬるいロンドンの光景は、灰色だった。微かに見える建物さえ廃墟で少しの振動で倒壊してもおかしくはない。
首相官邸に議会周辺、バッキンガム宮殿の周辺に建物の廃墟はなかった。いや、破壊され尽くされたのだ。
道路と土地の境界すらなくなり、一つの荒野として...
ビックベンの鐘の音はもはや鳴らない、いや、二度と鳴ることはないだろう。
ロンドン、いや大英帝国を喪しているかのようであった。
12月10日、アイルランドの首都、ダブリンにて講和会議が開催された。
ダブリン条約と呼ばれた講和条約は主に以下の通りであった。
・ブリテン島本土は、イギリス国家社会主義共和国として、ドイツの傀儡政府とする。
・北アイルランド及びマン島はアイルランドに返還および併合するものとする。
・ジブラルタルおよびタンジェからセウタまでをスペインが併合する。
以上である。
日本はイギリスの造船技術を接収したのみに留まった。
大規模な戦闘は、一時的に収まりはしたものの、日本はソビエトと小競り合いを続けており、ドイツ政府上層部は、軍や親衛隊を東へ移動する計画を話し合っていた。
1940年12月12日、午前10時ごろ、帝都某所にて
杉内は小さな会議室で、椅子に腰掛けて窓を見ていた。
数秒ののち、コンコンコンとノックの音がすると杉内が入室を促した。
「失礼します。直接お会いするのは初めましてですね、杉内総理大臣閣下」
60を過ぎたとは思えない風貌だが、片目は義眼で眼鏡をかけた、着物姿の男が入室した。
「あなたの著作、日本改造法案大綱、非常に興味深い内容でした...北一輝先生。どうぞ、お座りください」
北一輝と呼ばれた初老の男は一礼をして、少し遠慮しがちに腰をかけた。
「先生、お茶にしますか?それともコーヒーにしますか?紅茶もありますよ。」
「首相、お心遣い感謝いたします。ではお言葉に甘えて紅茶を所望いたします。」
そういうと、杉内の秘書が一杯の紅茶とコーヒー、そして金鍔をお盆からテーブルに置いていく。
「して、首相。私になんとご用でしょうか?」
「ええ、単刀直入に言いますと、戦後の改革について、あなたのご意見を伺いたく...」
2人は、しばらく話し合い、労働や領土以外においては、意見が合致した。
「先生、シベリアを無理に獲得せずとも、すでに満州や蒙古、中国、果ては中東があるのです。それにオーストラリアも、共栄圏下にあります。」
北一輝は少し納得した顔をして
「それならシベリアを無理に獲得する必要はありませんな。ただ労働争議やストの禁止においては、妥協しかねます」
「先生、我々は明治維新から今日に至るまで早々と駆け抜けてきました。その過程で多くのものを得ることはできましたが、同時に失うものも多かった。だからこそ、安定と拡張に目を向けねばなりません。しかしこれは、競争から降りると言うわけではないことをご理解いただきたい。」
「わかりました、首相。何かあれば、知恵をお貸しいたします。今日は非常に有意義でした。お時間割いていただき感謝いたします。」
北一輝はそういうと、立ち上がり頭を深々と下げた。
「いえいえ、こちらこそ、ご貴重なお時間割いていただきありがとうございました。」
杉内も立ち上がり深々と頭を下げた。
それから数日後
ドイツ、首都ベルリンの総統官邸の一室にて
「して、総統閣下、何用でございましょう。」
ゲッベルスが、少し深刻な表情で、しかし事態の重さを理解しながら尋ねた。
「うむ、わかっているとは思うが、来年の春あたりにソ連に攻め込む」
ヒトラーの言葉を聞いたゲッベルスはギョッと表情を強張らせ、少しの間沈黙した。
するとヒトラーは立ち上がってこう言った。
「東方生存圏の獲得は最大の目標の一つだ!アウタルキーの実現は我が夢なのだ!」
ゲッベルスはその迫力に思わずビクッとしたが、立ち上がって
「偉大なる総統閣下。必ずや、成し遂げられるよう、全力を尽くして鼓舞いたします!」




