5.他人じゃないみたい
5.他人じゃないみたい
よく見ると彼女は整った顔立ちをしている。振られた彼女とはまるで違う人種のような気がする。もっともボクを振った彼女がひどい容姿をしているわけではない。どちらかというと男好きのする顔立ちではあった。この子は年齢の割に…。とは言っても彼女がいくつなのかは判らないのだけれど、おそらくボクとそう変わらないのではないかと思う。だから、その割には落ち着いて見える。
「じゃあ、行きましょう。自転車なら10分くらいなんだけど、二人乗りは出来ないから歩きましょう」
そう言って彼女は自転車を押して歩き出した。ボクは彼女の横に並んで歩いた。
「よく人を泊めたりするんですか?」
ボクの問いかけに彼女は苦笑した。
「そういう女に見えるかしら?」
「いや…」
「それはそうよね。初対面の男性をいきなり家に泊めるなんて、普通はあり得ないものね。でも、初めてだよ。男の人どころかまだ誰もウチに泊めたことはないわ」
そう言って彼女は微笑んだ。だとすれば、どうしてボクを泊めようなんて気になったのか…。まさか追剥ぎでもしようというのか…。けれど、ボクが文無しなのは知っているはず。それともボクに一目惚れしたとか…。いや、それはあり得ないな。だいたい、そんな詮索をするのもどうかしている。それならと、思い切って彼女に聞いてみた、
「あの、もう知っていると思うけど、ボクはお金を持っていませんよ」
「はい。解かっていますよ。別に宿代を請求したりなんかしないから安心して」
「じゃあ…」
「私のこと、襲います?」
「えっ! まさか」
「だよね。そんなことしそうに見えなかったから。それと…」
そこで彼女は一瞬、口籠った。何か魂胆がありそうな口ぶりだったけれど、今は泊めてもらえるだけで感謝しよう。
「…ううん、なんでもない」
そう言って、はにかむように彼女は笑った。その表情が何かをおねだりしたい時の子供の表情にも似ていて、ボクの心を揺さぶった。
彼女の部屋は3階建てのアパートの2階だった。1LK。しかし、一人で住むのには十分な広さの部屋だった。ボクはリビングに通され、ソファで寝かせてもらうことになった。彼女はもちろんリビングの奥にある寝室…。おそらくそうであろう部屋で寝るのだろう。
「何か飲む?」
彼女は冷蔵庫から出した缶のバドワイザーを手にしている。プルトップを開けながらボクに聞いてきた。明日…、もうすでに今日なのだけれど…、のことを考えると早く寝たかったけれど、少しだけ彼女に付き合うことにした。
「じゃあ、同じものを」
彼女はもう一本バドワイザーを取り出すとボクに差し出し、対面の床に座った。彼女が缶を掲げたのでボクはすぐにプルトップを開けて彼女の缶に自分の缶を合わせた。
「乾杯!」
そう言って彼女は缶の中身を一気に流し込んだ。
「ぷはぁ~」
何とも幸せそうな彼女にボクは思わず笑みをこぼした。スマホで時間を確認すると、既に3時を過ぎていた。
「カオリさんは昼間の仕事はしていないんですか?」
「しているわよ…。それと、カオリというのはお店での名前なの。本当は美紀。安田美紀よ」
「あ、そうでしたか。安田さんは明日、大丈夫なんですか?」
「美紀でいいわよ。明日は休みなの。休みの前の日だけ、あそこでアルバイトをしているの…。あっ! 松崎さんは明日もお仕事だよね…。ところで松崎さんは下の名前は何ていうの?」
「あ、ボクですか? 安紀です」
「ヤスノリ? どんな字を書くの?」
「あ、安全の安に世紀の紀です。糸へんの」
「えっ! うそ! それって、私の名前の安田の安と美紀の紀じゃない」
「そうなんですか」
「そうよ! なんだか他人じゃないみたい」
「そうですね」
それから妙に話が弾んで、結局、朝まで話し込んでしまい、一睡もせずに仕事へ行くことになってしまった。




