4.つい口走ってしまった
4.つい口走ってしまった
その男性客は背も高く体格も良かった。きっと何かスポーツをやっている人なんだなあ…。そんな印象だった。酔っているのか何か嫌なことがあったのか、浮かない顔でカウンター席のいちばん端に座った。バーボンのロックをオーダーされたので、それを出して声を掛けた。この店は一見のお客さんが来るのには入りづらい雰囲気がある。そんな店にどうして来ようと思ったのか聞いてみたかった。最初の問いかけに彼は黙り込んでしまった。そこで冗談半分に「彼女に振られたんでしょう」なんて言ってみたら、なんとそれが当たりだったみたい。でも、それをきっかけに彼は振られた経緯を話してくれた。その彼が付き合っていた元カノというのは最悪の女だと思った。そして、ふと閃いた。最悪の女と付き合っていた男と最悪の男と付き合っていた女、いい組み合わせかも知れないと。もっとも、そんなことは口が裂けても彼の前で言えるはずもないのだけれど…。よく見ると彼は年も近そうだし、今は酔っ払っているけれど、何となく頼りになりそうだと感じた。そのうち眠り込んだ彼の顔を私はずっと眺めていた。他にお客さんも居ないし、やることもなかったので。
「こういう男性がタイプなのかい?」
そんな私を見てマスターが声を掛けた。
「タイプかどうかは解からないけれど、悪い人じゃなさそうね。それに、少なくとも、今、彼には彼女が居ないわ」
そんな私の話を聞いてマスターは解かったように何度もうなずきながらにっこり笑った。そして、話を続けた。
「そろそろ閉店だから、彼に送ってもらえばいいじゃないか…。いや、この調子じゃ送るのは無理か」
そう言って真顔に戻ったマスターは彼を起こして、閉店を告げた。起こされた彼はもうろうとしながらもポケットから財布を取り出した料金を支払った。
マスターは私に「彼と一緒に帰れば」と声を掛けてくれたのだけれど、今日は店が暇だったおかげで、奥のキッチンでちびちび飲んでいたマスターはそこそこ酔っている様だった。そんなマスターを置いて帰ったら、明日店に来た時に悲惨な状況になっているのが明らかだった。私はマスターを窘めて店の片付けを始めた。
彼が店を出て店内の片付けをしていると、彼が座っていた席の下に財布が落ちているのに気が付いた。一応、中身を確認すると、やっぱり彼のもので間違いなさそうだった。
「早く持って行ってやりな。まだその辺に居るだろうから」
「はい」
マスターにそう言われて私は自転車に飛び乗った。取り敢えず、駅の方へ向かって走り出した。すると、すぐに、おぼつかない足取りで歩いている彼を見つけた。財布を落としたことに気が付いてこちらへ戻ってくるところのようだった。
私は彼に無事に財布を届けることが出来てホッとした。そして、どこまで帰るのか聞いてみると、彼はずいぶん遠くまで帰らなければならないようだった。先ほど中身を見た時に、財布の中に現金は残っていなかった。それに、カードの類も入っていなかったように思う。それなのに彼はタクシーで帰るつもりだと言った。なので、そのことを告げると彼は青ざめた顔をしてうなだれた。そんな時、マスターに言われた言葉が頭に浮かんだ。「彼に送ってもらえば…」その時はそうなればいいなと少し思っていた。そう思ったのには理由があった。堀井がいつ新居をかぎつけてやって来るか判らない。新しい彼氏が出来たと知れば、堀井も諦めるかもしれないし、そうでなかったとしても、彼なら堀井を撃退してくれるかもしれない。けれど、そんな自分勝手な思い付きに彼を巻き込むわけにはいかないと改心したうえで、困っている彼を助けてあげたいという思いでつい口走ってしまった。
「ねえ、ウチで良ければ泊まっていく?」
彼なら、泊めてあげても害はないはずだ。彼は驚いた顔をしていたけれど、背に腹は代えられないと思ったのだろう。私の提案を受け入れてウチに泊まることになった。その時には既に彼の酔いも覚めているようだった。




