6.そんな風には言わない
6.そんな風には言わない
こんな偶然ってあるかしら…。彼の名前が安紀だなんて。運命だなんて大げさなものではないにしても、彼とは何かの縁があったのに違いないわ。だったら…。
「あのね…」
だったら、彼を泊めた本当の理由を話してみてもいいかも知れない。
「…松崎さんに泊まってもらおうと思ったのは…。実は私、元カレからストーカーされているの」
彼は驚いた表情をして、飲んでいたバドワイザーの缶を口元から遠ざけた。まあ、当然だけど。
「ストーカーって…。大丈夫なんですか?」
「それが原因で、以前、住んでいたところを引き払って、ここに引っ越して来たの。携帯の番号やメールアドレスも全部変えて、その元カレとは縁を切ったつもりなんだけど、また、いつここを嗅ぎつけて来るか判らないから怖いの」
「しかし、なんでまたそんな男と…」
「そうよね。でも、最初は優しかったのよ。だけど独占欲が強くて私が自分以外の人と会うのをものすごく嫌がって…。結婚を迫られて、ずっと家に閉じ込めようとしたの。通っていた大学も勝手に退学の手続きをされたしまって」
「それはひどいですね…。ん? それがボクを泊めた理由?」
「そうなの。新しい彼氏が出来れば、あいつも諦めるんじゃないかと。それに、松崎さんって、強そうだし頼りになりそうだから、いざというときには助けてくれるかなって」
「ちょっと待って。新しい彼氏って、ボクのことですか?」
「あ、ごめんなさい。勝手に決めちゃって。迷惑だった? だったら、すぐに帰ってもいいわよ」
「帰ってもいいって…」
「ハハハ、それは冗談だけど、松崎さんみたいな人ならいいなって、お店で会ったときに思ったから」
「それ、本気で言ってます? ボクだって、その元カレと変わらないかも知れないですよ」
「それはないわよ。そういう人はそんな風に言わないから」
それから彼はしばらく口を閉ざして考え込んでいるようだった。やっぱり突然過ぎたかしら。でも、私は彼に話して少し気が楽になった。そしたら、急にお腹が減って来た。
「ちょっとお腹が空いたから何か作るわ。松崎さんは? 何か食べる?」
「あ、ボクは大丈夫。あ、いや、同じ物を適当に摘まむから」
有り合わせのものでつまみになりそうなものをさっと作ってテーブルに並べた。
「柔道をやっていました…」
彼が唐突に口を開いた。
「…腕力には自信があります。もし、その元カレが美紀さんに危害を加えるようなことするならボクが守ってあげますよ」
「えっ? それって…」
「ボクでいいのなら、新しい彼氏に立候補します」
「ホント?」
「はい。美紀さんみたいにきれいな女性にそこまで言われたら断る理由はありませんから」
「いいの? 私も松崎さんの元カノみたいに二股掛けて挙句、見捨てるかもしれないわよ」
「大丈夫です。そういう子はそんな風に言いませんから」
「まあ、松崎さんったら」
「美紀さんが最初に言ったことです」
「そうね」
お互い、顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、改めて乾杯島しましょう」
私は冷蔵庫から新しいバドワイザーの缶を出した。
気が付いたら外が明るくなっていた。
「いつの間にか朝になっちゃった。ごめんなさい。お仕事なのに」
「何とかなります。それに、ここからなら会社までは近いですから」
彼の会社は駅の反対側にあるのだという。そして、元カノは会社の同僚で、あまり会社の関係者が来ない駅のこちら側でいつも会っていたのだとか。
「気まずくない?」
会社に行けば振られた元カノと顔を合わせるだろうし。
「もう気にもしていませんよ。新しい彼女が出来ましたから。逆に気まずいのは彼女の方でしょう」
「もし、よりを戻したいとか言われたらどうするの」
「きっぱり断りますよ」
「出来るかしら?」
「出来ますとも」
そう言って彼は部屋を出て行った。




