2.じゃあ、デートしようか?
2.じゃあ、デートしようか?
何かの見間違いだと思った。
店に入ったら彼女が居た。こちらに背を向けてカラオケのモニターを見ている。ボクが来たことには気が付いていない。先に気が付いたのは彼女の隣にいる男だった。それはボクも良く知っている男だった。彼はボクの顔を見るなり席を立った。
「こんな時間まで居るはずじゃなかったんだ…」
訳の分からないことをつぶやきながら彼女を置いてそそくさと店を出て行った。
「どうしたの? 急に…」
歌うのを辞めて彼女が彼を目で追う。そこでようやくボクが居ることに気が付いた。
「やあ。奇遇だね」
ボクが言うと、彼女はバツが悪そうに席を立った。
「もう少し居ればいいじゃないか」
ボクの言葉に耳を貸すこともせずに彼女は黙って彼の後を追った。店を出た彼女をボクはただ見送った。
薄々は感じていた。それが現実のものとして目の前に突き付けられた。既にいなくなった二人の影がずっとその場所に留まっているように思えた。それに耐えきれなくて僕は店を出た。しばらく歩いたところで目に入ったスナックに僕は立ち寄った。店内に客は一人も居なかった。僕はカウンター席のいちばん端に座った。
「いらっしゃい」
そう言って女の子がおしぼりを置いてくれた。
「バーボンをロックで」
彼女は氷の入ったロックグラスにバーボンを注いでボクの前に置いた。
「ありがとう」
「初めてですよね」
「そうですね」
「カオリです。宜しくお願いします」
「あ、松崎です。カオリさんはママさんですか?」
「そんな風に見えますか?」
「だって、他に誰も居ないから」
「私はただのアルバイト。奥にマスターが居るわ」
「そうなんですね…」
言われてみれば彼女はまだ若い。けれど、若さに似合わない落ち着いた雰囲気がある。こういう店で働いているからなのか…。
「松崎さんはどうしてここに来たんですか?」
「えっ? いや、何となくだけど」
「変わっていますね。ここ、一見さんは入りにくいでしょう?」
「そうなんですか? 別にどこでもよかったんで…」
「何かありました?」
「…」
「解かった! 彼女に振られたんでしょう?」
「どうして解かったんですか?」
「えっ! 本当に? ごめんなさい。冗談のつもりだったから」
「実は…」
それからボクは彼女にどれだけの愚痴をこぼしただろう。そして、いつも間にか眠り込んでしまった。マスターに声を掛けられ、気が付いた。代金を支払ったら、財布の中身が空になった。
「ま、いっか」
ほとんど意識がない状態で財布を尻のポケットに突っ込んで店を出た。
目玉焼きとワカメの味噌汁。茶碗に山盛りのご飯に味付けのり。
「今日はお休みでしょう?」
「そうだよ。カオリさんは?」
「私も」
「じゃあ、デートしようか?」
「いいわよ」
彼女がみそ汁をすすりながら、にっこり笑って答える。
彼女に会ったのは昨夜で二度目。そして、二度ともボクは彼女の部屋に泊まった。