1.ウチで良ければ
1.ウチで良ければ
目が覚めると、彼女は台所に立っていた。フライパンに卵を落とす音が聞こえて来る。ボクはベッドから出ると彼女の傍に立った。
「あら、まだ寝ていればいいのに」
パジャマを着たままの彼女が半熟の目玉焼きをフライパンから皿に移したところだった。
「何か手伝うよ」
「もう出来たから大丈夫よ」
「じゃあ、これを運ぶよ」
調理台に置かれた料理をボクはテーブルに運んだ。
ボクがこの部屋を訪れたのは二度目だ。最初は酔っ払って終電を逃したボクを彼女が拾ってくれた。
初めて入ったスナックで彼女はアルバイトをしていた。
付き合っていた女の子に振られてヤケになっていたボクはいつの間にか、その店のカウンター席で眠り込んでしまった。
「お客さん、そろそろ閉店ですので…」
マスターに声を掛けられて店を出た。
ほとんど意識がなかった。ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、深夜の2時過ぎだった。さすがに電車は終わっている。タクシーで帰ろうと駅の方へ歩く途中で気が付いた。
「財布が無い!」
先程の店で落としたか…。そう思って引き返そうとしたときに、こちらへ向かってくる自転車のライトが目に入った。自転車はボクのそばで止まった。乗っていた女の子が声を掛けて来た。
「良かった…。これ、あなたの財布でしょう?」
彼女が差し出したそれはまさしくボクの財布だった。
「あ、ありがとう。これでタクシーに乗れる…」
「悪いけど、タクシーには乗れないわよ」
「えっ?」
「ごめんなさい。あなたが座っていた席の下に落ちていたから、あなたのものだとは思ったのだけれど、一応、身分証か何かがないか中を見させてもらったの。写真入りの会社の社員証があったからあなたのものだと確認できたのだけれど、あいにく、クレジットカードの類は入っていなかったし、現金も入っていなかったわ。お店の支払いで使っちゃったみたいね。自分が働いているお店ではあるのだけれど、あそこは高いから」
「あっ…」
そう言われると、財布に入っていた現金はあの店の支払いで無くなってしまったのを思い出した。今時、クレジットカードやキャッシュレスのアプリも持ち合わせていないなんて時代遅れなのかもしれないけれど、どうも現金以外は信用できない。そういうわけで、財布の中が空っぽになったのなら、もう身動きが取れない。コンビニで預金を引き出そうにも給料日前で残高はほとんど残っていない。
「どこまで帰るの?」
彼女にそう聞かれて我に帰った。ボクの家はこの沿線の終点だった。とても歩いて帰れる距離ではない。駅前で見かけたネットカフェに泊まろうにも金が無ければどうにもならない。
「ねえ、ウチで良ければ泊まっていく?」
彼女の思わぬ言葉にボクは改めて彼女の顔を見た。




