第9話「招かれざる客と、楽園の鉄槌」
アヴァロンと名付けられた俺たちの村は、その後も順調すぎるほどの発展を続けていた。
様々な種族が手を取り合い、それぞれの特技を活かして村を豊かにしていく。エルフは魔法作物で村の食と医療を支え、ドワーフは優れた道具で生活の質を向上させる。最近移り住んできた手先の器用な猫獣人たちは、布を織って美しい衣服を作ってくれた。
ゴーレム農地は全自動で食料を生産し続け、俺は村長として、インフラ整備や新たな仲間たちの受け入れに奔走する毎日だ。忙しいが、ブラック企業時代とは比べ物にならないほど充実している。
平和な日々。それが永遠に続けばいいと、誰もが思っていた。
しかし、楽園の噂は、善人だけでなく、悪人の耳にも届くものらしい。
その日、俺はエリナと共に、村の防壁をさらに高く、強固にするための計画を練っていた。
「ゴーレムを組み込んだ城壁なんてどうだろう。普段は石像みたいに擬態していて、いざというときに動き出すんだ」
「面白い発想ですね。ですが、あまり威圧的になるのは……」
そんな和やかな相談をしていたときだった。
カン、カン、カン! と、村の見張り台から警鐘が鳴り響いた。
ただ事ではない。俺とエリナは顔を見合わせ、急いで見張り台へと駆け上がった。
地平線の向こうから、土煙を上げて近づいてくる一団が見えた。
その数、およそ五十。皆、馬に乗り、統一されたデザインの鎧を身につけている。掲げられた旗には、猪の紋章。
「あれは……この辺りを治めるラドクリフ子爵の私兵です!」
物見をしていたエルフが、緊張した声で報告する。
ラドクリフ子爵。名は聞いたことがある。強欲で、領民に重税を課し、逆らう者は容赦なく弾圧するという、典型的な悪徳領主だ。
(まずい客が来たな……)
彼らが何の用で来たかなど、考えるまでもない。このアヴァロンの豊かさに目をつけたに決まっている。
あっという間に、子爵の軍勢はアヴァロンの門の前までやってきた。
先頭にいた、一際肥え太った中年男が、馬の上から俺たちを見上げ、傲慢な声で叫んだ。あれがラドクリフ子爵本人だろう。
「おい! この開拓村の責任者は誰だ! 子爵であるこの私が出向いてやったのだ、さっさと姿を現さんか!」
なんという尊大な態度。交渉の余地などなさそうだ。
俺は覚悟を決め、ドーガンと屈強なドワーフ数人、そしてゴーレム兵団の一部を伴って門の外へと出た。
「俺が、この村の代表のカイだ。子爵様が、このような辺境の村に一体何のご用でしょうか」
俺が名乗り出ると、子爵は鼻で笑った。
「ほう、貴様が首領か。随分と若い小僧だな。用件は決まっておろう。この土地は、我がラドクリフ子爵領の一部である。貴様らが勝手に開拓し、利益を独占することは許されん!」
まあ、そう来るよな。
「即刻、この村の所有権を我に明け渡せ! それから、これまでに得た収穫物、鉱石、そこにいる亜人どもも全て差し出すのだ! そうすれば、貴様だけは、奴隷として我が下で働かせてやってもよいぞ!」
あまりの言い草に、俺の後ろにいたドーガンが怒りで髭を震わせている。
「ふざけるな、豚野郎! このアヴァロンは、俺たちが血と汗で築き上げた楽園だ! てめえのような奴に、指一本触れさせてたまるか!」
「黙れ、小汚いドワーフめが! 亜人の分際で、人間に口答えするか! 皆殺しにしてくれるわ!」
もはや交渉決裂だ。
子爵が右手を振り上げる。それが、攻撃開始の合図だった。
「かかれー! 逆らう者は一人残らず斬り捨てろ! 女どもは捕らえろよ、後で楽しませてもらうわ!」
下劣な命令と共に、兵士たちが雄叫びを上げて襲いかかってくる。
だが、俺たちはもう、ただの開拓民じゃない。
「ゴーレム兵団、迎撃開始! 目標、敵兵の無力化! 殺すなよ!」
俺の号令一下、背後に控えていたゴーレムたちが動き出す。
一体一体が重い足音を響かせ、子爵の私兵たちに立ち向かっていく。
「な、なんだ、あの石人形は!?」
「うわっ! 硬え! 剣が通じねえぞ!」
兵士たちは、岩の巨躯から繰り出される豪腕と、どれほど斬りつけても傷一つ負わないゴーレムの頑強さの前に、なすすべもなかった。
剣は弾かれ、槍は折られ、次々と殴り飛ばされ、地面に叩きつけられていく。
ドワーフたちも、自慢のウォーハンマーを振るい、獅子奮迅の働きを見せる。
門の上からは、エリナ率いるエルフたちが牽制の矢を放ち、敵の連携を乱していた。
戦いは、一方的だった。
数分後には、子爵の私兵たちは誰一人立っている者はいなくなり、あちこちで呻き声を上げて転がっていた。
「ば、馬鹿な……たかが開拓民に、我が精鋭部隊が……」
馬上で呆然と呟くラドクリフ子爵。
俺は一体のゴーレムに命じて、彼を馬から引きずり下ろさせた。
「ひぃっ! や、やめろ!」
地面に無様に転がった子爵の前に、俺はゆっくりと歩み寄る。
「言ったはずだ。このアヴァロンは、俺たちの楽園だと。そして、俺は仲間を傷つける奴を、絶対に許さない」
俺はクワを子爵の喉元に突きつけた。冷たい鋼の感触に、子爵の喉がひゅっと鳴った。
子爵は口を開きかけたまま硬直した。額からにじみ出た一筋の脂汗が、ぴくぴくと痙攣する頬を伝い、仕立ての良い絹の襟元に染みを作っていく。
「わかったか? わかったら、二度と俺たちの前に顔を見せるな。次は、命の保証はないぞ」
俺がそう告げると、子爵は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、何度も何度も首を縦に振った。
逃げ去る土煙を見据えながら、俺は額ににじんだ汗を手の甲で拭った。




