第10話「再会と侮蔑、そして後悔の始まり」
ラドクリフ子爵を撃退してから、数週間が過ぎた。
幸い、子爵からの報復はなかった。おそらく、ゴーレム兵団の圧倒的な力に恐れをなして、手出しできなくなったのだろう。
アヴァロンには再び平穏な日常が戻り、俺たちは子爵との一件など忘れたかのように、村の発展に力を注いでいた。
そんなある日の午後だった。
見張り台から、一人の来訪者を知らせる報告があった。
武装はしていない。高価そうなローブをまとった男が一人、馬に乗ってこちらに向かってきているという。
商人か、旅人か。
俺は門で出迎えることにした。
近づいてくるその姿を見て、俺は我が目を疑った。
輝くような金髪。整いすぎた顔立ち。そして、全身から放たれるエリート特有の傲慢なオーラ。
間違いない。
俺をパーティーから追放した、勇者マクレフだった。
「……何の用だ、勇者様」
俺は、自分でも驚くほど冷たい声で言った。
マクレフは馬から降りると、俺の姿を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見て、鼻で笑った。
「ふん、カイか。クワがよく似合うじゃないか。まだそんな農奴のような真似をしていたとはな。しかし驚いたぞ。あの忘却の荒野に、これほどの集落を築くとは。お前の『土いじり』スキルも、使い方によっては少しは役に立つらしい」
相変わらずの、見下した物言い。
俺の中で、心の奥底にしまい込んでいたはずの怒りが、再び燃え上がるのを感じた。
「用件を言え。お前と世間話をする趣味はない」
「つれないことを言うな。俺はわざわざ、お前にチャンスを与えに来てやったんだぞ」
チャンス? こいつが、俺に?
意味がわからず眉をひそめる俺に、マクレフは尊大に胸を張って言った。
「この村、なかなか見所がある。特に、亜人を手懐けて労働力にしている点は評価してやろう。そこでだ。この村を、我々勇者パーティーの活動拠点として提供しろ。そうすれば、お前を再びパーティーに迎え入れ、食料係くらいの役職は与えてやってもいい」
(……は?)
こいつ、何を言ってるんだ?
俺の思考が、一瞬停止した。
このアヴァロンを、明け渡せ? 俺を、また雑用係として使ってやると?
あまりの言い草に、怒りを通り越して、もはや笑いさえ込み上げてきた。
「は、はは……ははははは!」
「な、何がおかしい!」
俺が堪えきれずに笑い出すと、マクレフの端正な顔が怒りで引き攣り、こめかみに青筋が浮かび上がった。
「おかしいに決まってるだろ! 寝言は寝て言え、勇者様。誰が、お前らなんかのために、俺たちが作ったこの楽園を差し出すかよ」
「なっ……! 貴様、この俺の温情を無にするというのか! 役立たずのスキルしか持たないお前が、勇者である俺に逆らうだと!?」
ああ、そうだ。こいつは何も知らないんだ。
俺のスキルの本当の価値も、このアヴァロンがどれだけ豊かな場所なのかも。
そして、俺がもう、こいつらに怯えるだけの無力な存在ではないということも。
「役立たず、ねえ。その役立たずが作った村の飯でも食っていくか? お前らの好きな『不味い芋』を、腹いっぱい食わせてやるよ」
俺が皮肉たっぷりに言うと、マクレフの顔が怒りで歪んだ。
「……いいだろう。その生意気な口が、いつまで叩けるか見ものだ。後で泣きついてきても知らんぞ。貴様のような男は、俺たち勇者パーティーの庇護がなければ、魔物に食われて終わりだということを、すぐに思い知ることになるだろう!」
そう捨て台詞を吐くと、マクレフは乱暴に馬にまたがり、踵を返した。
去っていく彼の背中を見ながら、俺は小さく呟いた。
「後悔するのは、お前の方だ。マクレフ」
その予感は、すぐに現実のものとなる。
マクレフがアヴァロンを去った数日後、エリナの元に、森のエルフから緊急の知らせが届いた。
魔王軍の幹部が率いる大軍団が、南の砦に迫っている、と。
その砦は、王国にとって重要な防衛拠点。そして、そこを守っているのは、他ならぬマクレフ率いる勇者パーティーだった。
「どうやら、苦戦しているようですね。補給が追いつかず、特に回復薬が底をつきかけているとか」
エリナが、淡々と報告する。
回復薬。つまり、ポーションか。
この世界でポーションの主原料となるのは、特定の薬草だ。そして、最高品質の薬草を、安定して大量に栽培できる場所が、今やどこにあるか。
「……俺たちが作ったヒーリングトマトや、他の薬草があれば、いくらでも高性能なポーションが作れるが……」
「ええ。ですが、彼らはカイを追放した人たちです。助ける義理は、ありません」
エリナの言う通りだ。
あいつらがどうなろうと、知ったことじゃない。自業自得だ。
そう思うのに、俺の心はなぜか晴れなかった。
砦が落ちれば、その先にいる王都の民が危険に晒される。それに、マクレフはともかく、パーティーの他のメンバーの中には、俺に優しくしてくれた者も、わずかだがいた。
(どうする、俺……)
俺が答えを出せずにいると、ルルがそっと俺の服の袖を引いた。
「カイ様は、お優しいですから」
彼女は、ただそれだけを言って、にこりと微笑んだ。
その笑顔に、俺の迷いは吹き飛んだ。
俺は、勇者たちを助けたいわけじゃない。
だが、彼らのせいで、関係のない人々が苦しむのは見過ごせない。
それに、これはチャンスかもしれない。
俺たちの、アヴァロンの価値を、世界に認めさせる絶好の機会だ。
「エリナ、ドーガン、みんなを集めてくれ。王国に、とびっきりの『貸し』を作ってやろうぜ」
俺は、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
俺は、彼方に広がる曇り空へと視線を向けた。




