第11話「凋落の勇者と、楽園の価値」
魔王軍の猛攻に晒される南の砦は、地獄と化していた。
「くそっ! ポーションはまだか!」
勇者マクレフは、聖剣を振るいながら悪態をついた。
次から次へと現れるオークやオーガの群れ。兵士たちは傷つき、疲弊しきっている。頼みの綱である回復薬は、とうの昔に底をついていた。
以前なら、カイが調達してくる薬草で、聖女がいくらでもポーションを作ってくれた。だが、あの役立たずを追い出してからは、質の悪い薬草しか手に入らず、ポーションの備蓄は常に心許なかった。
(なぜだ……なぜ、こうなった……)
世界を救う重圧。一瞬のミスが万の命を奪う戦場に、才能なき者を連れて行くことへの恐怖。それらを隠すための歪んだ選民意識。彼なりの正義で世界を背負っていたつもりだった。
マクレフの脳裏に、数週間前に訪れた、あの忌々しい開拓村の光景が蘇る。
見たこともないほど瑞々しい作物が実る畑。活気に満ちた、様々な種族の住民たち。そして、自分を憐れむかのような目で見ていた、カイの姿。
あのときは、負け惜しみだと一笑に付した。
だが、今ならわかる。あの村は、本物だ。自分たちが失った、豊かさそのものだった。
「マクレフ様! もう持ちこたえられません!」
賢者の悲鳴のような声が響く。
聖女の治癒魔法も、魔力の枯渇で限界が近い。
もはや、これまでか。
マクレフが絶望に膝をつきかけた、そのときだった。
砦の後方から、一団の馬車が、猛スピードで近づいてくるのが見えた。
王国の補給部隊か? いや、違う。
馬車の護衛についているのは、見慣れない装備の兵士たち。そして、馬車には王国の獅子ではなく、見慣れない……葉っぱの紋章が描かれている。
馬車の一団は、信じられない速さで戦場を駆け抜けると、砦の前に急停止した。
そして、荷台から樽が次々と降ろされる。
「砦の皆さん! アヴァロンからの救援物資です! 最高級のポーションを、好きなだけお使いください!」
凛とした声と共に、樽の蓋が開けられる。
中に入っていたのは、透き通るような緑色に輝く液体。ポーションだ。
その芳醇な香りは、これまで彼らが使っていたものとは比べ物にならないほど、生命力に満ちていた。
「アヴァロン……だと……?」
マクレフは、その名を信じられない思いで呟いた。
なぜ、あいつが。俺を憎んでいるはずの、カイが。
兵士たちは、半信半疑でそのポーションを口にする。
すると、次の瞬間、驚愕の声が上がった。
「うおっ! 傷が……! 深手だった傷が、一瞬で塞がったぞ!」
「魔力も回復していく……! なんだこのポーションは!?」
それは、奇跡のようだった。
アヴァロンのポーションは、瀕死の重傷者さえもその場で立ち上がれるほどに回復させる、凄まじい効能を秘めていた。
ヒーリングトマトと、エリナの秘伝のレシピ、そして俺のスキルによるマナ活性化が合わさって生まれた、究極の霊薬だ。
息を吹き返した王国軍は、勢いを取り戻した。
勇者パーティーも、ポーションの力で全快し、再び魔王軍に立ち向かう。
戦況は、たった一つの村からもたらされた救援物資によって、劇的に覆ったのだ。
救援部隊を率いていたのは、エリナだった。
彼女は、呆然と立ち尽くすマクレフの前に立つと、静かに告げた。
「これは、我らの主、カイからの伝言です。『このポーションの代金は、高くつくぞ』と」
己の無力さを突きつけられた今、彼を支えていた虚栄心は粉々に砕け散った。聖剣を取り落としたマクレフは、血と泥に塗れた大地に膝をつき、腹の底から絞り出すような慟哭を夜空に響かせた。
自分は、見下し、追放した男に、命を救われたのだ。
その事実が、聖剣で斬られるよりも深く、彼の心を傷つけた。
◆ ◆ ◆
この一件は、すぐに王都にも伝わった。
辺境の開拓村「アヴァロン」が、国の窮地を救った。その村が産出する作物は、既存の常識を覆すほどの価値を持つ、と。
王国の上層部は、色めき立った。
最初は、ラドクリフ子爵からの報告を「敗戦の言い訳」と一蹴していた彼らも、勇者パーティーからの正式な報告を受け、アヴァロンの存在を無視できなくなった。
それは、驚異であり、同時に、垂涎の的でもあった。
もし、アヴァロンを支配下に置くことができれば、王国は莫大な富と、強力な軍事資源を手にすることができる。
王宮では、連日会議が開かれた。
「アヴァロンを、王国の直轄地とすべきだ!」
「そうだ! あの村の富は、我々貴族が管理するべきだ!」
「だが、下手に手を出せば、ラドクリフ子爵の二の舞になるやもしれんぞ……」
様々な意見が飛び交う中、宰相が冷徹に告げた。
「まずは、使者を送る。丁重に、しかし断固として、王国の管理下に入るよう勧告するのだ。もし、彼らがそれに従わぬのであれば……」
宰相の目が、細められる。
「――そのときは、王国騎士団の総力を以て、かの地を『平定』するまで」
王国は、ついにアヴァロンに対して、その牙を剥くことを決定した。
彼らはまだ知らない。自分たちが敵に回そうとしている存在が、ただの豊かな村などではなく、一個の国家に匹敵する、あるいはそれ以上の力を持つ、新時代の覇者であることを。
王宮の窓から見下ろす街の灯りは、冷たい風に揺れていた。




