第4話「至高の癒しと、広がる噂」
ルルが俺の家族になってから、数日が過ぎた。
彼女は驚くほど働き者だった。俺が畑仕事をしていると、小さな体で一生懸命水汲みを手伝ってくれるし、収穫した野菜を運んだり、家の掃除をしてくれたりする。
最初は遠慮の塊だった彼女も、俺が作った料理を「美味しい、美味しい」と満面の笑みで食べてくれるようになり、今ではすっかり懐いてくれていた。陽の光に透けて淡い赤に染まる長い耳の輪郭や、機嫌が良いと小さく揺れる白い尻尾の動きは、荒野での生活における最高の癒しだ。
「カイ様、お茶が入りました」
「お、サンキュー、ルル。そこに置いといてくれ」
畑の畝を増やしていると、ルルが木のコップに入れたハーブティーを持ってきてくれた。このハーブも、森で偶然見つけたものをスキルで品種改良したものだ。リラックス効果が半端ない。
「いつもありがとうな、ルル。助かってるよ」
「いえ! カイ様のお役に立てるのが、わたしの幸せですから!」
満面の笑顔でそう言われると、こっちまで嬉しくなってくる。
ブラック企業時代にすり減った俺の心は、この数日で急速に回復していた。
そんなある日、俺はふと思いついた。
この荒野での生活で、一つだけ不満な点がある。それは、風呂だ。
もちろん、スキルで井戸を掘り、綺麗な水は確保できている。体を拭いたり、行水したりはできるが、前世日本人としては、やはり湯船に肩まで浸かって「ふぅー」と息をつきたい。
(そうだ、温泉を掘ろう)
俺のスキルなら、不可能ではないはずだ。
『創生の庭園』は、大地そのものに干渉する力。地下水脈を探すくらい、朝飯前だろう。
俺はクワを手に取り、拠点から少し離れた岩場に移動した。
「よし、この辺りに……温かいお湯の脈、ありませんかー?」
スキルを最大限に集中させ、意識を地面の奥深くへと沈めていく。
すると、脳内に立体的な地層マップのようなものが浮かび上がってきた。
地下深く、マグマの熱で温められた高温の地下水脈が、すぐ近くを流れている。だが、ただ掘り当てて農業用の清らかな小川に硫黄成分が混ざれば、作物は全滅する地質的リスクがある。
(俺の『創生の庭園』の真骨頂を見せてやる)
俺は意識をさらに深く沈め、大地の血管を編み直すように地層をコントロールする。源泉と農業用水を完全に分離するため、地下数十メートルの岩盤を砕き、活性炭と石英の層を何重にも編み込んで地層フィルターを構築した。完璧な導水路を思い描き、俺は狙いを定め、クワを力強く地面に突き刺した。
「いでよ、俺の温泉!」
ゴゴゴゴゴ……! と、地面が揺れる。
クワを突き刺した場所から亀裂が走り、次の瞬間、ものすごい勢いで湯気と共に熱水が噴き出した。
「うおっ! 熱っ!」
慌てて飛びのく。噴き出したお湯は、高さ十メートルにも達する間欠泉のようになっていた。
これはこれで凄い光景だが、このままではただのお湯の無駄遣いだ。
(落ち着け、落ち着け……! 湯船を作って、そこに注ぎ込むようにイメージしないと)
俺は再びスキルを発動させ、噴き出すお湯の周囲の岩を操作する。
岩盤をくり抜き、滑らかに磨き上げ、大人二人が足を伸ばして入れるくらいの大きさの岩風呂を形成していく。
さらに、源泉から直接お湯が注ぎ込まれ、あふれた分は小川へと流れていくように排水路も確保した。完璧な露天風呂の完成だ。
「ふぅ……できた」
完成した岩風呂に、こんこんと透明なお湯が注がれていく。手を入れてみると、少し熱いが最高の湯加減だ。
成分まではわからないが、硫黄の匂いが微かにして、いかにも体に良さそうだった。
俺は早速、ルルを呼びに行った。
「ルル、すごいものができたんだ! ちょっと来てくれ!」
「はい、カイ様! なんですか?」
小走りでついてくるルルを、完成したばかりの露天風呂へと案内する。
湯けむりが立ち上る岩風呂を見て、ルルはきょとんと首を傾げた。
「これは……水たまり、ですか? 温かいです」
「これは温泉っていうんだ。体や心の疲れを癒してくれる。さあ、入ってみよう」
俺が服を脱ぎ始めると、ルルは小さな悲鳴を上げて顔を伏せた。
「か、カイ様!? なにを……!」
「え? ああ、ごめん、説明不足だったな。温泉は服を脱いで入るもんなんだよ。ほら、ルルも」
「は、はだかになるんですか!? そ、そんな、カイ様の前で……」
ルルは身をよじって視線をさまよわせている。まあ、無理もないか。この世界にそういう文化があるかはわからないし。
「大丈夫だって。俺は家族だと思ってるから、何も恥ずかしがることはないよ。それに、この気持ちよさを独り占めするのはもったいないだろ?」
俺が先に湯船に浸かり、至福の声を漏らすと、ルルは興味深そうにこちらを見ていた。
やがて意を決したように、小さな声で「……失礼します」と言うと、服を脱いで、タオルで体を隠しながらおずおずと湯船に入ってきた。
「どうだ? 気持ちいいだろ?」
「……はい。すっごく、温かくて……気持ちいい、です……」
最初は緊張で硬くなっていたルルも、お湯の心地よさに次第に体がほぐれていったようだ。うっとりと目を細め、白い肌をほんのりと桜色に染めている。濡れた銀髪と、微かに震える長い耳がなんとも言えず愛らしい。
などと考えていると、ルルが不思議そうに言った。
「カイ様の世界では、これが普通だったんですか?」
「ああ。毎日、こうやってお風呂に入ってたよ。一日の疲れを洗い流す、大事な時間なんだ」
「素敵ですね……。わたし、カイ様に出会えて、本当に幸せです」
そう言って、彼女は心からの笑顔を見せてくれた。
その笑顔を守るためなら、なんだってできる。俺は温泉に浸かりながら、改めてそう誓った。
この日を境に、温泉は俺たちの生活に欠かせないものとなった。
俺たちはまだ、毎日立ち上る温泉の湯けむりが、遠く離れた場所からある存在の目を惹きつけていることなど知る由もなかった。




