第2話「初めての我が家と、極上の恵み」
酒場を出て、俺は言われた通り西門へと向かった。
王都の活気も、今はただただ虚しいだけだ。行き交う人々は皆、希望に満ちた顔をしている。それに比べて俺はどうだ。これから死地へと向かう、ただの役立たずだ。
(これから、どうしようか……)
忘却の荒野。名前を聞くだけで指先が冷たくなる。ゴブリンやオークは当たり前、時にはワイバーンも目撃されるという。戦闘能力皆無の俺が、そんな場所で生き延びられるはずがない。
それでも、行くしかなかった。この王都に、俺の居場所はもうないのだから。
西門を抜け、荒野へと続く道をたどる。整備された街道はすぐに途切れ、ごつごつとした岩と枯れた草木が広がる殺風景な景色に変わった。これが、忘却の荒野の入り口か。
数時間歩き続けた頃には、日は傾き始めていた。
周囲に人の気配は全くない。代わりに、遠くから魔物らしき雄叫びが聞こえてきて、俺の肩が微かに跳ねた。
(やばいな、野宿なんてしたら一晩で食われるぞ)
せめて、安全に眠れる場所だけでも確保しなければ。
俺は周囲を見渡し、少し小高くなった丘の上に、手頃な岩場を見つけた。あそこなら、多少は身を隠せるかもしれない。
岩場にたどり着き、荷物を下ろす。パーティーから渡されたのは、最低限の水と干し肉、そして使い古したクワ一本だけ。このクワが、俺のスキル『創生の庭園』を発動させるための媒体だった。
「はは……本当に、土いじりでもしてろってことか」
乾いた笑いが漏れる。
だが、いつまでも落ち込んではいられない。生きるためには、行動するしかないんだ。
(スキル『創生の庭園』……か。女神様は、このスキルがあれば幸せになれるって言ってたけど……本当なんですかね?)
転生するとき、女神様は言っていた。『あなたの誠実な魂に、特別な贈り物を授けましょう。その力は、使い方次第で世界すら創り変えるでしょう』と。
それがこの『土いじり』スキル。どう見ても世界を創り変えるような力には見えないが。
(まあ、今さら疑っても仕方ない。やれることをやるだけだ)
俺は決意を固め、クワを握りしめた。
まずは寝床の確保だ。地面が硬くて眠れそうにない。少しでも地面を柔らかくできないだろうか。
スキルを発動させるイメージを頭に描く。
(地面よ、ふかふかになれ!)
そして、クワを地面に振り下ろした。
その瞬間、信じられないことが起こった。
カツン、と硬い音を立てるはずのクワが、まるでバターを切るナイフのように、スッと地面に吸い込まれたのだ。
そして、クワが触れた場所から、波紋が広がるように周囲の地面が変化していく。
ごつごつしていた石ころは砂のように細かくなり、乾ききっていた土は、まるで高級な腐葉土のように、しっとりとした黒い土へと変わっていく。
「な……なんだ、これ……?」
あっけにとられて見ていると、ものの数十秒で、俺の周囲半径五メートルほどの地面が、極上の土壌に生まれ変わってしまった。
試しに手で触れてみると、ひんやりとしていて、生命力に満ちた匂いがする。こんな肥沃な土、見たことがない。
(これが……『創生の庭園』の力……?)
ただ地面を柔らかくするだけじゃない。これは、土地そのものの性質を根本から作り変える力だ。
俺は、自分のスキルに秘められた可能性の片鱗を垣間見て、大きく息を吸い込んだ。
もしかしたら、本当に、この力があれば。
この何もない荒野で、生きていけるのかもしれない。
いや、生きるだけじゃない。
あいつらを見返せるような、最高の楽園を、この手で作り上げてやれるかもしれない。
俺はもう一度、力強くクワを握りしめた。
胸の中に、小さな、しかし確かな希望の炎が灯るのを感じながら、俺は忘却の荒野の黒い土をじっと見つめた。
◆ ◆ ◆
スキル『創生の庭園』の力に驚きつつも、俺はすぐさま次の行動に移った。
ふかふかの土壌は手に入れたが、これだけでは夜を越すのは心許ない。魔物の襲撃から身を守るための壁が必要だ。
(壁……壁か。土があるなら、土壁でも作れるか?)
俺は再びクワを構え、スキルを意識した。
イメージするのは、俺の周囲をぐるりと囲む、頑丈な土の壁。高さは三メートルほど。簡単には乗り越えられないくらいの高さがいい。
「うおおおっ……! 立ち上がれ、俺の絶対防壁!」
半分ヤケクソで叫びながら、クワを地面に突き立てる。
すると、ズズズズズ……! と地響きのような音と共に、地面が盛り上がり始めた。
粘土細工のように、土が意思を持ったかのように形作られていく。みるみるうちにそそり立ち、俺がイメージした通りの、分厚く頑丈そうな土壁が、居住スペースをぐるりと囲むように完成してしまった。
「……マジかよ」
俺は手にしたクワとそそり立つ土壁を交互に見比べた。
壁を叩いてみると、コンコンと石のように硬い音がした。ただの土壁じゃない。魔法か何かで強化されているのか、とんでもない強度を誇っているようだ。これなら、並の魔物の体当たりくらいじゃビクともしないだろう。
(これ……土木作業もいけるのか。俺のスキル、万能すぎないか?)
もはや笑うしかない。勇者パーティーにいた頃は、ただの『土いじり』だと思っていたが、その実態は創造と改変の権化みたいなスキルだった。
これほどの力がありながら、なぜ今まで気づかなかったのか。おそらく、パーティーにいた頃は「食料確保」という限定的な使い方しか頭になかったからだろう。今は、生きるために必死だ。その必死さが、スキルの新たな可能性を引き出してくれたのかもしれない。
安全な拠点が確保できたことで、俺は少し落ち着きを取り戻した。
次は、寝床と食料だ。
壁の内側の地面に、再びクワを入れる。今度は、家をイメージした。前世で憧れた、小さな丸太小屋。
大地が脈打ち、土が自ら意思を持ったかのように空へと伸びていく。それはまるで、何百年という大木の成長を、神の視点でまばたきする間に眺めているかのような幻想的な光景だった。土は硬質な木肌へと変質し、軋みを上げながら堅牢な柱や梁を組み上げていく。わずか数分の内に現出したのは、むせ返るような真新しい青葉の香りを放つ、生命力に満ちた丸太小屋だった。内部は仕切りのない広々とした空間だが、床も壁も綺麗に磨かれており、すぐにでも生活できそうだ。ベッドらしきものまで、ちゃんと作り付けで用意されている。
(最高かよ……)
ベッドに倒れ込むと、土から生まれたとは思えない弾力が背中を包み込んだ。
一息ついたところで、腹の虫が鳴いた。そういえば、昼から何も食べていない。
パーティーから渡された干し肉は、できれば非常食としてとっておきたい。
(そうだ、畑を作ろう)
家を建てたことで、俺のスキルに対する信頼度は天元突破していた。
これなら、作物を育てることなど造作もないはずだ。
家のすぐ横に、手頃なスペースを見繕う。
スキルで土壌を最高の状態に改良し、綺麗に畝を作る。これもクワを振るうだけで一瞬だ。
問題は、何を植えるか。種なんて持っていない。
(いや、待てよ)
俺は、パーティーから追い出されるときに投げつけられた石ころと種芋を取り出した。
(貴様が育てた不味い芋など、誰が喜ぶものか)
このグレイルポテトの種芋。この世界ではごく一般的な品種で、栄養価は高いが味は淡白。調理法が限られていることもあって、あまり人気のない作物だった。
「不味い芋、ね……」
マクレフの言葉が蘇り、少しだけ悔しい気持ちになる。
だが、今は文句を言っている場合じゃない。これしか、植えるものがないのだ。
(見てろよ。最高の土で育てれば、この芋だってきっと美味しくなるはずだ)
俺は種芋を半分に切り、丁寧に畝に植えていく。
そして、スキルを再び発動させた。
大地のマナを植物に流し込む。
違う、ただ注げばいいわけじゃない。
前世で命を削ったあの異常な労働管理を思い出せ。
根の張り具合による養分吸収の『歩留まり』を極限まで高め、無駄な葉へのマナ供給を『損切り』する。
俺の庭園は、試行錯誤を繰り返して命を最適化する巨大な生産工場だ。
すると、信じられない光景が目の前に広がった。
種芋を植えた場所から、にょきにょきと緑の芽が顔を出し、ぐんぐんと蔓を伸ばし始めたのだ。成長速度が尋常じゃない。
あっという間に青々とした葉が茂り、地面がもこりと盛り上がってくる。
「うそだろ……」
植えてから、まだ五分も経っていない。
恐る恐る、地面に手を入れてみる。すると、指先にゴツンと硬い感触が当たった。
引き抜いてみると、そこには俺の顔よりも大きな、丸々と太った芋が姿を現した。土を払うと、艶やかな薄茶色の皮が現れる。
これが、さっき植えたグレイルポテト?
大きさもさることながら、手に持ったときのずっしりとした重みが尋常じゃない。生命力がみなぎっているのが伝わってくる。
俺は立て続けに数個収穫すると、早速調理に取り掛かることにした。
幸い、家の中には暖炉と簡単な鍋まで用意されていた。スキル様様である。
近くの小川で芋を洗い、鍋で茹でる。薪は、家を建てたときに余った木材を使った。
ぐつぐつと芋が茹で上がるのを待つ間、俺は自分が置かれた状況を改めて整理していた。
追放されたのは不幸中の幸いだったかもしれない。あんなパーティーにいたら、俺のスキルの本当の力に気づくことなく、一生雑用係で終わっていただろう。
この『創生の庭園』は、使い方次第で無限の可能性を秘めている。
食料も、住居も、安全も、全てこの手で作り出せる。
(サバイバルだけど、なんだか楽しくなってきたな)
そんなことを考えていると、鍋から香ばしい、甘い匂いが立ち上ってきた。
茹で上がった芋は、ほくほくの湯気を立てている。皮を剥くと、黄金色に輝く美しい中身が現れた。
一口、食べてみる。
「……うまっ!」
思わず声が出た。
なんだこれ。ただ茹でただけなのに、栗のように甘くて、濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。食感はしっとりとしていて、パサパサ感は一切ない。
これが、あの不味いと言われたグレイルポテトだというのか。
土壌と、俺のスキルの成長促進効果が、品種改良レベルで芋の味を激変させたらしい。
夢中で芋を頬張る。目の奥が熱くなった。
生きている実感。自分の力で、美味しいものを手に入れた達成感。
それは、勇者パーティーで雑用をこなしていたときには、決して味わえなかったものだ。
腹も心も満たされ、俺は自作のベッドに横になった。
壁の外からは、時折魔物の遠吠えが聞こえるが、不思議と恐怖は感じなかった。この丸太小屋と土壁が、俺を守ってくれている。
「これから、どうしようかな」
まずは、この拠点をさらに安全で快適なものにしていこう。
畑を広げて、色々な作物を育ててみたい。そのためには、どこかで種を手に入れる必要がある。
もしかしたら、この荒野にも、何か利用できる植物が生えているかもしれない。
明日からの生活に思いを馳せながら、俺の意識はゆっくりと微睡みの中へ沈んでいった。




