番外編
「ご主人様のための最高の一皿」
アヴァロンが建国され、平和な日々が訪れたある日のこと。
キッチンでは、二人の少女が火花を散らしていた。
一人は、白銀の髪を持つ兎人族のルル。
もう一人は、金髪のハイエルフのエリナだ。
「今日のカイ様のお昼ご飯は、わたしが作ります! 採れたての野菜をたっぷり使った、愛情シチューです!」
「あら、ルル。カイは最近少しお疲れのようだから、薬膳を取り入れた私のリゾットの方が体に優しいはずよ。栄養バランスも完璧だもの」
「むぅ……! 愛情の量なら負けません!」
「料理は愛情だけでなく、知識と経験も大切なのよ」
カイの昼食の献立を巡る、女の戦いが勃発していた。
いつもは仲の良い二人だが、ことカイが絡むと、一歩も譲る気はないらしい。
そこに、のんびりとした様子でカイ本人がやってきた。
「お、二人とも、いい匂いがするな。今日の昼飯は豪華そうだ」
二人は顔を見合わせると、同時に弾かれたようにこちらへ駆け寄った。
「カイ様! わたしのシチューと、エリナお姉ちゃんのリゾット、どっちが食べたいですか!?」
「カイ、無理はしなくていいのよ。あなたの体調を一番に考えたメニューは、どちらか明白でしょう?」
両手に花、とはこのことか。
だが、カイにとっては冷や汗ものの状況である。どちらかを選ぶなんて、できるはずがない。
(うわー……どうすんだ、これ。究極の選択じゃねえか)
カイが困り果てていると、キッチンにひょっこり顔を出したドワーフの棟梁ドーガンが、ニヤニヤしながら言った。
「おう、カイ。女にモテるのも楽じゃねえのう。どっちも食ってやりゃいいじゃねえか」
「どっちも、か……。そうだな!」
カイは手を打った。
「よし、わかった! 二人の料理、両方食べさせてくれ! 俺の腹は、宇宙だからな!」
二人は同時に間の抜けた声を上げた。
結局、カイはその日の昼食に、ルルの愛情たっぷりシチューと、エリナの完璧薬膳リゾットを、どんぶり飯二杯と共に見事平らげた。
「ぷはー、食った食った! どっちも最高に美味かったぞ! ありがとう、ルル、エリナ!」
満面の笑みでそう言うカイを見て、ルルとエリナは顔を見合わせ、声を立てずに笑い合った。
「カイ様が喜んでくれて、よかったです」
「ええ。でも、次は私の料理だけで、カイのお腹をいっぱいにしてみせるわ」
「わたしも負けません!」
交差する三人の笑い声が、シチューの甘い湯気と共に、高く澄み渡るアヴァロンの空へと溶けていった。
◆◆◆
「棟梁ドーガンの究極の一振り」
アヴァロンの鍛冶工房。
そこは、いつも鉄を打つ小気味よい音と、ドワーフたちの熱気に満ちている。
棟梁であるドーガンは、この日、一つの作品に全霊を注いでいた。
「ふんぬぅぅぅ……!」
彼が打っているのは、農具。一本のクワだ。
だが、それはただのクワではなかった。
カイがスキルで生み出した、最高純度のオリハルコンと大地鋼をブレンドした合金。それを、ドワーフ一族に伝わる秘伝の鍛造法で打ち上げているのだ。
「棟梁、またやってるんスか。カイ様用の、スペシャル農具作り」
若いドワーフが呆れたように言う。
ドーガンは、アヴァロンの発展に最も貢献しているのはカイの農業スキルだと考え、彼のために「究極の農具」を作り出すことに、鍛冶師としての魂を燃やしていたのだ。
カン! キン! と、火花が散る。
何度も、何度も、魂を込めて槌を振るう。
そして、数日後。
ついに、その一本は完成した。
虹色に輝く刃を持つ、芸術品のように美しいクワだった。
「できた……! ワシの生涯最高傑作、『大地礼賛』じゃ!」
ドーガンは、完成したクワを手に、意気揚々とカイの元へ向かった。
「カイよ! お前のために、最高の相棒をこさえてやったぞ!」
「おお、ドーガン! いつもすまないな。……って、うおっ!? なんだこのクワ、ピカピカ光ってるぞ!?」
カイは、その神々しいクワを受け取ると、あまりの軽さに驚いた。
そして、試しに近くの畑に振り下ろしてみた。
その瞬間、世界から音が消えた。
クワは、何の抵抗もなく、まるで大地が自ら道を開けるかのように、深々と土の中へと吸い込まれていった。
そして、クワが触れた場所から、金色の光の波紋が広がり、周囲一帯の作物が、瞬く間に黄金色の実りをつけたのだ。
「な……なんだ、今の……?」
カイが呆然としていると、ドーガンは満足げにうなずいた。
「『大地礼賛』は、お前のスキルを増幅させる機能をつけておいた。いわば、農具の形をした魔力増幅器よ」
「とんでもないもの作ってくれたな!?」
究極のスキルと、究極の道具。
二つが合わさったとき、アヴァロンの農業は、もはや神の領域へと足を踏み入れた。
その日以降、アヴァロンで収穫される作物は「食べると寿命が延びる」とまで噂されるようになったという。
◆ ◆ ◆
「勇者だった者たちの、それから」
アヴァロンが王国と国交を結び、大陸の一大勢力として認められた頃。
王都の片隅の酒場では、かつて勇者と呼ばれた男、マクレフが一人、安酒を呷っていた。
アヴァロンとの戦いで大敗を喫した後、勇者パーティーは事実上解散となった。
魔王軍との戦いは、アヴァロンから供給される物資に頼りきりになり、彼らの存在価値は薄れていった。
聖剣は、いつしかその輝きを失い、今の彼には、ただの重い鉄の塊でしかなかった。
「ちくしょう……なぜ、あいつが……」
何度、そう呟いたかわからない。
自分が見下し、追い出した男が、今や一国の王として、世界中から尊敬を集めている。
それに引き換え、自分は全てを失った。
仲間たちは、それぞれ別の道を歩み始めていた。
賢者は宮廷魔術師の座を辞し、魔法の研究に没頭する道を選んだ。
聖女は、教会で孤児たちの世話をしながら、静かに暮らしているという。
誰も、マクレフを責めはしなかった。だが、その沈黙が、彼には何よりもつらかった。
「よぉ、マクレフ。まだそんなところで腐ってんのか」
声をかけてきたのは、パーティーの戦士だった男だ。彼は今、冒険者ギルドで新人の指導員をしている。
「うるさい……放っておいてくれ」
「そう言うなよ。面白い仕事があるんだ、お前もどうだ?」
戦士が差し出してきたのは、一枚の依頼書だった。
そこには、『アヴァロン連邦、農業指導員募集。元勇者パーティー関係者、優遇』と書かれていた。
「……ばかにするのも、大概にしろ!」
マクレフは依頼書を叩きつけた。
あの男の下で、頭を下げて働けというのか。冗談じゃない。
「ばかにはしてねえさ。俺は、行こうと思ってる」
戦士は、静かに言った。
「俺たちは、間違ってたんだよ、マクレフ。カイの価値を、見抜けなかった。だが、まだやり直せるはずだ。……もう一度、畑を耕すことから、始めてみねえか」
そう言うと、戦士は酒場を去っていった。
一人残されたマクレフは、テーブルに突っ伏した。
彼の肩は、小さく震えていた。
後日、アヴァロンの入国管理局に、フードを目深に被った金髪の男が、小さな種芋を握りしめて現れたという。
彼が、かつての過ちを乗り越え、真の勇気を見つける物語は、また別の話である。




