第13話「楽園攻防戦、そして神をも造り変える庭」
アヴァロンが独立を宣言してから半月後。
数日前から、東の空は巻き上がる土埃によって薄汚れた黄色に濁っていた。絶え間なく続く地響きが、飲み水を入れた木杯の水面を不気味に揺らす。
そして今日、ついに東の地平線が、鋼の光で埋め尽くされた。
掲げられた無数の旗印は、王国の威光を示す獅子の紋章。総勢五千を超える王国騎士団が、アヴァロンを完全に包囲していた。
先頭に立つのは、王国最強と謳われる騎士団長。歴戦の猛者である彼の顔には、辺境の蛮族を討伐する前の、余裕の色さえ浮かんでいた。
「全軍、突撃! あの忌々しい土壁を打ち砕き、反逆者どもに鉄槌を下せ!」
騎士団長の号令と共に、王国軍がアヴァロンへと殺到する。
王国が誇る最新兵器、破城槌が、アヴァロンの城門めがけて迫る。
アヴァロンの城壁の上で、俺は静かにその光景を見下ろしていた。
隣には、弓を構えるエリナ。ハンマーを握るドーガン。そして、俺を見上げるルルがいる。仲間たちの顔に、恐怖の色はない。あるのは、自分たちの故郷を守り抜くという、固い決意だけだ。
「さあ、始めようか。俺たちの国作り、最後の仕上げだ」
俺は右手を、静かに天へと掲げた。
「スキル発動――『創生の庭園・第二楽章』!」
俺がそう唱えた瞬間、世界が揺れた。
アヴァロンを取り囲む、広大な忘却の荒野そのものが、意思を持ったかのように動き出したのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
王国軍の足元の地面が、突如として巨大な裂け目となって口を開く。悲鳴を上げて、多くの兵士たちが奈落へと飲み込まれていく。
大地が巨大な壁となって隆起し、突撃してきた騎士たちの進路を塞ぐ。
地面から無数の岩の槍が突き出し、破城槌を串刺しにして破壊した。
「な、なんだこれは!? 地震か!?」
「魔法だ! 大規模な土魔法だぞ! 詠唱もなしに、これほどの術を!?」
王国軍は、大混乱に陥った。
敵は、アヴァロンの民だけではなかった。この大地そのものが、彼らに牙を剥いていたのだ。
「うろたえるな! 敵は城壁の上にいる魔術師だ! 魔法部隊、城壁を攻撃しろ!」
騎士団長が叫び、王国魔法部隊が一斉にファイアボールを放つ。
数百の炎の玉が、アヴァロンの城壁へと降り注ぐ。
だが、そのすべてが、城壁に到達する寸前で見えない壁に阻まれ、霧散した。
「エリナ、頼む」
「お任せを。――『風霊の守護壁』」
エリナが静かに詠唱すると、城壁の周囲に風の精霊による防御結界が展開される。生半可な魔法では、傷一つつけられない。
地形操作で敵の足を止め、エリナの結界で魔法を防ぐ。
そして、混乱した敵軍の側面から、ドーガン率いるドワーフ重装歩兵団が突撃を敢行した。
「うおおおおお! アヴァロンの土は、てめえらの血を吸うにはもったいねえわ!」
大地鋼の鎧と斧で武装したドワーフたちは、一人一人が戦車のような破壊力だった。王国騎士団の陣形は、いともたやすく食い破られていく。
「カイ様、わたしも!」
ルルが、城壁の上から何かを投げ始めた。
それは、彼女が育てた特別なカボチャ。『絶叫カボチャ』だ。
地面に落ちた瞬間、絶叫カボチャが敵陣の中心で弾け飛ぶ。紫色の催涙ガスが噴き出し、視界を奪われた兵士たちが咳き込みながら崩れ落ちていく。
「ぐわっ! 目が、目がぁ!」
「く、くせえ! なんだこの匂いは!?」
そして、とどめは俺のゴーレム兵団だ。
大地から次々と生み出される、総勢二百体のゴーレム軍団が、包囲された王国軍へと襲いかかる。
土塊の巨人と人間とでは、打ち合う前から勝敗は決していた。
突撃してくる重装騎士の長槍を、大地鋼のゴーレムは己の胸で受け止める。
鋼がへし折れる甲高い音が響いた直後、ゴーレムの丸太のような腕が薙ぎ払われ、分厚い装甲に包まれた騎士たちが、まるで紙屑のように宙を舞った。
俺が指先を振り下ろすと、大地の裂け目が統制された陣形を文字通り食い破り、軍馬ごと飲み込んでいく。個と軍の逆転劇。それは戦争というより、大自然の猛威そのものだった。その光景は、もはや蹂躙、あるいは一方的な鎮圧に近かった。
戦いは、わずか一時間ほどで決着した。
王国騎士団は、その半数以上が無力化され、騎士団長もドワーフたちによって捕縛された。アヴァロン側の被害は、奇跡的にもゼロだった。
俺は、捕虜となった騎士団長の前に立った。
彼は、信じられないものを見る目で、俺を見つめている。
「……貴様、一体何者だ。人間ではないのか……? あれは、神の御業だ。人が扱っていい力ではない……」
「俺はカイ・アヴァロン。この国の王だ」
俺は、初めて自分の姓に、この国の名を乗せた。
「俺の力は、破壊のためじゃない。何かを創り、育み、守るための力だ。あんたたちが、俺たちの楽園を認め、手を出さないと誓うなら、これ以上の争いは望まない。兵士たちも解放しよう」
「……」
「だが、もし再びこの地に牙を剥くなら……そのときは、王都ごと、この荒野に沈めることになる」
それは、脅しではなかった。
今の俺なら、本当にできてしまうだろう。それほどの力が、この手にはあった。
俺の言葉を聞き、騎士団長は力なくうなだれた。
完膚なきまでの、敗北だった。
この「アヴァロン防衛戦」の結果は、瞬く間に大陸全土に知れ渡った。
王国最強の騎士団を、無傷で退けた辺境の小国。
その国の王は、大地を自在に操る、神のごとき力を持つ、と。
この戦いを境に、アヴァロン連邦を軽んじる国は、一つもなくなった。
王国は、正式にアヴァロンの独立を承認。不可侵条約を結び、対等な国家としての国交を樹立した。
他の国々も、アヴァロンの持つ特異な生産力と技術力に注目し、次々と友好の使者を送ってきた。
辺境の荒野に、突如として現れた理想郷。
それは、多くの人々にとって希望の光となり、旧態依然とした権力者たちにとっては、無視できない脅威となった。
俺たちの、国作り。
それは、決して平坦な道ではなかったが、最高の仲間たちと共に、最高の形で実を結んだ。
戦いは終わった。
今日から、本当の意味での、平和で豊かな国作りが始まるのだ。
俺は、隣で寄り添うルルとエリナの手を握りしめ、朝日が昇る自分たちの国を、誇らしい気持ちで見つめていた。




