第6章:住所特定と押し寄せる男たち
玩具の特定は、地獄のほんの入り口に過ぎなかった。
大炎上と世界的な嘲笑の熱が冷めやらぬ中、ネットの特定班たちの獲物は、咲良の「プライベートの全て」へと移り変わっていた。
配信事故の切り抜き動画だけではない。彼女が過去に配信した数百時間に及ぶアーカイブ映像が、フレーム単位で徹底的に解析され始めたのだ。
『窓ガラスに反射してる看板のネオン、これ西新宿の雑居ビル群だな』
『午前二時に聞こえた救急車のサイレンの音響から、近隣の消防署の位置特定完了』
『以前インスタに上げてたカフェのレシートの加盟店番号から、生活圏は完全に〇〇区』
『エアコンの型番と部屋の間取りから、該当する賃貸マンション特定した。〇〇レジデンスの302号室で確定』
掲示板のスレッドやSNSのタイムラインに、咲良の本名、過去の経歴、そして今まさに自分が震えながら閉じこもっているこの部屋の住所と部屋番号が、赤黒い文字で晒し上げられた。
「嘘……やめて……どうしてそこまで……っ!」
咲良はスマートフォンの画面を見つめたまま、ガタガタと歯の根を鳴らした。
特定された住所情報の拡散スピードは、もはや個人の力でどうにかできる次元を超えていた。さらに最悪なことに、彼女を「遠隔バイブで発情していた変態女」とみなしたネットユーザーたちの欲望は、陰湿で下劣な暴走を始めていた。
『ショートスリーパー(笑)の性奴隷部屋、特定完了記念カチコミ行こうぜ』
『どうせ誰にでも股開くヤリマンだろ。タダで抱かせろよ』
『いま近くにいる奴、突撃オフ会しようぜw』
冷たい汗が背筋を伝い落ちる。
部屋の明かりをすべて消し、カーテンの隙間から恐る恐る外を見下ろした咲良は、息を呑んで凍りついた。
深夜の街灯の下、アパートのエントランス周辺に、スマートフォンの画面で顔を青白く照らした男たちが、一人、また一人と集まり始めていたのだ。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、建物を指差しながら生配信を回す者。下半身を落ち着かなさそうに蠢かせながら、階段を見上げる者。
――ピンポーン。
静寂を引き裂くように、部屋のインターホンが無機質な電子音を響かせた。
心臓が跳ね上がる。
――ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!
連打されるチャイム。
そして、ドアの向こうから、複数の男たちの湿り気のある下品な話し声と、金属が擦れ合う音が響いてきた。
「おーい、咲良ちゃーん! 配信見て来たよー!」
「寝てないんだろ? 相手してやるから開けてよ!」
――ガチャガチャ、ガチャガチャッ!
ドアノブが狂ったように激しく回された。郵便受けの投函口が外から無理やりこじ開けられ、暗闇の中にギラついた男の瞳が覗き込んでくる。
部屋という唯一の安全地帯が、欲望と悪意に飢えた獣たちの檻へと変わっていく恐怖に、咲良は悲鳴すら上げられず、ただ床にへたり込むことしかできなかった。




