7.入門者
「おい、ちょっとコッチ来い」
いきなり背後からマッチョに声をかけられた。
(来なきゃよかった…)
「エット、ナンデショウ」
恐れるあまりか細い声を出してしまう。
「そんなに、ビビるな。お前達、入門者。常識、
教えてやる」
2mはある巨大にいきなり声かけられたらビビるに
決まっている。
「とりあえず、ついて来い」
逃げるのは不可能だと判断して、俺はその巨大に
ついていった。
「これが、掲示板。基本的には、俺たち、ここに
ある依頼、解決する」
掲示板の張り紙には、魔獣討伐やダンジョン攻略
といったいかにも冒険者らしい依頼が並んでいる。
「お前、見るとこ、違う。もっと、下」
掲示板の1番下を見ると、小型の魔獣の討伐依頼が
あった。
(まぁ、最初はこんなもんだよな)
「違う、さらに、下」
(さらにって…そしたら地面に……!)
地面に、あった。紙が散らばっている。
そのうちの1つを拾い上げ、読む。
『家の庭に雑草が多くて困ってます!
誰でもいいのでお願いします!
報酬…銀貨2枚。』
(嘘だろ…!?)
他の紙も拾って読む。
どれも似たような依頼ばかりだ。
俺が愕然としていると、巨体が解説してくれた。
「それ、依頼10個解決すれば、お前ら、上の
掲示板の依頼、挑戦できる」
シェルの目が悲しげだ。
「でも…俺たち小型の魔獣とかなら多分余裕で
勝てますよ!」
巨体は静かに首を横に振る。
「実力、関係ない。冒険者、人を助ける心、
なかったら、やっちゃダメ。自分のためは、
盗賊と、変わらない」
(ふーむ)
妙に納得させられる。
(つまりは、危ないからじゃなくて最低限の道徳心
の証明のためってことだよな)
シェルはまだ悲しげだ。
巨体がシェルの頭にポンと手を置く。
そしてそのまま頭を握りつぶす…ことはなく。
「お前の、気持ち、分かる。俺も、そうだった。
だけど、強い冒険者、優しさ、忘れない。人助け、
苦と感じるなら、まだ、甘い」
俺には何も響かなかったが、シェルにはかなり
響いたらしい。急にやる気に満ちた顔に変化した。
アンはやっと茶番が終わったのか、みたいな
反応をしてる。
仮にもチームメイトがやる気を出したんだぞ。
ちょっとくらい喜べ。
アンが持ってる紙を見せてくる。
「ほら、これとかいいんじゃないか?」
『至急!大切なアクセサリーをなくしてしまい
困っています!報酬…銀貨5枚。』
確かに、他と比べれば高額だ。1銀貨とて、
侮ることなかれ。1銀貨を笑うものは1銀貨に泣く、
だ。
「それ、いい。依頼人、俺、知ってる。信頼、
できる」
しかも巨体のお墨付きだ。
――
依頼人に一度尋ねたところ、このあたりでなくした
そうだ。
「うーん、見つからないもんだなぁ」
「っていうか、フツーに落ちてたなら盗られてても
おかしくねーだろ」
薄々勘づいていたことをアンに指摘された。
描いてもらった絵には、赤い宝石か何かが
埋め込まれていた。パッと見ると高価にそうだ。
街の住人の世間話が聞こえてくる。
「この辺、例のドロボーがいるところでしょ」
「ドロボーっていうか、落とし物が必ずなくなるっ
てだけでしょ」
「いやいや、そんなんドロボーの仕業に
決まってんじゃん!」
…ドロボーがいるらしい。
(つまり、俺らがするべきはドロボー探しか)
というわけで、アンは引き続き捜索。
俺とシェルで聞き込み調査をした。
――
ある程度聞き込みをしたが、ドロボーに関する
情報は得られなかった。
アンもアクセサリーは見つけられなかったようで、
完全に行き詰まった。
「どうすればいいかなぁ」
シェルが眠たそうに声を上げる。
一応、まだ策はある。なるべく使いたくないが、
もうそうせざるを得ないかもしれない。
「やっぱあそこに行くしかないか…」
2人はピンときていないようだ。
「あそこってどこだよ?」
2人とも、知ってはいるはずだ。
ただ、完全に選択肢から除外している。
「あそこってのはな……」
――
俺たちは、あそこ…別名クラの家に来ていた。
旅立った手前すぐ顔を見せるのは躊躇っていたが、
背に腹は変えられない。
2人もビミョーな顔をしている。
「仕方ないだろ、ここくらいしかあてになる場所が
ないんだから」
しぶしぶ、扉を開ける。
部屋の中には、クラの姿…よりも目を惹くものが
飾ってあった。
いつもはそこにないはずの、赤い装飾のついた、
ネックレス。
2人も気づいたようで、顔を見合わせる。
すると珍しく、クラがこちらを認識したらしい。
「あれー、みんな、ぼーけんしゃになったんじゃ
ないのー?」
「あぁ、まぁ、色々あって…な」
アンが気まずそうに答える。
俺たちの視線はクラではなくネックレスに
向けられている。
(クラがドロボー…なわけ)
俺たちの視線から察したのか、クラがネックレスを
俺たちの方に持ってくる。
「みんな、これ気になるのー?」
首を縦に振る。
「そーなんだ、でも、ごめんね、これ、クラのじゃ
ないからあげられないや」
自分のものではない…という認識があるなら、
何故家まで持ってきたんだ?
ますます謎が深まる中、扉がノックされた。
(誰だ…?)
「クラちゃんいますかー?」
入ってきたのは、クラと同い年くらいの
女の子だった。
女の子は俺たちに軽く会釈をし、
クラとの会話を始めた。
「これ、すぐそこの通りに落ちてたんだ」
そう言って、女の子はクラにイヤリングを渡す。
「わー、ありがとう」
そう言って受け取ると、そのイヤリングを
例のネックレスが置いてあった場所の
近くに置いた。
「持ち主見つかったら教えてね!」
女の子は、そそくさと家を出ていった。
「えっと、今のは…?」
「いまのはねー、おともだちだよー。たまーに、
おとしものをクラのとこに届けてくれるのー」
(そういうことか)
子供たちの間で、クラの家はこの街の交番のような
ものになっているらしい。
まだ問題はあるが、とりあえず悪意のある
ドロボーではないことが分かって良かった。
「実はさ、そのネックレスを失くしたって
言ってる人がいて、届けてあげたいんだけど」
そう聞くと、クラは意外にも首を横に振った。
「みんなのこと信じてるけど、持ち主さんじゃないと
かえしてあげられないのー」
(そこはしっかりしてるのか…)
「じゃあ、また連れて来るよ」
今日はもう遅いので、明日にしよう。
「またねー」
宿屋に着いて金を払う。また銀貨5枚が消えた。
(うーん…早く資金源を入手しなくては…)
――
翌日、依頼人に話をして、クラの家までついてきて
もらうことにした。
「クラ、持ち主連れてきたぞ」
そう言って扉を開けると、クラは袋を被った状態で
唸っている。
持ち主はドン引きだ。
肩を叩くとクラは袋を外してこちらを見た。
「この人が持ち主さんー?」
引きつった笑顔で依頼人が答える。
「あぁ、はい。そうです」
「じゃあ、ちょっとしつれー」
クラが依頼人をわしゃわしゃと触る。
依頼人はこちらに助けを求めて視線を送る。
が、俺たちは微笑むことしかできない。
―俺の時とは違い、クラのお触りは1分も経たずに
終わった。
「うん、持ち主さんでまちがいなさそー」
「はは…良かったです…」
苦笑いで依頼人はネックレスを受け取ると、
一礼してすぐに家を出ていった。
「俺らも行くか」
「ぼーけんしゃ、がんばってねー」
「あぁ」
――
依頼人からは銀貨5枚をもらい、帰ろうとしたが
呼び止められた。お礼をしたいそうだ。
「渡したいものがあるので、少し待っていて
ください」
(気分は害してないみたいで良かった)
シェルは初めて依頼を達成したことの感動に
浸っている。
(別にコイツなにもしとらんだろ)
アンは無関心…ではなさそうだ。なんだか
ソワソワしている。渡したいものとやらが何か
気になって仕方がないのだろう。
「アン、楽しそうだな」
「な、何がだよ…」
アンがそっぽを向く。
(うちで1番感情が出やすいのって実はアン
なのでは…?)
依頼人が大量の荷物を持って出てくる。
「コレ…、おさがりですけど…良ければもらって
下さい…」
そういう声はプルプルと震えている。
(これは…まずい…!)
荷物を持つのを変わろうとした瞬間―
ドンガラガッシャーン
…漫画みたいな音と共に
俺は荷物の下敷きになった。
「ひぁ!すみません!」
「いえ、大丈夫です」
幸い特に怪我はなかった。
どうやらその荷物はかつて依頼人が
冒険者をしていた時の装備などのようだ。
女性モノなので俺らは特に何も得ずかと
思ったが、後ろから依頼人のお父さんらしき
人が出てきてなんかいっぱいくれた。
(案外冒険者を経験したことのある人って
多かったりするのかな…?)
――
依頼人と別れて、宿屋で着替えてみる。
(おぉ、これは…!)
やはり体の動かしやすさや耐久性も違うし、
何よりも気持ちが変わる。
(…といっても、俺は胸当てと靴だけなんだけどな)
シェルは俺よりも少し重い装備を身につけて、
より戦士感が出た。
アンはマントといかにも魔法使いのような
帽子を身につけているが…意味はあるのだろうか。
(まぁ、本人は気に入っていそうだしいいか)
アンはもう一つ、白樺の杖をもらっていた。
なんでも、杖があるのとないのとでは魔法の威力や
精度がまるで違うらしい。
(でも、あれ金貨数枚分するんだよなぁ)
貴重品の扱い方も考える必要がありそうだ。
2人はまだ装備品に見とれているので、その間に
良さそうな依頼を探してこよう。
「―うーむ」
なかなか良さそうな依頼が見つからない。
今のところの相場は銀貨3枚貰えれば上々といった
ところか。先の銀貨5枚はかなり上振れていた
と見ていいだろう。
(仕方ないか…)
妥協して、ある程度の金額のある紙を持って宿屋に
戻る。
ドンッ
戻る途中で、人とぶつかった。
「お前、ちょうどいいところ、だな」
巨体さんだ。
「あ、どうも…」
怖くないと分かっていながらも、まだこの人と
話すのは慣れない。
「今日、お前らの、歓迎会、する。夜、酒場に、
来い」
「そんな急にですか?!それに、俺らまだ酒飲んだ
ことないし…」
「冒険者、人付き合い、大事。今日、無理強い、
しない。だけど、いつかは、やるべき」
「…そうですか、じゃあ、仲間に聞いてみます」
巨体はゆっくり頷いて向こうに行ってしまった。
――
(―あぁ、なにしてたんだっけ?)
なんだか周りがうるさい。視界もぼやぼやする。
(クソ、どうなってるんだ…?)
「おい、ベルデ!まだ飲めるだろ!」
イカついマッチョが俺に喋りかけてくる。
(今…なんって言った…?)
「ほらほら飲め飲めー!」
無理矢理酒を飲まされる。
(あぁ、なんか、楽しい…かも?)
何かが腹の奥底から這い上がってくるのを感じる。
「ソレ」は、もう喉元まできていた。
「おえぇぇぇ」
「おいベルデが吐いたぞ!」
「ギャハハ、何やってんだお前ら!」
(…なんだこの地獄は)




