4.アンの悩み
それは、レナリアにアンのことについて
相談したときのこと。
(レナリアに相談するのは個人的に避けたかったが、
適任を聞かれれば確実に彼女だ。背に腹は
変えられない)
話を聞いたレナリアが、うんうんと頷く。
「なるほどね。アンちゃんにそんな悩みがあった
とは…」
喋りは少々大袈裟だが、顔は真剣そのものだ。
「アンに魔法が楽しいってことを思い出して
ほしいんだけど、何かいい方法ないかな…?」
レナリアはしばらく考えた後、口を開いた。
「そういうことなら任せて!すごい案
思いついちゃった!」
とてつもない笑顔だ。
「どんな案なんだ?」
「それはまだ秘密。来週までに人を集めといて
くれる?」
秘密…不安は残るが、こうなったレナリアは
手がつけられない。
特に返事をしたわけでもないが、勝手に話を
進められる。
「じゃ、そういうことで。よろしくね〜」
(行ってしまった…)
――
それを経て、今に至る。
楽しく魔法を使うはずが、レナリアの特別魔法講座
が始まってしまった。
「とくべつまほーこうざ…!」
クラはいつも以上に目を輝かせている。
「なぁ、これが最高の思い出になるってのか?」
アンが睨みながら俺を見てくる。
クラやシェルは今日の企画にすぐ協力してくれたが、
肝心のアンが来る気を見せず、
「最高の思い出になるから!」
「アンがいたら絶対みんな喜ぶ!」
と説得して、ようやく来てもらった。
「ま、まぁ、これからだよ…たぶん」
俺も何も知らないので、
自信のない返答になってしまう。
シェルは俺以上に苦し気な顔をしている。
「レナの魔法講座って…ベルデが
前やってたやつだよな?」
「そうだと思う…」
俺がそう答えると、シェルは何かを諦めたかの
ような顔になった。
こうして、特別魔法講座は不安にまみれたスタート
をきった。
――
レナリア曰く、現在の魔法の実力の
大小関係を表すと、
レナリア>アン>>クラ>>>シェル>俺
といった感じらしい。現状はアンはクラに実力的
には勝っている。が、こうして並べるとクラが
いかに異様な存在かよく分かる。
(てか、シェルはあんな自信なさげなのに俺より
上手いのかよ…)
レナリアが話を始める
「今日は、クラちゃんは私と一緒に特訓しよっか。
アンちゃんはシェルとベルデくんの面倒見てあげて」
(アンはこっちで一緒にやっていいのか?
実力差もあるし、アンの練習にならないんじゃ…)
そんな考えをしていると、シェルが言葉を漏らす。
「今日は…?」
絶望に満ちた疑問の声だった。
「もちろんこれは『今日』の話だよ。1週間通して
みんなに色んなタイプの人を学んでみてほしい
からね!」
聞いてない。今日だけじゃないのか。なんとか
逃げる言い訳を考えた。
「俺、ちょっと明日から予定あって…」
「ロウさん達にこの1週間は予定空けてもらったから」
(クソッ!八方塞がりだ!)
――
(なんでウチがコイツらとやらなきゃ
いけないんだよ…)
シェルもベルデもあまり乗り気な顔をしていない。
(まぁ、折角来たんだからやらなきゃ損だよな)
そう思い、声を上げる。
「お前ら、いつまでそうしてるんだよ。なんでも
いいからやるぞ」
レナは人の組み合わせだけ発表して練習は各自で
決めて良いと言っていた。
ウチが乗り気なのに驚いたのか、2人の顔が驚いた
ような、喜んでいるような顔に変わる。
(なんだコイツら…)
「でもさ、アンだけ俺らと実力が離れすぎてると
思うんだけど」
シェルがしたその指摘は正しい。今のこのメンバー
ではウチがダントツで上だ。
「だから、お前らで模擬戦をしろ。ウチが見て
アドバイスしてやる」
ルールは先に一発当てたら勝ちのスタンダード。
フィールドが森なので炎魔法は使えない。
2人が位置についたのを見て合図する。
「はじめっ!」
合図と共に両者が動き出す。
先程のレナの評価は、魔法単体の実力
というよりも実践した際の実力だろう。
魔法の上手さだけでなら既にベルデはシェルに
勝っている。
だが、シェルは魔法の練習をしていない分
フィジカルが強い。魔法を避けるのがベルデよりも
明らかに上手い。
ベルデは避けるのに必死だが、撃っている魔法の
狙い自体は正確だ。
シェルは自分でも狙いが悪いことを自覚している
のか、魔法を避けながら量で勝負しているようだ。
少し落ち着き、互いが睨み合う。
(シェルの勝ちだな)
ベルデが魔法がシェルを狙う。
が、そのタイミングでシェルは
大量の水魔法でカウンター。
ベルデはそれを捌ききれず当たってしまった。
「俺の勝ちだ」
そう言いながらシェルはベルデに
手を伸ばす。
立ったベルデが、服についた土を
払いながら聞いてくる。
「俺らの試合、どうだった?」
「そうだな…色々言いたいことはあるけど、まず
ベルデの敗因はシェルに撃つ魔法を止めて睨み
合ったことだ。シェルに量つくらせる時間を
与えたら、お前は勝ち目がない」
ベルデは納得した顔をする。
「次にシェルだが、作戦自体があんまりいいもの
じゃない。物量で乗り切るのは、今回みたいな
格下の相手にしか通用しない」
「じゃあ、俺は別の方向性を
模索する必要があるのか」
「そうなる」
ベルデは格下と言われたことに落ち込んでいる。
「事実だから仕方ないだろ」
そう言うとベルデの顔が歪む。思わず顔が
ニヤけてしまう。よくない。
咳払いをして、気を取り直す。
「休憩したら、もう一回やろう」
――
「ここだっ!」
狙いを定めてシェルに魔法を撃つ。
(当たった!)
「また負けた…」
アンからのアドバイスをもとに試合を重ね、
シェルに勝つことができた。
「今日はここまでにしよう」
アンから声をかけられる。
まだ日も落ちていないような時間だ。
「まだちょっと早くないか?」
「時間としては早いけど、もうシェルの精錬魔力量
が尽きてる」
確かに、後半のシェルは魔法の量は変わら
なかったが明らかに狙いがブレていた。
「終わってくれると助かる」
シェルが息切れしながらそう言った。
(今日の練習は、そんな体力使うものでもなかった
気がするんだけどな)
「シェルは精錬魔力量もそうだが、魔法耐性が
弱すぎるな。普段からもっと魔法を使え」
(そうか、魔法を撃つにも別の体力が必要に
なるんだった)
その後にも色々アドバイスをもらってから解散した。
――
2日目は、アンとクラが交代した。
以前魔法で遊んだ時のことを思い出し、
クラに飛行魔法を教えてもらうことにした。
シェルはなんと飛行魔法をほとんど使ったことが
ないらしい。本人曰く「飛ぶより走った方が速い」
そうだ。流石にない。
クラによると、飛行魔法は上に飛ぶというより、
下と反発するイメージらしい。
だから、ジャンプの延長線上みたいなもの
なんだとか。
何事においてもそうだが、イメージを掴む前後で
その技術の上達具合は大きく変化する。
「ベルデくんすごーい!」
クラの指導のおかげで、俺の飛行魔法は歩く時程の
スピードから普通に走る時くらいにまでなった。
ここまでくると、かなり実用的だ。
一方のシェルは…。
「これだから飛行魔法は嫌いなんだ…!」
以前の俺の以下の速度で浮いていた。そのシェルの
表情はこれが精一杯であることを物語っている。
その後は両方とも大きくは伸びず、
2日目を終えた。
――
3日目のメンバーは、
俺とアンとクラだった。
アンがレナリアに、シェルの精錬魔力量が
少ないという話をすると、彼女は張り切って
個別レッスンをすると言い出したらしい。
(シェル…安らかに)
ただこちらの練習も予想以上に厳しい。
俺が実力差のある相手に対してどのように
立ち回れば良いかを教えるため、1日中アンとクラに
模擬戦をしてもらった。
勝つ…というより、避けるための練習だそうだ。
一応これで全員と模擬戦をしたことになるが、
やはり人によってタイプが違う。
シェルは物量で押してくるタイプで、
クラは狙いは定まらないが魔法の速度が速い。
アンは俺の動きを予測して撃ってくるので避けるのが
1番難しかった。
レナリアは…特に突出したものはないが、全ての
能力が並み以上で弱点がない。1番やっかいな
タイプだ。
「もうベルデがキツそうだから、今日はここまでに
するか」
ちなみに、彼女らには一度も勝つことは
できなかった。
――
4日目は、俺がレナリアに呼び出された。
「ベルデくん。久々に私と模擬戦しよっか」
(終わった)
そう思っていたが、以前よりはいくらか楽に
戦えている気がする。
あの頃と比べて体力は筋肉がついたのもそうだが、
なにより浮遊魔法を習得したことで動ける範囲が
かなり広くなった。
勝てる気はしないが、そう簡単には負けなさそうだ。
「ベルデくんかなり上手くなったね。じゃ、
そろそろちゃんとやろっかー」
その後は、レナリアが本気を出してボコボコに
された。
ボコボコにされた…が、気絶も嘔吐もしなかった。
これも成長だ。
日が沈んでも模擬戦は終わらず、かなり遅い時間
までやらされた。
「あれ?もうこんな時間なんだね。今日は終わりに
しよう」
ようやく地獄から解放された。
帰り道、レナリアに魔法のアドバイスを貰っていた。
「ベルデくんってさ、相手に魔法を当てる気ある?」
選手に怒るコーチのような威圧的な質問に
思わず萎縮する。
「あるけど…なんで?」
レナリアは意外そうに首をかしげる。
「うーん…。ベルデくん、魔法を撃つときに妙に
調整しすぎというか、手加減してるように
見えるんだよね」
(そんなにか?)
「そりゃ怪我しないくらいに調整はしてるけど、
それ以外に何か手を抜いてはいないよ」
そう答えると、レナリアはハッとした表情になる。
「それだ…!」
(どれだ?)
「ベルデくん、まだ魔法のこと全然知らないもんね」
(この流れは…まだ実は俺の知らないルールが
魔法にはあるのか…?)
「魔法はね、基本的に本人の意思に沿って
発生するんだよ。ちょっと説明が難しいけど、
例えば土魔法」
そう言いながらレナリアは宙に球型の土の塊を
浮かべる。
「『怪我させないように』って考えながら撃てば…」
宙に浮いていた土の塊が、物凄いスピードで
こちらに飛んできた。避けようとするが、もう
間に合わない。
コツン。
土の塊は軽い音を立てて俺の顔にぶつかり、
そのまま地面に落ちた。
「こんな感じで、怪我しないんだよ。もちろん
この操作が正確にできるのは精錬魔力がある時だけ
だから、模擬戦はそれが尽きたらできないん
だけどね」
(なるほど…つまり、俺は今まで無駄なことを
意識しすぎていたのか…!)
ふと、地獄の特訓で俺の服が燃えた時、俺が少し
だけ火傷を負ったことを思い出す。
(あれは多少の火傷をさせる意図を持って俺に
魔法を撃ってたってことか…?)
怖いので聞かずにそのまま施設まで帰った。
部屋に着くと、もうシェルが眠っていた。
(そういえば、昨日のレナリアとシェル
のレッスンはどんな感じだったんだろう?)
――
5、6日目は、俺とシェルの2人で練習をした。
といっても特にいい練習が思いつかなかったので
ひたすらに模擬戦をしていた。
昨日レナリアに言われた通り、
「相手を傷つけない」という意識を持って、
魔法を撃つ。
すると、冗談抜きで魔法を倍以上の速度で
撃つことができた。
1試合目は、油断していたシェルにその魔法を
当てて俺が勝利した。
しかし、その後は弾速の変化によりゲームスピード
は上がったものの、それ自体が決め手になることは
ほとんどなかった。
シェルもレナリアとの特訓を通して大きく成長して
いた。
まず飛行魔法が明らかに上達している。
前は下手したら歩くよりも遅いほどだったのに、
現在は走るより少し遅いくらいまで速くなっている。
おかげで、簡単に魔法を当てることができない。
5日目は、そのまま五分五分の勝率で
模擬戦が終わった。
晩になってもまだ余裕があるほどに、
シェルの精錬魔力量は増えていた。
「そうとう頑張ったんだな…」
そう声をかけると苦々しげな顔をする。
「うん…。もう思い出したくもない」
色々聞きたかったが、本人が嫌そうなので何も
聞かないことにした。
6日目も、ひたすらに模擬戦。
試合開始と同時に、こちらが先制攻撃をしかける。
動くシェルに狙いを定めて…魔法を撃つ、撃つ、
撃つ。
当たりはしないが、シェルにまともに魔法を撃つ
隙を与えないよう撃ち続ける。
(このまま、シェルの避ける体力を尽きさせれば
勝てる…!)
そう俺が油断した隙を、シェルは見逃さなかった。
魔法を避けながら、一気に距離を詰めてくる。
今までの模擬戦は、近くとも8mほどの
距離は保った状態で行っていた。
あまりに一瞬の出来事に驚き、魔法の狙いが
定まらない。
(何してるんだ…!?)
距離を取ろうと一歩引いたタイミングと同時、
シェルのスピードが更に上がる。
シェルに魔法を撃とうとする。
(間に合わない!)
シェルは既に目の前にまできていた。
そのまま俺の顔の前に手を出し…
バシャッ
水魔法で、俺の体はびしょ濡れになった。
シェルがニヤリと笑う。
「俺の勝ちだな!」
この戦法は、一昨日にアンと一緒に
考え出したものらしい。
シェルは魔法が特別下手なわけではないが、
本領はその肉体なので、それを
活かした戦い方を考えた末だそうだ。
俺は良い対策も思い浮かばず、
この日の勝率は20%ほどになってしまった。
――
翌日、レナリアにより全員が集められた。
「今日は最終日なので、
全員の成果を見合うトーナメント戦を
やりたいと思いまーす!」
(来た…!)
前々から予想はできていた。レナリアなら最終日は
全員で乱闘だったり、個人のリーグ戦か
トーナメント戦をするだろう。
それを踏まえた上で、昨日の夜はひたすらに
対策を練っていた。
もちろん、シェル以外の相手に勝ち目はないので、
シェルのあの戦法をどう攻略するかだ。
レナリアによりトーナメントの組み合わせが
発表される。
初戦は、俺vsシェルとアンvsクラだ。
レナリアはシードで俺たちの方に入る。
つまりレナリアは決勝進出が確約されているのと
同義だ。おそらく俺とシェルが結束しても
レナリアには勝てない。
試合前に軽く準備運動を済ませ、位置に着く。
「それでは、1戦目。ベルデvsシェル!始め!」
レナリアの合図とともにまず魔法を撃つ。
ここは焦らずシェルの動きをよく観察する。
シェルのスピードが少し上がった。
まだ十分な距離は確保できているが、ここで少し
仕掛ける。
シェルに対していつも以上の量の魔法を打ち込む。
長期戦になれば、俺は必ず油断する瞬間が
出てきてしまう。その前に強制的にシェルの
スピードを上げて短期決戦に持ち込む。
予想通りシェルのスピードは更に上がる。
少しずつではあるが、確実に間合いは
短くなっている。
(まだだ…。シェルは絶対にどこかで急に詰めて
くる。それまで…)
ちょうどそう考えていたタイミングで、シェルは
こちらに向かって走り出した。
(昨日はこれを迎え撃とうとして負けた。
けど今日は…)
ギリギリまでシェルを引きつけて…飛ぶ。
飛行魔法であれば、シェルよりこちらの方が
少しだけ速い。
(これで距離は詰められない…!)
戦いは高所をとった方が有利になるというのは、
元の世界のFPSでだろうと、こっちの世界の
模擬戦だろうと変わらないはずだ。
なるべくシェルに飛ばせないよう、魔法を撃ち
続ける。
シェルの顔に少し疲れが見えた。
そのタイミングで巨大な水魔法を撃つ。
普段なら当たらないが、今なら当たる可能性がある。
しかしシェルはギリギリで避ける。
問題はない、今のはジャブ。そしてこれが…
(ここだ!)
避けたシェルに、空気抵抗をなるべく
少なくした形の土魔法を撃つ。
体勢を崩していたシェルは、それを
避けきれず当たってしまった。
「勝者、ベルデ!」
「よっしゃー!」
水魔法や炎魔法は整形が難しいが、土魔法は地味な
分整形がしやすく、スピードを出せる。
今まではシェルに魔法を当てることしか考えて
いなかったが、アンとの模擬戦で俺はアンの魔法に
より動きを誘導されていたことを思い出した。
(魔法を囮で使う…成功するか不安だったけど、
なんとかなって良かった)
シェルは悔しそうな顔をしている。
昨日は散々負けたので、かなり気分がいい。
「…昨日より強くなったな」
シェルが服についた土を払いながら言う。
「昨日の夜どうやったら勝てるか考えてたんだよ。
負けっぱなしは嫌だからな」
「俺だってそうだ」
次は負けないぞ、と言わんばかりに
シェルはその拳を前へ突き出す。
「またやろうな」
その拳に、自分の拳を軽く当てる。
(こういうの、なんか懐かしいな)
――
「2戦目、アンvsクラ!始め!」
合図と同時に、2人が飛ぶ。
(空中戦のほうが選択肢が広がるし、2人の場合
そっちの方がスピードも出るよな)
先制を仕掛けたのはアンだ。
「魔法を囮にする」という視点を手に入れてから
再びアンの撃つ魔法を見ると、その弾道は全て
考えられたものだと分かる。
(アンって…あんなに考えながら魔法を使って
たのか…!)
一方のクラは、攻撃を仕掛ける様子はない。
できる限り魔法を避け、体勢を崩してしまいそう
なものは魔法を撃って相殺している。
アンは魔法の相殺を厄介に思ったのか、撃つ魔法を
小さい水の玉に変えた。
クラは飛行のスピードを上げて魔法を避ける。
アンが魔法を止め、両者の動きも止まる。
次に攻撃を仕掛けたのはクラだ。ただ、魔法の
狙いは少し雑に見える。
先程まで魔法を相殺していたときの狙いの精度を
考えると、これも作戦の内だろう。
アンは攻撃を避けつつ余裕のあるタイミングで
クラに向かって狙いを定めた魔法を撃っている。
数分そうした戦いが続いていると、突如クラが
左の掌を前に突き出して静止した。
クラは今まで基本的に右手で魔法を撃っていた。
単純に利き手がそうなのだろう。
(どうしてわざわざ左手を…?)
そう思った瞬間、その左手から今までと比べて
圧倒的な物量の水魔法が放たれた。
(でも…別に避けるのはそこまで難しくも
なさそうだよな…)
クラの考えていることが分からない。
一応アンはスピードを上げる必要が出たものの、
狙いが定まっていないのは変わらないので
避けるのは容易だろう。
(短期戦に持ち込もうとしてるのか…?)
クラの水魔法は30秒ほどで止んだ。
(どうなる…?)
互いの距離は30mくらいだろうか。正確に魔法を
撃つには十分な距離だ。
誰もが緊張して見守っていた。
アンが魔法を撃とうと体勢を変えた…瞬間。
バシャッ
昨日の俺のように、ずぶ濡れになったアンがいた。
「勝者、クラ!」
(何が起きた…?)
何も分からず、周りの顔を見る。
シェルも俺と同じくまるで何が起きたか
分かっていない様子だ。
レナリアは、「クラちゃんすごいなぁ」と呟き、
感心している。
(レナリアには分かったのか…)
アンの表情は…こちらからはよく見えない。
クラは誇らしげな顔だ。
そのまま宙から2人が降りてくる。
アンは「替えの服持ってくるから、
ちょっと待っててくれ」と言い、施設の方へ
向かった。
「アンちゃん、クラもついてくよ」
そう言ったクラを、アンは拒絶した。
「いや、ついて来ないでくれ」
アンの背中からは…俺は、何も読み取ることが
できなかった。
(これは…失敗だったのだろうか)
アンは前、クラには今勝っていても
いつか抜かれるという話をしていた。
その「いつか」が今日、来てしまったのだ。
アンは…今、魔法のことをどのように
思っているのだろう。楽しいものだとは、
思えているだろうか…。
――
俺たちの間に特に会話はなかった。
クラは時々、「クラ、アンちゃん怒らせ
ちゃったかな…」などと呟き、それをレナリアが
慰めている。
俺とシェルの空気は重いが、レナリアは別に
気にしておらず、ただ俺たちに合わせている
だけのようだ。
アンが帰ってきた。
表情は、いつもとは少し違う様に見える。
「待たせて悪かった。試合始めてくれ」
(そうだった…俺、レナリアとか…)
とりあえず、位置に着く。
シェルが合図して、試合が始まる。
(先手必勝っ!)
レナリアめがけて土魔法を放つ。
しかし、その後に撃たれたレナリアの
魔法が先に俺に当たる。
俺が撃った魔法は避けられた。
(勝ちようがねぇ…!)
「勝者、レナリア!」
その後のクラvsレナリアの勝負は、
レナリアが圧勝した。
アンの心境が気になりすぎて、
正直試合に集中できていなかった。
「クラ、ちょっといいか?」
そう声をかけたのは、アンだった。
「アンちゃん、どーしたの?」
クラは、声をかけられて嬉しそうだ。
「ちょっと、場所を変えよう」
なぜアンがそんな提案をしたのかは
分からないが、クラはそれに同意し、
2人は山の奥へ消えてしまった。
「大丈夫かな…あの2人」
シェルが不安そうな声をこぼす。
「不安なら、ついていったら?」
レナリアはクスクスと笑っている。
こんな状況で笑うレナリアに少し憤りを覚えるが、
今発散するようなものでもない。
シェルが、2人の後を追ったので、俺もそれに
ついていくことにした。
しばらくすると、2人の話し声が聞こえてきた。
「アンちゃん、どーしてこんなところ連れて
きたの?」
「どうしてって…他の奴らには聞かれたく
なかったんだよ」
(俺たちには聞かれたくない…)
良くないことだと分かっていつつも、つい盗み聞き
をしてしまう。
「それで、アンちゃんの話ってなーに?」
「そのさ、クラ…あの、最後に撃った魔法…
どうやったんだ?」
(へ?)
予想外の展開に驚く。
「あの魔法さ、あんな一瞬で出せる速さじゃ
なかった。どうやったんだ?」
「あれはねー、ずっと溜めてたんだよ」
「溜めてた?」
「クラ、最後左手使ってたでしょー。あの時、
右手にずーと魔力を溜めてたの」
「なるほど、じゃあ大量に魔法を撃ってたのは
そっちに気を向かせるためのカモフラージュか…!」
「そうそう、かもふらーじゅ。クラの必殺技だよー」
「じゃあさ、あの時の―」
そこまで聞いて、もう心配する必要は
ないと悟る。
アンの話す声は、少なからず、今まで俺が聞いた
アンの声の中で1番楽しげなものだった。
シェルもそう思っていた様子で、
俺らはもといた場所に戻ることにした。
戻ると、レナリアがまだニコニコしていた。
「……ね?」
レナリアは…全部分かっていたのか。
「レナに任せて正解だったな」
「そうだな…」
そう言うと、レナリアは自慢気な顔になる。
「何かあったら、いつでも私を頼ってくれて
いいからね!」
魔法以外の悩みがあったら、今度はレナリアに
相談してみよう。
「そういえば、アンが着替えを取りに行く時、
1人で行こうとしてたのはどうしてなんだ?」
別にクラが一緒に来たっていいはずだ。
「アンちゃんは、自分で考えたかったんだと思うよ。
クラちゃんと一緒に行ったら、多分クラちゃんは
すぐ話しちゃうからね」
(なるほど)
そんな風にしばらく話していると、アンとクラが
戻ってきた。
アンはなんだか満足そうだ。
レナリアがパンと手を打つ。
「じゃ、帰ろうか」
――
その日の夜、俺はなんだか眠れず、
少し外の空気を吸うことにした。
(よく考えたら、鍵とか掛かってるか…)
そう思いながらドアノブに手を掛ける。すると
意外にも扉は簡単に開いた。
(不用心だなぁ)
外に出ると、俺と同じで眠れないのか、アンがいた。
「アンも眠れないのか?」
アンは静かにコクリと頷く。
「ありがとうな」
急に感謝されたが、特に思い当たることはない。
「何がだよ」
「この1週間さ、お前が計画してくれたんだろ」
(バレてたのか…!)
「いや、これ計画したのはレナリアで俺はただ
相談しただけっていうか…ってか勝手に人に話して
ごめん」
「いや、いいんだよ。レナが教えてくれたんだ。
お前がウチのために頑張ってるって」
(バラされてたのか…!)
裏切られたような気持ちになるが、悪い気もしない。
「ウチは、別に本当にそんな気にしてなかったんだ。
けど、この1週間でもっと魔法が好きになれた」
そう言うと、アンは指先から小さな炎を出した。
「お前が来る前の話なんだけどさ、聞いて
くれるか?」
「あぁ、聞かせてくれ」
今夜くらいは、語り明かそう。俺だって、話したい
ことはたくさんあるんだ。
「昔さ、すごく魔法の上手い先輩がいたんだ。
今はもう旅に出ちまったんだけど、ウチ、その先輩
が使う魔法が大好きだった」
(先輩…って、前シェルがそんなこと言ってたよな)
「でさ、ずっとその先輩について回ってて、ウチも
段々魔法が使えるようになって…」
アンはそう言いながら指先の炎をぼんやりと
眺めている。
「1番最初にその先輩に教えてもらったのが、この
炎魔法だったんだ。丁度冬だったから、
『これでもう暖かいよ。』って」
アンが自然と笑顔を見せる。
「アンって炎魔法が得意なのか?」
「あぁ、そうだな。でも、攻撃ってなると、
ここらへんでは危ないから使えないんだ」
確かに、今までアンが炎の攻撃魔法を
使っているのを見たことがない。
「じゃあ、今日炎魔法が使えたら、クラには
勝ててたのか…?」
アンが間をおいて答える。
「どうだろうな。面白い試合にはできたと思うけど、
勝敗は分からない」
別に、アンは本気で勝敗を気にしていたわけでは
ない。野暮な質問だったか。
それにしても、クラは本当に強かった。普段から
何を考えてるか分からないが、クラは俺の思う
以上に戦略家なのかもしれない。
「ウチもいつか、スミレ先輩みたいな魔法使いに…」
「……スミレ?」
急に出てきた「その」名前に驚く。俺と同じ高校に
通い、生徒会長であった横山菫もこの世界に
転移したという話は聞いた。
「いや、だからウチが魔法教えてもらった
先輩の名前だよ。いきなり出して悪かった」
「その先輩は、いつ旅に出たんだ?」
前のめりになって聞くと、アンは引き気味に一歩
下がった。
「いつ…?正確には覚えてないけど、ウチが
10歳ないくらいだから、4年前くらいじゃないか?」
(4年前…?俺は元の世界で気絶する日の前日に 会長と話をしてる。ということは、こっちと
あっちでは時間の流れが違うのか…?)
「確認するんだけどさ、その先輩って、
転移者だったりしないか?」
アンの表情が変わる。
「なんでお前それ知って…まさか…」
(菫会長は、俺が思ってるよりずっと近くに
いたのか…!)
何か他に分かることがあったわけではないが、
きっとこれは大きな進展だろう。
「ありがとう、今日は…もう寝かせてくれ」
眠れるかは分からない。
けれど、少し頭を落ち着かせる必要があった。
――
翌朝、結局昨日は眠れなかった。
アンが心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫だよ。ただ、少し…いや結構驚いただけで」
アンが少し安心した表情になる。
「なんかあったら相談しろよ」
それだけ言うと、アンは自室に向かっていった。
――
昼食の後、俺、シェル、アン、レナリアの4人は
ロウさんに呼び出された。
全員が集まると、ロウさんは口を開く。
「君たちの、今後についての話をしようと思う」
…俺たちの、今後?




