3.魔法
「ベルデ起きろ!」
異世界に来てから1ヶ月ほど経過した。いまだに
帰る方法は見つからず、ただ意味もなく日々を
過ごしている。
「おい、起きてるだろ!目開けろ!」
先程から俺にうるさく声をかけているのは、
ルームメイトのシェルだ。元々いた部屋は
ゲストルーム的なもので、基本的に施設では
二人一部屋らしい。
「分かったから、もう叫ばないでくれ…」
「だってこうしないとお前起きないだろ!」
「そんなことない」
実際は、シェルの声がなかったら
毎日昼過ぎまで寝ているだろう。
シェルは俺と違いよく焼けた肌にガッチリとした
筋肉のついている好青年だ。
「ベルデ、今日は何したい?」
シェルが面倒くさいのは朝くらいで、
基本的には俺の面倒を見てくれるイイやつだ。
「そうだな、こっちの世界のことも
分かってきたし、いつもみんながやってる
魔法とか剣とかの訓練させてくれよ」
ロウさんいわく、転移者であることを
知られるのは特に問題ないらしい。
「うーん…イイと思うけど、それは大人に
確認しないと分からないなぁ」
俺以外の同世代3人は、毎日のように
魔法や剣の訓練をしている。訓練といっても、
彼らにとっては遊びのようなものらしい。
俺はそれに参加させてもらえず、ロウさんと
この世界についてマンツーマンで授業をして
もらっていた。
「分かった。それなら、俺から確認しとくよ」
「うん、よろしく!俺はランニングしてくる」
(こいついっつも俺を起こすだけ起こして
すぐランニングするんだよな…)
何度かシェルについて行ったことはあるが、
あまりにキツすぎて途中でリタイアした。
もちろんこの体が弱いのもあるが、シェルは
もといた世界では考えられないほどの量を
走っている。
(とりあえず、俺も訓練できるか聞きに行くか)
最初は広く思えたこの施設も、慣れてしまえば
そうでもないと気づく。
(大人達がいるのは…あっちか)
通路の1番奥にある扉の前まで行き、
軽くノックをする。
「失礼します」
ガチャリと開けると、既に2人の大人が
部屋で仕事をしていた。
片方の女性がこちらを向いた。
確か名前はフィアだったはずだ。
「ベルデくん、どうしたの?」
俺は、同年代の皆と同じように
訓練をさせてほしいという旨のことを頼んだ。
「あぁ、ベルデくんもその気になって
くれたんだね」
「俺も…ってどういうことですか?」
「実はロウも、
『伝えるべきことは大方伝えたから、次は魔法の
基礎を教えてあげたい。』って言っててさ」
ロウさんの真似をしながら、フィアさんが語る。
(剣も面白そうだけど、魔法か。たしかに剣は
まず体をつくらなきゃだけど、魔法は即戦力に
なるものもありそうだよな)
「じゃあ、魔法の特訓をお願いします」
「オッケー。そしたら朝ごはんの後から早速
やっちゃおっか」
分かりました。と返事し、部屋を後にする。
――
朝食を終え、施設の庭へと向かう。
庭につくと、そこには同年代の少女、
レナリアが立っていた。
「早いね。もう少しゆっくりでもいいのに」
レナリアはとにかく性格が良い。
黒い長髪なのもあり、典型的な清楚系だ。
アンにも多少はこの優しさを見習ってほしい。
「へへ、ちょっと張り切りすぎたかも」
「楽しみなんだね。
じゃあ、そろそろ特訓始めようか!」
レナリアがそう言うも、周りに人影はない。
俺が周りをキョロキョロしていると、
彼女に声をかけられる。
「ベルデに魔法を教えるのは私だよ。
フィア先生に任せられたからね」
そういえば、レナリアに魔法を教えてるのは
フィアさんだったか。
「それじゃあ、お願いします。レナリア先生」
レナリアは満足気だ。
「それじゃあ、レナリア先生による、
地獄の1ヶ月魔法特訓を始めまーす!」
「よっしゃー!……地獄?1ヶ月?」
勢いに釣られて応えてしまったが、
もしかして、結構キツイ?
この時の俺は舐めていた。結構キツイなんて
ものじゃなかった。以下、ダイジェストで
レナリア先生による地獄の特訓をお送りする。
初日〜3日目
この3日間は座学だった。
魔法とは何か。魔力とは。魔法が使える原理。
難解ではあったが、まだ楽だった。
4日目〜10日目
魔力を操るための週。最初はただ感じるだけ。
そこから指先に集めたり、瞬時に移動させたり。
これらの動作自体は簡単だが、何時間も
ぶっ通しでやると途中から集中力と体力が
保たなくなってくる。そこそこキツイ。
11日目〜17日目
実際に魔法を出す。といっても、指先から
火の粉が出てきたり、水滴が落ちたりする程度。
慣れたら左右の手で別の属性の魔法を使う。
最初は全く制御できなかったが、15日目あたりから
スムーズに出せるようになった。
感覚を掴んだのもあるし、前クラさんの言っていた
精錬魔力量とやらが増えたのかもしれない。
18日目〜24日目
魔法の規模を大きくして実践。
でもまだ威力は弱く、炎は手のひらサイズで、
水は水鉄砲レベルの火力だ。
これは、火力よりも制御を鍛えるための
特訓らしい。この週からハードさが激増した。
魔法を使用するだけでも
体にかなりの負担がかかるらしく、
2日に1回くらいのペースで気絶した。
レナリア先生は優しいから水魔法を使って
俺を起こしてくれた。
危うく窒息死するところだった。
25日目〜最終日
ようやく実践的な魔法を使うことができた。
猛特訓により体が魔法を使うことに慣れて、
ちょっとやそっとでは気絶しなくなっていた。
まず歩きながら的へ魔法を当てる。
次に走りながら。
最後は動く的を走りながら狙う練習をした。
身体的負担も加わり、気絶はしなかったが
いっぱい吐いた。吐くたびにレナリア先生が
顔面に炎魔法を近づけてきた。恐ろしい。
こうして、俺の地獄の1ヶ月は幕を閉じた。
…閉じてほしかったなぁ。
追加1日目〜?日目
この日から俺は数えるのをやめた。
比にならないくらい長い間特訓をしていた。
レナリア先生と対戦。一発でも当てたら終わり。
これが中々当たらない。その上あっちも魔法を
撃ってくるから避け続ける必要がある。
走りながら的を狙うことと、避けながら的を狙う
ことの違いを知った。
俺の服が数枚燃えてしまい、ロウさん達に
怒られた。謝ったのは俺だけでレナリア先生は
何故か俺を叱った。訳が分からない。
追加?日目〜?日目
なんとかレナリア先生に魔法を当てることができた。
途中でキリがないことが分かって、かなり
手加減してもらったことは秘密だ。
今の俺なら、なんでもできる気がする。
そう思っていた。
次なる地獄はシンプルなものだった。
できる限り規模の大きい魔法を天高く撃ち続ける。
もちろん撃ち続ければ気絶する。
2日に1回だったのが1日3回になった。
これも意味はあるらしいが、
もう当時の記憶はなく何も覚えていない。
覚えているのは窒息直前の感覚と
レナリア先生の狂気的な笑顔だけだ。
最終日の前日
休憩。嵐の前の静けさというヤツだ。
本当の最終日
山に連れて行かれ、そこで朝から晩まで
魔法を撃ち続けた。食事は先生が
作ってくれた。手料理の味は、常に横にある
先生の炎魔法の焦げ臭い匂いで
何も分からなかった。
――
「ベルデくんお疲れ様!私こういうの初めてで、
ちょっと厳しくしちゃったんだけど
大丈夫だったかな?」
ちょっと!?何を言っているんだこの女は。
「大丈夫…です…」
「なら良かった!それじゃあ、帰ろうか」
そういうとレナリアは飛んで帰ってしまった。
「そういや俺、移動系の魔法教わってない…」
そこから、体感2時間ほど歩いて施設に戻った。
戻ると、レナリア先生に
「あれ?遅かったね?」
と言われた。畜生め。
でも実はアレがこの世界のデフォルトで、
彼女は別に畜生ではない可能性がある。
夕食の後、通りがかったアンに、
「お前…すげぇな」
と言われた。どうやらデフォルトではないようだ。
やはりレナリアは畜生である。
――
地獄の特訓は終わったものの、魔法の特訓自体は
俺が望んだのもあって毎日続いている。
あの特訓のおかげでかなり体力がついたのでは
と思い、シェルのランニングについていった
ことがある。
結果は悲惨なものだった。確かに前より走ることは
できたのだが、あまり大きな変化はなく5kmくらい
でリタイア。
シェル曰く、俺が鍛えられたのは体力ではなく
魔法耐性というものらしい。だから他の分野には
関係がないんだとか。
そういえば、レナリアにもそんなことを言われた
ような気がする。魔法を撃つための体力…みたいな。
どちらにせよフィジカルが未だに弱い俺は、
最近シェルと一緒に体作りをさせてもらっている。
幸いシェルは割とロジカルな考え方をもっており
あの畜生の脳筋マインドとは違った。
確かに身体的な負担はこちらの方が大きいが、
精神的な負担はアレと比べれば屁ほどもない。
――
「なぁ、今度また一緒にクラのとこ行かないか」
そう声をかけてきたのはアンだった。
「別にいいけど、なんで?」
アンは、前一緒に行った後も何度かクラのもとを
訪れていた。
他のみんなのペースと比較するに、相当懐かれて
いるのではないだろうか。
「アイツがまたお前に会いたいんだってさ。
なんでかは知らないけど、気に入られたんじゃ
ねぇの」
(俺、気に入られてたのか)
彼女は何を考えているのかよく分からなかったが、
よく思ってくれてたと知ると、悪い気分ではない。
思わず笑みが溢れる。
「なるほどね。じゃ、いつ行く?」
「ウチ暇だしお前の好きな時に声かけてくれたら
いつでもいってやるよ」
それなら早い方がいいということで、
クラを訪れるのは明日になった。
――
翌日、シェルとのランニングを終えた後、アンの
もとへと向かう。
「アン、こっちはもう行けるぞ」
「そうか。悪い、ちょっとだけ待ってくれ」
本来なら相手の準備を待つくらいなんでもないが、
今回は俺にも余裕がない。
「最低限でいいだろ。早くしてくれ」
あまりよくないことをしている自覚はあるが、
そうせざるを得ない。
「なんでそんな急ぐんだよ」
アンに怪訝な顔をされる。
「だって、早くしないと―」
そこまで言ったところで、後ろからか声がした。
「早くしないと、どうなるの?」
振り返らずとも分かる。レナリアだ。おわった。
ゲームオーバーだ。
「いやぁ、ちょっと、アンさんとクラの家に
行こうと思って…」
冷や汗を垂らしながら喋る。
「へー。でも、それだと魔法の特訓と
被っちゃうよね」
幻覚で顔の横に炎魔法が見える。なんだか焦げ臭い。
幻覚であってくれ。
助けを求めようとアンに視線を送る。アンは
ドン引いている。
身体中が震えるも、なんとか声を出す。
「いやぁ、確かに。気が付かなかったなぁ…」
レナリアはあくまで笑顔を崩さない。
すると突然、顔横にあった炎魔法が消えた。
やはり幻覚ではなかった。
「ま、別にいいけどね」
「ほへ?」
「いいじゃん。楽しんできたら?」
予想外にレナリアから許しを得て、嬉しくはある
ものの硬直してしまう。何かの罠だろうか。
コレが幻聴だった可能性もあるので、念のため
聞き返す。
「マジ?」
「マジ」
マジらしい。畜生とか言ってすみませんでした。
アンが準備を終え、多少の遅れはあるが
予定通り出発できそうだった。
レナリアはずっとニヤニヤしている。今日はやけに
機嫌がいい。
「じゃ、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
レナリアに見送られながら、施設を出た。
背後から彼女の独り言が聞こえる。
「明日、今日の分もやればいいか」
終わった。畜生が。
――
クラの家に着いた。ここへ向かう道中、ある
嬉しい発見があった。
(全然疲れてない…!)
体作りの成果か、前はヘトヘトだったが今回は多少
息が上がる程度になった。とはいえ、アンは息が
上がっているような素振りもないが。
(こんなすぐ結果が出るものなのか?)
正直この1、2ヶ月で元の世界の常識がこちらの
世界で通用しないことは分かった。実はこちらの
世界では成長が早いのかもしれない。
そんな事を考えていると、アンが扉を開けた。
が、案の定クラがそれに気づく様子はない。
床に座って、何か考え事をしているようだった。
「おい、クラ。来たぞ」
アンはそう言ってクラの肩を叩く。
「お?アンちゃんだー。どーして来たの?」
「どうしてって、クラの様子見にきたんだよ」
「へー。アンちゃん優しいねー」
そう言いながら、クラがアンに抱きつく。
(2人って、いっつもこんな調子なのか?)
赤面したアンがこちらを睨む。
「見せもんじゃねぇぞ!」
そう言ってはいるものの、本人は特にクラを
離そうとする様子はない。
(仲は良さそうだよな)
「アンちゃん誰と話してるのー?」
クラはこちらを向き、口を開いた。
「あれー?ベルデくんいたんだー」
「え、あぁ、アンと一緒にね」
自分が認識されていなかったと知り、少し悲しい
気持ちになる。
そんな俺を案じてくれたのか、アンがフォロー
してくれた。
「クラはいつもこんな感じだから、変に悩まなくて
いいぞ」
アンは言動こそトゲトゲしいが、他者を思いやれる
心が強い。
(ツンデレ…とはまた違うよな。単純に口下手
というか…)
「ねー、今日は何して遊ぶのー?」
(俺らって今日遊びに来たのか)
『今日は』と言うからには、アンはいつも
遊んでやっているのだろう。
普段のアンからは想像できないと思ったが、
よく施設の子と遊んでいるアンを見かけるので
子供と遊ぶのは好きなのかもしれない。
アンがこちらに視線を送るので、おそらく俺が
決めろということだろう。
(けど困ったな。こっちの世界の遊びはよく
知らないし…適当に聞くか)
「そうだね、クラちゃんは何がしたい?」
そう聞くと、クラが突然いつも以上に目を輝かせる。
「うーんとね、おままごとの続きしたいなー」
続き…ということは、アンとおままごとを
したことがあるのだろう。
(なんかかわいいな)
そう思ってアンの方を見ると、
まだ顔が赤かった。というより、さらにだ。
「仕方なく…仕方なくな!」
あまり説得力はないが、そういうことにしておこう。
「アンはおままごと以外がしたいみたいだけど、
他に何かやりたいことあるかな?」
クラは、少し悩んでからこう答えた。
「じゃあ、魔法であそぼー!」
…魔法?魔法での遊びというのは、もちろん想像が
つかない。
アンを見ると、ニヤけた顔でこちらを見ている。
微笑みというより、不敵な笑みというやつだ。
どうやら、俺にとっては楽しいものではなさそうだ。
しかしこれ以上断るのもクラに申し訳ないので、
承諾した。年下の面倒を見るのが、お兄さんの
役目だからな。
「やったー!そしたら、山であそぼー」
(場所を変えるのか)
そういうと、クラは走って扉を開け、文字通り
飛んでいってしまった。
(ふふ、あの地獄の特訓の最終日に飛行魔法の
大切さを学んでから、密かに練習してたのさ!)
思わず笑みが漏れる。アンがなんだこいつ、と
言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
「これが練習の成果だっ!」
そう言って地面を蹴り、飛ぶ。
(飛べた!飛べた…けど…)
かなりスピードが遅い。このままでは
クラが見えなくなってしまう。
アンの俺を見る目が、憐れみを含んだものへと
変化した。
「お前も、頑張ったんだよな…」
そう言いながらアンは俺の横を飛んでクラに
追いついてしまった。
(無慈悲!)
――
時間はかかったが、追いつくことができた。
「ベルデくん、遅かったねー」
無邪気な言葉が、胸に容赦ない一撃を与える。
「あ、あぁ、ごめんね」
隣でアンはまたもニヤついている。
(覚えてろよ…!)
浮遊魔法のことで不安だったものの、
魔法での遊び自体はそこまで難しくもなく、
なんとかやり過ごすことができた。
遊んでクタクタになったクラが声を上げる。
「疲れたー!ベルデくん、お空飛ぶのは遅いけど、
他の魔法は得意なんだねー」
正直今日は遊びといいつつも全力を出さないと
追いつかなかった。
もう汗ダラダラだが、年下の前でこれ以上醜態を
晒すわけにはいかない。ポーカーフェイスだ。
「あぁ、いっぱい特訓したからね」
クラに笑顔で応えて見せる。
アンが気を利かせてくれたのかは分からないが、
もういい時間だということで今日はおひらきに
なった。
「アンちゃん今度はおままごとしよーね」
アンは自らのプライドと無邪気な願いとを
天秤にかけ、後者を取ったようだ。
「あぁ、うん。次はな」
(アンのこういう姿がたくさん見れるなら、
俺も定期的にクラのもとに通おうかな)
「じゃーねー」
そう言うと、クラはまた飛んでいってしまった。
(待てよ…俺らが帰る時もやっぱ飛んで帰るのか…?)
ただでさえ汗だくなのに、そこに冷や汗も加わる。
そんな中、アンが口を開いた。
「それじゃあウチらも帰るか」
そういうと、アンはそのまま歩きだした。
(歩くのか?ラッキー!)
そう思いながらアンの後ろをついていく。
帰り道、アンに意外なことを言われた。
「お前、魔法使うの上手いんだな」
(やはり、アンも俺のポーカーフェイスは
見抜けていない…!)
少し嬉しいものの、アンには隠す理由がないので
正直に話す。
「実は、平気なフリしてるけどもうヘトヘトで、
歩くのもキツイくらいなんだ」
そう言うとアンはキョトンとした顔をする。
「お前が疲れてるのは知ってるよ…。ていうか、
クラも気づいてるんじゃないか?」
「へ?」
(俺のポーカーフェイスは破られていたのか…?
しかもクラにも!?)
「ウチが言ってんのは上達具合だよ。まだ魔法
使い始めて2ヶ月くらいだろ?フツーお前くらいに
なるには1年弱くらい必要だ」
「1年弱!?」
あまりの違いに驚いたが、それはレナリアとの
特訓が凄いだけで俺の実力は関係ないのでは
ないだろうか。
それにアンやクラは俺より遥かに上手く魔法を
使いこなしている。
「でも、アンとクラの方が凄いよ」
アンは少し悲しげな顔をして応える。
「クラは外れ値だ。アイツは魔法の才能が飛び
抜けてる。本当の天才ってヤツだな。ウチは…
今はお前より上でも、このままのペースじゃいつか
抜かれる。今はまだ経験の差がそうさせてるだけだ」
自らを褒められて純粋に嬉しい気持ちも
あるものの、アンにどういった言葉を
返せばいいか分からず戸惑ってしまう。
「面倒くさい話して悪かった。悩んでるわけじゃ
ないから、気にしなくていい」
そう言いつつも、アンの顔は曇っていた。悩んでいる
人間はみんな口を揃えて悩んでいないと言う。
アンは、どうなのだろう?
――
その日の晩、俺はベッドでアンのことについて
どうすればいいものかと頭を抱えていた。
(他の人に相談するのもありか…?)
他人の悩みを人に話すのは気が引けるが、魔法に
ついての悩みは自分の力で解決できる自信がまるで
ない。
(相談するとしたら…大人は、俺がアンなら
相談してほしくない。クラは、相談相手として
みるならいいけど、今後2人が遊ぶ時にこの話が
邪魔になるのは避けたい。レナリアは、極力俺が
避けたい…ってなると、シェルか?)
シェルが寝巻き姿で部屋に入ってくる。
(善は急げだよな…!)
「なぁシェル、ちょっと相談したいことがあるんだ
けど…」
そう聞くと、シェルは笑顔で応えてくれた。
「いいぞ、何の話だ?」
俺は今回の相談内容をシェルに伝えた。
「なるほどねー。アンにそんな悩みがあっただ
なんて」
「で、何か力になれないかな?」
シェルが考える仕草をみせる。
「力になる方法ではないけど、俺が知ってることは
話しておくよ。アンってさ、小さい頃から魔法が
好きだったんだ。今はいないけど、昔魔法が本当に
上手い先輩がいてさ。アン、その人に憧れて魔法も
教えてもらってたんだ」
「純粋に魔法が好きってことなら、周りが上手く
なってることを気にしてないってのは本当
なのかな?」
「分からない。でも、1番長く魔法に触れてたのが
アンだから、悔しさとかはあってもおかしくない
と思う」
「そうか…」
話してみてアンについて知ることはできたものの、
結局解決策は思いつかなかった。
「もう遅い時間だし、今日は寝よう」
俺たちは、そのまま眠りについた。
――――――――――
翌朝、シェルとトレーニングをしながら、
どうすればよいものかと考える。
「なぁ、アンのこと、どうすればいいと思う?」
昨日と同じ質問を投げかける。
「寝る前にずっと考えてたけど、あんまりそういう
経験がないから思いつかなかったな」
シェルは申し訳なさそうにそう言った。
(経験…か。俺も向こうの世界でそういうこと
あったかな?)
アンと少し似た体験があったことを思い出す。
俺はもともと、勉強が好きだった。新しいことを
知り、好奇心が満たされていくあの感覚は、何にも
代え難かった。
しかし、勉強をした分頭が良くなるわけではないと
思い知らされる。
周りの俺より勉強していないヤツらは、俺よりも
好成績だった。彼らを恨みはしないが、努力しても
彼らに追いつくことのできない自分を恨んだ。
必死になって量も質も上げた。彼らには
追いつかなかった。
それで、しばらく勉強するのをやめてしまった。
けれど不思議なもので、すぐに勉強をしたいという
意欲が湧いてくる。
自らの心が、まだ知りたいことが山ほどあると
叫んでいる。
それから、夢中になってまた勉強にのめり込んだ。
必死ではなかった。
結局、彼らに追いつくことはできなかったが、
勉強をしている最中は、当時の俺からすれば
何よりも楽しい時間だった。
(周りからは、勉強バカって言われたけど…。
でも、この経験は他のことにも応用できるかもな)
考えがある程度まとまり、今後やりたいことを
シェルに伝えようとしたその時。
「ベールーデーくんっ」
急に肩を叩かれた。
恐る恐る振り返る。レナリアだ。
前日の彼女の呟きが呼び起こされる。
「今日は、昨日できなかった分も
やろうと思うから。っていうことで、
ベルデくん借りてくねー」
シェルは何が起きたのかよく分からない表情を
しているが、特にレナリアを止める動きは
しなかった。
(裏切り者っ!)
――
「しゅーりょー!頑張ったね〜」
「ぜぇ、はぁ」
キツイ。キツイが…そこまででもない。やはり、
俺は確実に魔法が上達している…!
魔法で水を口の中に放り込む。
(もうこれくらいは何も意識しなくてもできる
ようになったな)
レナリアは満足気に施設へ戻っていく。
そういえば、とレナリアを引き止める。
「レナリア、お願いしたいことがあるんだけど」
「なになに?」
「あのさ、――」
――
翌週、俺、アン、レナリア、シェル、クラ
のメンバーでいつもの山にきていた。
レナリアが張り切った声を上げる。
「と、いうことで、レナリア先生による
魔法特別講座を始めまーす!」
クラだけが唯一目を輝かせており、
アンは心底面倒臭いといった顔をしている。
シェルは、実は魔法が苦手らしく苦笑いだ。
どうしてこうなった…




