2.自分
―ありがとうございました」
「また何かあったら来なさい」
「はい」
お爺さんとの対話を終え、家を出る。
(そういえば、男の人を外で待たせてたな)
思い出すと同時、声をかけられる。
「終わったみたいだね」
首を縦に振る。
「満足できたみたいで良かった」
確かに、何も前進はしていないが、
こちらに来てからずっとあった頭の霧が晴れ、
スッキリしていた。
「そう見えますか?」
「うん。今日1番の笑顔だ」
そんなにか?と顔に意識を向けて、
確かにほおが緩んでいると気づく。
昔から自分は感情が顔に出やすかった。
(こっちに来ても、中身は俺のままなんだな)
当たり前のことだが、妙な嬉しさがある。
「それじゃあ、帰ろうか」
男に促され、夜道を歩く。
道中、男に明日の予定について教えられた。
「明日は、施設のみんなと交流してもらって、
その後君のことについて調べようと思うんだけど…
どうかな?」
(俺について調べるって…どうやるんだ?)
方法が気になるものの、特に嫌なわけではない
ので了承する。
「分かりました…けど、どうやって俺のことを
調べるんですか?」
男が笑みを浮かべる。
「ふふ…君は何も知らないもんね。まぁ、それは
明日になってのお楽しみかな」
「なんですか…それ」
その後も男と他愛のない会話を続けていると、
いつの間にか施設に着いていた。
玄関に入った時に、ふと男が口を開いた。
「そうだ!君に渡したいものがあったんだ。
ちょっとそこで待ってて」
そう言うと、男は奥の部屋まで駆けていった。
(一体どんなもの何だろう…)
どんな状況でも、他者からのプレゼントは
嬉しいものだ。
(異世界っぽいものだと良いな。剣とか、
魔法の杖とか…)
色々な妄想をしている内に男が戻ってきた。
片手を握りしめており、その中にものが
入っているらしい。
(てことは、剣でも魔法の杖でもないのか…)
少し肩を落とすが、男が手を開いたのを見て
再びワクワクが戻ってくる。
「じゃじゃーん!」
男の手の中には、小さいリング状のものが
握られていた。
「これって、指輪…ですか?」
男は誇らしげな顔をして語る。
「ただの指輪じゃないんだよ。これはね、
魔法道具っていうんだ」
(マジックアイテム…!)
異世界らしい響きに一気に胸が高鳴る。
「魔法道具って、どんなものなんですか?」
「魔法道具は、物に特殊な加工をして、誰でも
魔法を使えるようにしたものの事をいうんだ。
基本的には、単純なものしか仕組めないけどね」
(なるほど、コレがあれば俺でもすぐに魔法が
使えるようになるのか)
「この魔法道具には、どんな魔法が込められて
いるんですか?」
「それはね…」
「それは…?」
期待を膨らませ、固唾を飲む。
「翻訳魔法さ」
(あー)
想像していたものと違い、肩を落とす。
(もっとこう、火を放ったり、風をおこしたり
って感じのを想像してたなぁ)
自分の反応を見て、男が苦笑いをする。
「はは、思ってたのと違うって顔だね。でも、
言葉が分からない君からしたら、多分今1番
必要なものなんじゃないかな…?」
男の言葉にハッとさせられる。異世界だからと
勝手に心を躍らせていたが、確かに翻訳魔法が
なければここで生活をすること自体が非常に
困難になる。
「それもそうですね。ありがとうございます」
そういって、男の手から指輪をとり、自分の指に
はめる。
(ケッコーかっこいいな)
「いいね、似合ってるよ」
おそらくお世辞も含んでいるだろうが、他人から
褒められて気分が上がる。
「もう遅い時間だから、今日はもう寝ようか。
君の部屋は、奥から2番目のとこだよ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
自分の部屋に入る。
特にすることもないので、そのままベッドに
入って寝ることにした。
――
目が覚めた。既に外は日が昇っているが、物音が
しないということはおそらくまだ施設の
活動時間前なのだろう。
昨日の出来事を思い返す。
突然知らない場所に知らない体で、知らない男に
知らない家へ連れてかれ、知らないお爺さんから
知らない事を教わって、菫会長もこっちに来てる
ことが分かって、魔法道具なる指輪をもらって…。
(なんなんだよぉ)
正直、寝て起きたらまた向こうの世界に戻ると
思っていた自分がいた。
(この感じだと、戻れなさそうだよな)
一気に不安が押し寄せてくる。
(俺はどうなるんだ…?)
昨晩は、この状況に対する恐怖心よりも、好奇心が
勝っていたことや、突飛すぎて理解が
追いつかなかったことにより、逆に平常心を
保てていた。
しかし今、一晩を経て状況を整理すると、如何に
恐ろしいかを気付かされる。
(俺が誰か…は今日分かるって聞いた。でも、
分かったとして俺は今後どう生きていけば
いいんだ?そもそもどうやって―)
ガチャ
(っ!)
急に扉が開き、思考が中断される。しかし、扉は
半開きで人影こそ見えるものの、その人物が中に
入ってくる様子はない。
「えっと、どうぞ」
中に入るよう促すと、歳は…5歳くらいだろうか。
男の子が入ってきた。
(なんとも可愛い訪問者だな)
あちらから入ろうとしてきたのに、男の子は口を
開こうとしない。ので、こちらから話しかける
ことにした。
「えっと、どうしたのかな?」
「んぇ?」
男の子が驚きと困惑で半々のような顔をする。
(あぁ、そうか。昨日もらった指輪を外して
寝ちゃったんだよな)
急いで机の上にある指輪をはめて、もう一度
話しかける。
「驚かせちゃってごめんね。それで、どうして
来てくれたのかな?」
「えっとね、あの、きのう、お兄さんが、
おへやでたおれてて、その、だいじょーぶ
かなって、しんぱいで…」
気絶した姿を見られたことに少し恥ずかしさを
覚えるが、それを心配して部屋まで来てくれたこと
に心が温まる。
(すごい、優しい子だな)
「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
男の子は満足そうに笑うとそのまま部屋を
出ていった。
男の子のお陰で、少し心に余裕ができた。
(俺のメンタルは、今かなり不安定な
状態だろうから、あんま深く考えすぎないように
気をつけよう)
変に悩まないと決めたはいいものの、何も
できることが思い当たらず、とりあえず椅子に
座る。
(そうだ、瞑想やるか)
受験期、心が乱れた時や、集中したい時に
よく瞑想にはお世話になった。周りからは変な目で
見られていたが、例えプラセボでも効果があるなら
いいだろう。
(何も考えない。呼吸に意識を集中する)
吸って……
吐いて……
吸って……
吐いて……
吸って……
――――――
どれくらい経っただろうか。
(こんくらいにしとくか)
目を開き、立ち上がり、軽く伸びをする。
(やっぱ気持ちいいな)
気がつくと、扉の向こうが騒がしくなっていた。
(みんな起き始めたっぽいな)
廊下に出てみようかとも考えたが、知らない人間を
大勢相手にするのは自分のコミュニケーション
スキル的に難しいと考えて諦めた。
(多分、あの男の人が迎えに来てくれるはず)
しばらくすると、扉が開いた。そこには、予想通り
昨日の男がいた。
「あぁ、起きてたのか。起こしちゃったかな?」
男が申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そう?それじゃあ早速、みんなに君のことを
紹介したいんだけど…いいかな?」
「分かりました」
思っていたよりも急だが、特に断る理由もない。
「それじゃあ、ついてきて」
男についていくと、そこそこ大きい部屋に
やってきた。
大人が3人、13歳くらいの子供が3人、後は
5から9歳くらいまでの子供が5人いる。
(そういえば、あのお爺さんは歳の近い人間が
3人いるって言ってたよな。これで全員だとすると
俺って今中1くらいの体ってことなのか?)
部屋に入ると、子供達が騒ぎだす。そんな子供達を
静めるように、俺を連れてきた男が場を仕切る。
「はい、それじゃあ、今日から僕達の仲間になる子
を連れてきたから、みんな注目!」
皆の視線が一気にこちらに集まる。男がこちらに
ウィンクをしてきた。
(自己紹介しろってことか…?ていっても、
自分のことなんてまだ何も分かってないのに…)
「えっと、多分2週間くらい眠っちゃってて、
昨日起きました。まだ記憶とか曖昧で、自分のこと
も思い出せないんですけど、みなさんとは仲良く
できたらいいなって思います。よろしくお願い
します」
こんな自己紹介でいいのか、と思いながらも
とりあえず喋ると、男が満足気な顔をしたので、
おそらく問題ないだろう。
「はい、拍手〜。彼はまだ知らないことが多いから、
みんな教えてあげてね」
拍手を受け、つい癖で礼をする。男が拍手を
止めるよう合図し、再び口を開く。
「それじゃあ、そっちから1人ずつ
自己紹介お願いしまーす」
大人から順番に自己紹介が始まるが、
(人の名前覚えるの苦手すぎて、今覚えるのは
難しそうだな…)
最後の子の自己紹介が終わったかと思うと、
最後に男が自己紹介を始めた。
「名前はロウっていいます。施設にくる前までは
冒険者やってました。好きなことは…筋トレとか
です。よろしくお願いします」
(冒険者…!)
またも異世界らしい響きに感動する。
(っと。あの人は今後もお世話になるだろうし、
ちゃんと覚えておこう。ロウさんか)
ロウさんがパンと手を打つ。
「さ、本当はみんなと交流してほしかったんだけど、
時間が迫ってきてるからそれはまた今度にしようか」
『え〜!』
(とりあえず、嫌われてはなさそうだな)
「今から街に行くからね。帰って来たら、また
たくさん遊んであげて」
そう言われると、子供たちはそれぞれで話し始めた。
ロウさんに肩を叩かれる。
「じゃ、行こっか…と言いたいところだけど、
そろそろ僕以外の人とも交流をつくりたいよね?」
特にそう思っていたわけではないが、
別に嫌でもないので
そうですね、とだけ答える。
「ということで、アンちゃーん!」
先程まで小さい子と楽しそうに遊んでいた
アンという名の少女が、ロウさんに声をかけられる
と同時明らかに嫌そうな顔をする。
ロウさんはそんな姿を見ても笑顔を絶やさず
そんなに距離もないのに腕をブンブンと振っている。
諦めたのか、アンがこちらに来る。
「この子に街の案内をしてほしいんだけど―」
「パスだ」
食い気味に断る様子を見ると、相当な人見知りか、
自分のことを嫌っているのだろう。
とても不機嫌そうな顔のアンにロウさんが
耳打ちをする。すると、だんだんとアンの
目が輝き出し、上機嫌そうな顔になった。
(一体どんな話をしたんだ…)
アンはこちらを向くと
「じゃ、行くか」
とだけ言い、部屋を出ていった。ロウさんは
何やら満足気だ。
(嫌われてはいない…のか?)
とりあえずアンの後ろをついていく。
流石に初対面で会話がないのは気まずく、何か
話そうと話題を振る。
「アンさん…ですよね。ここから街までって、
どうやって向かうんですか?」
上機嫌そうな顔から一転、アンは心底面倒臭そうな
表情でこちらを見つめてくる。
「呼び方はアンでいい。街までは徒歩にきまって…
あぁ、そうか、お前何も知らないのか…」
そう言った後、アンは大きくため息をついた。
(嫌われてる…というか、ウザがられてる…)
施設の外に出ると、太陽が世界を照らしていた。
こちらの世界に来て初めて太陽の出てる時間に
外に出た。
(すげぇ、綺麗だな…)
その光景に感動していると、アンが冷たい視線を
向けてくる。
「もしかしてお前、今初めて外に出たのか?」
「一応、昨日の夜に外には出たんだけど、昼に
でたのは今日が初めてで、へへ」
「ふぅん」
適当に返された。内心どうでもいいのだろう。
(まぁ、当たり前の反応だよなぁ)
その後は、自分の境遇について語りながら街への
道を歩いた。
別の世界から来たことは話していいのか
分からなかったので、記憶喪失と伝えておいた。
「お前も、色々大変なんだな…」
話す中で、アンからの警戒心くらいは解くことが
できた気がする。
話が一区切りしたところで、ずっと気になっていた
ことを質問する。
「ところで、街まではあとどのくらいで着くん
ですかね…?」
体感では既に3kmほど歩いて、今はけっこうな
傾斜の山を登っている。
「あぁ、大体この山登りきったら半分って感じだな」
(ま、まだ半分もないのか…!?)
――
「はぁ、やっと…着いた…」
息も絶え絶えようやく街に辿り着くことができた。
「お前、なんか大袈裟だな」
一方のアンは全く息が上がっていない。
(こっちの世界じゃ、これが普通なのか…?)
街の風貌は施設まわりとは大きく変わらないが、
建物や人の量が圧倒的に多かった。
「お前、自分のことが分からないんだよな。なら、
まずあそこ行くぞ」
アンが指を指した先には、あのお爺さんの時のように
小さな建物があった。
その建物の前に立ちアンは何も言わずにドアノブへ
手をかける。
「なんか声かけなくていいの…?」
「いいんだ、どうせ聞こえないし」
(聞こえない…ってなんだ?)
扉が開くと、室内は物が散乱しており、あまり
清潔には保たれてはいなかった。
そしてその部屋の端に、その場に座りうんうんと
唸っている少女がいた。年のころは、10くらい
だろうか。
(こんな年齢の子が、ここで1人で暮らしてるのか?)
その少女にアンが声をかける。
「おーい。クラ。おい」
クラ、と呼ばれたら少女は一切反応しない。
アンが近づいてポン、と肩を叩く。するとクラは
ようやく自分たちの存在に気がついたのか、一度
立ち上がった。
「クラ、頼みたいことがあるんだけど」
クラは目を輝かせアンの顔を覗く。
「アンちゃんからお願いなんてめずらしー。
クラになにしてほしーのー?」
(なんか、変な喋り方だな、この子)
というか、喋り方だけではない。
部屋に入った時から何かに集中して自分たちの
存在にまったく気づいていなかったり、
全体的に変な子だ。
「いい加減、そのアンちゃんって呼び方
やめてくれ。アンでいい」
恥ずかしいのか、アンが少し頬を赤らめている。
「それがアンちゃんのお願い?でも、アンちゃんは
アンちゃんだし、それはムリだよー」
アンがポリポリと頭を掻く。
施設からここにくる間でも何度かあの動きを
していたのをみるに、彼女の癖なのだろう。
「お願いはそれじゃない。コイツについて
調べてやってくれ」
アンが親指で自分を指す。
とりあえずペコリと頭を軽くさげる。
クラの興味がアンから自分に移ったのか、
こちらへ駆け寄ってくる。
「クラはクラっていうのー。きみ、お名前はー?」
「えっとー」
どう答えればいいか戸惑っていると、
アンが間は入ってくれた。
「それを今からクラに調べてほしいんだ」
クラが驚いたような顔をする。
「ほへー。きみ、なーんにも知らないんだねー。
いいよー。クラが調べてあげるー」
何がなんだか分からず、説明を求める。
「えっと…俺を調べるって、どうやって?」
クラにはまるで声が届いていないようで、
アンが説明を求めたが
「クラはそれが分かる人間なんだ」
という説明とは呼べないような返事が返ってくる
だけだった。
「分かる人間ってどういう―」
「じゃ、調べるねー」
再び説明をしてもらおうとしたが、
クラに遮られてしまう。
「まぁ、頑張れ」
アンはそれだけ言うと建物を出ていってしまった。
(そんな馬鹿な…!)
クラはこちらの体をジロジロと見ている。
「ふむふむ。なるほどねー」
どうやら何かに納得しているようだ。
「じゃ、ちょっとかがんでくれるー?」
言われた通りに膝を曲げかがむ。
すると、クラが頭をわしゃわしゃと触ってくる。
「な、何を…?」
クラは答えることなく頭を触ってくる。
すると突然ピタリ止まった。
かと思えば今度はそのままむんむんと
唸り出した。
―10分ほど経っただろうか。
クラが唸るのをやめ、頭から手を離した。
「きみ、すごいんだねー」
「すごい…?」
「ちょっと待っててねー」
そう言ってクラは床に落ちていた布を拾い上げた。
(布で何するんだ?)
「よいしょっ」
布を広げると、それが袋だと分かる。
(けど、特に中には何も入ってないよな)
「よっ、と」
するとクラはその袋を頭から被った。
(何してるんだ?)
「あ、あー。これで聞こえてます?」
袋の中からこもった声がする。
(なんで急に敬語なんだ?)
「大丈夫です。聞こえてます」
そう答えると、クラが袋を被ったまま話を続ける。
「すみません。突然で驚いてますよね。これから
説明しますからね」
クラの突然の変化に驚きつつも、冷静に耳を傾ける。
「多分、これからあなたの知らない言葉がたくさん
出てくると思うんですけど、後で説明しますから
とりあえず聞いておいてください」
「え、あぁ、はい」
「まず、あなたは転移者ですね。転移してきたのは、
かなり最近」
(俺、転生ってやつだと思ってたけど転移だった
のか。違いは…よく分からないな)
「名前は、元が清家拓己。今のその体ではベルデ」
(すげぇ、元の名前があってる。
にしてもベルデ…結構いい響きだな)
「特性は【W】」
(???)
「知力は高いようですが、精錬魔力量が
少ないですし、転移者なので当たり前でしょうが、
武術もイマイチですね」
(精錬魔力量?聞いたことないな)
「大方こんなものですね。気になるところは
詳しく話しますよ」
色々あるが、とりあえず1番分からなかったところ
について質問する。
「えっと、その、ユニークがダブルっていうのが
全く分からなかったんですけど」
「特性とは、生まれたその時に
授けられる特別な力のことをいいます。あなたの
場合はそれが【W】で、例えば私の場合だと
【暗闇】ですね」
「【暗闇】…!どんな特性なんですか?!」
「そんなにかっこいいものではありませんよ。
私は、視界が暗闇に覆われていると知力が大幅に
上がるんです」
(ふむ、袋を被ってから人が変わったのもその
特性とやらのおかげか。にしても、変化が大きすぎ
ないか?他は分からないが、倍以上の変化が
ある気がするが)
自分の特性はどんなものなのだろうと胸を躍らせる。
「それで、俺の特性はどんな内容なんですか?」
「それは…」
「それは…?」
「悪いのですが、そればっかりは分かりません」
クラが申し訳なさそうな声でそう言った。
「分からない…ってどうして?」
「特性は、名前を判明させるのがようやくで、
現段階でその内容まで明らかにするのは
不可能なんです」
(そ、そんな…!)
がっくりと肩を落とす…が、あることに気づく。
「けど、なんでクラさんは特性の内容を
知っているんですか?」
「私は、自らの特性の名が【暗闇】だと知って
暗闇に関することをひたすらに試したんです。
幸い、条件は暗闇に包まれてることだったので
すぐに発見することができました」
「というか、そもそも名前って内容に合わせて
人間が命名するものなんじゃないですか?」
「あぁ、転移者のあなたは確かにそう考えても
仕方ないですね。特性の命名は神がしている
と考えられているんです。別に無理に神の存在を
受け入れずともいいですが、この世界では度々
そういったことがあるというのは把握しておいて
ください」
(この世界には神が存在するのか?それとも
分からない事を神の存在で片付けているのか?)
「とりあえず、あなたはWという名前を手掛かり
として色々なことを試す必要があります」
ヒントが【W】だけとなると、
クラさんの【暗闇】と比べて大変そうで思わず
ため息をついてしまう。
「そうですね…。頑張ります」
「まぁ、無理して判明させる必要もないと思います。
世界の1割くらいの人は自分の特性を理解して
いないと言われていますし、正しく把握して
いない人も多いので」
(うーん…)
「悩んでいても仕方がないです。他に何か
分からなかったことはありますか?」
クラさんの言うとおり、今悩んだとて解決は
しなさそうなので、質問を再開する。
「じゃあ、精錬魔力量って何ですか?」
「まず、魔法というものはご存知ですか?」
「はい。使えないですけど、存在は認知してます」
「では、お話ししますね。まず、魔法は使用する
のに魔力を消費します。ですが、基本的に魔力が
底を尽きることはありません」
「魔力が尽きない…って、それじゃあ魔法は使う
上で制限がないんですか?」
「そうですね。『魔法を使う』ことには制限が
ありません。しかし、別の方向で魔法を制限するのが
この精錬魔力です」
(別の方向で制限…?)
「私たちが魔法を思ったように使用するには
精錬魔力が必要になります。つまり、精錬魔力量を
超えて魔法を使用すると、魔法の精度が落ちて、
思い通りに使用できなくなるんです」
「なるほど、要は魔法を使う上での
集中力的なことですかね?」
「そうですね。そう解釈して頂いて結構です。
まだ他に質問はありますか?」
正直まだ色々質問したいことはあるが、
かなり時間が経ってしまったため
次の質問で最後にすることにした。
「じゃあ、最後に、転移者ってどんな存在
なんですか?俺は自分のこと転生だと思っていたん
ですけど」
「それではまず転移と転生について。別世界で生を
終えた者がその記憶や意識を引き継いだ状態で
こちらの世界で赤子として生まれることを転生と
いいます」
「ふむふむ」
「一方で何らかのトリガーにより別世界から
こちらの世界へ迷い込むことを転移といい、
体ごと迷い込むこともあれば、あなたのように
記憶や意識だけで迷い込むこともあります」
「なるほど、ありがとうございます」
「では、今回はこれで終わりにしましょうか」
そう言うと、クラさんは被っていた袋を外した。
それと同時、気の抜けた声が部屋に響く。
「あー、つかれた。急に変わっちゃったから
びっくりしたかなー。ごめんね」
「あ、いや大丈夫…です」
「けっこー時間かかっちゃったねー。
今日はおしまいにしよっか。またいつでも
遊びにきてねー」
(今日のは遊びだったのか…)
「はい、それじゃあ、また」
そう言って家をでる。
(不思議な子だったな)
ふと前方に目をやると、
アンがこちらに背を向けて立っていた。
「ずっと待っててくれたの?ありが…」
そこまで言って口を閉じる。
アンは両手にタルトだったり
蜂蜜菓子だったりを持ち、口にも何かを
含んで至福の表情を浮かべていた。
(アンって甘いもの好きなのか)
アンはこちらに気づいたのかこちらを向き
両手を後ろに回す。
(なんでスイーツを隠すんだよ…)
アンが睨みつけるような目でこちらを見てくる。
「おまえ、いふからそこにいたんらよ」
口をもぐもぐとしながらアンが喋る。
「いや、ついさっきだけど」
「そうか、クラとはひゃんとはなせたか?」
「話せたよ。とりあえず…口の中のもの
飲み込んじゃったら?」
アンはハッとして少しずつお菓子を飲み込む。
大方口の中にものがなくなったであろう
タイミングでこちらから話をする。
「あのクラさんってどういう人なの?」
聞き方が難しくて随分と抽象的な質問に
なってしまった。
「クラは…一応うちの施設の人間なんだけど、
本人が常に他人と関わるような環境が嫌らしいから
こっちで過ごしてるんだ」
「あんまり他の人とコミュニケーションとるのが
好きじゃないのかな?」
だとしたら、長居してしまったのは少し申し訳ない。
「いや、そういうわけでもないと思うぞ。ただ、
アイツの性格的にずっと他人といるのはストレス
なんじゃないか」
「そうなんだ」
そう説明するとアンは右手に持ったタルトを
頬張り始めた。
「ていうか、そのスイーツ買う金は
どこから出てきたの?」
「…ロウだよ。アイツがスイーツ買っていいから
お前を案内しろって」
(あぁ、だから最初はあんな上機嫌だったのか)
「あああいあらな」
口いっぱいにタルトを含んでおり
まるでなんて言っているか分からない。
「だから口にもの入れた状態で喋らないでよ」
アンは急いで口を動かす。急かしたわけでは
ないのだけど…。タルトを飲み込むと残った
蜂蜜菓子を大事そうに両手で持ちこちらを睨む。
「やらないからな」
「いや、いらねぇよ」
(やべっ)
つい口調が悪くなってしまった。アンは蜂蜜菓子を
食べながらニヤニヤとこちらを見ている。
「ご、ごめん、つい」
すごいスピードでアンは蜂蜜菓子を食べ終え、
その口を開く。
「ウチはさっきの方が好きだ。真面目くんは好き
じゃない」
「別に真面目くんってわけじゃないんだけど…」
「とりあえずその喋り方やめろ。聞いてて
イライラする」
(イライラする…!?そんな言わなくても…)
とはいえ、口調を崩した方が自然体なので、
言葉に甘えてそうさせてもらう。
「分かった。これでいいか?」
アンはうんうんと頷く。望まれるならこの喋り方に
するが、施設でもこの口調はまずい気がする。
「悪いけど、施設ではちゃんと丁寧に喋るからな」
「なんでだよ」
アンが不満そうに言葉を漏らす。
「施設に慣れたら変えるけど、しばらくは悪い印象
をもたれたくないんだ」
「慣れたら変えるんだな?」
(なんでそんな言質とるんだよ)
「あぁ、変える」
「じゃあさっさと慣れろ」
澄ました顔で無茶苦茶なことを言ってくる。
その後は、アンに街の案内をしてもらった。
――
『ただいまー』
(冒険者ギルドに薬草園に魔道図書館…!
異世界っぽいものばかりだったな)
アンと一緒に玄関へ入ると、ロウさんが
出迎えてくれた。
「2人ともおかえり。とりあえずご飯にしよっか。
君は何が分かったか後で色々教えて欲しいな」
「分かりました」
敬語を使うと、アンが少し不満気な顔になる。
ロウさんは一連の流れをみて微笑んでいる。
「2人とも、仲良くなれたみたいだね」
仲良く…なれたのだろうか。少なからず自分は
一緒にいれて楽しかったが、アンはどう思って
いるのだろうか。不安になってアンの顔を見る。
「あぁ、楽しかったよ」
笑顔でそう答えるアンの顔を見てそんなことは
杞憂だったと分かる。
「俺も、楽しかったです」
ロウさんは満足気だ。
「それは良かった。それじゃあ、冷めないうちに
食べよう」
俺たちはそのまま食卓に向かった。




