1.転生
―だんだんと意識が浮上し、目を開ける。
そこには、慣れなくとも
既視感のある天井が広がっていた。
(またかよ。)
とりあえず、とベッドから降りる。
(この場所に戻ってきたってことは、
少なからずこの施設には人がいるってことか)
室内は先ほどより暗く、かろうじて物の
輪郭を捉えることができる程度だった。
窓の外を見ると、あたりはもう暗く
月と星々だけが室内を照らしていた。
(窓…つっても壁に穴開けて布垂らしただけの
ザ・庶民の家って感じのヤツだが、庶民の家に
しては部屋の数が多すぎる。相場は1つか2つって
習ったぞ。)
何も分からず、思考が止まってしまう。
頭の空白を埋める様に、目を逸らしていた
疑問が流れ込む。
(俺は…誰なんだ?)
鏡ほどハッキリと写ったわけではないが、
ソレが自分でないということは明白だった。
(思い返すと、割と白人っぽい顔してたよな)
やはり何も分からず、うんうんと唸る。
(どうすれば、元の体に戻れるんだ?)
そこまで考えて、扉がノックされた。
あまりに突然で、言葉を返すことができない。
そして、扉が開く。
身長は180くらいであろう、フードを被った
男が入ってきた。顔は暗くてよく見えない。
その男が口を開いた。
「謨ー蟄励@縺セ縺」
「んぁ?」
おそらくヨーロッパ圏の言語だろうと思い
相手の言葉を聞こうとしたが、
まるで違うであろう言葉が男の口から出て戸惑う。
(聞き取れるのは日本語か英語だけだけど、
他の言語だって聞いたことくらいはある…。
でもコイツが喋ってんのは本当に聞いたことが
ない…)
ダメ元で、中学英語を喋ってみる。
「I’m sorry,I don’t know
the language you use.」
「?」
相手にはまるで伝わっていない様子だ。
(発音は割と学校で鍛えられてるから、
分かりづらくとも絶対英語であるという認識は
できるはずなんだけどな…)
男が再び口を開こうとする。
もう分からないからと聞き取るのを諦めた。
「あ〜、これでいいですかね?」
「っ!?」
男がいきなり日本語を喋り、動揺する。
「すみません、コッチの言葉が通じない
可能性もあるんですよね、そうかそうか。」
(訳がわからない、何が起きてるんだ?)
わからないことだらけで、思わず質問する。
「あの、どうして日本語が分かるんですか?
ここはどこで、俺はどうなってるんですか?」
これでも多い気もするが、とりあえずの最低限の
質問をした。男は急に喋られて驚いたのか、
少し間を空けてから答えてくれた。
「えっと、日本語って何ですかね?少なからず
僕はそんなもの知らないです。
ここは保護施設で、君みたいな人を一時的に置いて
保護してあげてるんだ。君がどうなってるかは…
僕より君の方が分かってるんじゃないかな…?」
フードで目元は見えないが、男は終始微笑み
ながら答えてくれた。おそらくいい人なのだろう。
しかし、その答えは疑問を解決するどころか、
さらに多くの疑問を生んでしまった。
(コイツ、日本語を喋ってるくせに知らないって
どういうことだよ…。俺みたいな人って、ここには
殴られて突然知らない体で知らない場所に
連れてこられた人間が他にもいるのか?
コイツより俺の方が俺のことを理解してる…?
俺はこの体のことはぼんやりとした容姿くらいしか
わかんねぇよ…!)
男は俺が何も理解できていないことを察すると、
安心させるようにまた喋り出した。
「多分、色々混乱してるよね。君、すごく長い間
眠っていたから、まだハッキリしてないこととか
沢山あると思うんだ。その…そんな状態で
申し訳ないんだけど、ちょっと、検査を
受けてほしくて…」
「検査、って俺は何をされるんですか?」
「僕もわからないけど、そんな怖いものじゃない
と思うよ。多分、1時間もかからないくらいで
終わると思うから」
(こんなとこに来て、最初にやるのが検査かよ。)
男に夜の道を連れられ、しばらく歩く。
聞きたいことは沢山あったが、それを聞くと
ややこしくなりそうなので聞かないことにした。
会話もなく進んでいくと、小さな家の前まで
たどり着いた。
「ここの中にいるお爺さんと、話をしてほしい。
聞かれたことには、素直に答えること。
それと、気になったことがあれば質問しても
構わないからね」
そういって男は扉を開ける。
奥には背の小さいお爺さんが椅子に腰掛けて、
外をぼんやりと眺めていた。
「失礼します、例の子を連れてきました」
「そうですか、中へどうぞ」
中に入ると、お爺さんの対面にある椅子に
座るよう促され、素直に腰掛ける。
男はお爺さんにしばらく耳打ちをすると、
「それじゃあ僕は、家の外で待ってるからね」
と言い、家を出て行った。
お爺さんが口を開く。
「君は、自分について、何か
分かることはあるかい?」
静かに首を横にふる。
「そうかい、そうかい。それじゃあ、他に何か、
何でもいい。君が知っていることはあるかい?」
話すか迷ったが、そのお爺さんの優しそうな顔を
見て、思わず喋ってしまう。
「あの、俺、この体のこと何も知らなくて、
本当は別の場所で別の体で生活してたんです。」
「なるほど、なるほど。では、その時の暮らし
について教えてくれるかい?」
「あ、はい。えっと、日本っていう国で
暮らしてて、向こうでは高校生でした」
どこまで話すべきかわからず、最低限の話しか
できなかった。しかし、お爺さんは俺の話をきいて
なにやらゴソゴソと近くにある棚を漁り始めた。
「君、日本で暮らしていたんだね?」
「は、はい。そうです」
「そうかい、なら」
棚から出てきた古ぼけた紙を読みながら
お爺さんは話す。
「なら、横山菫という名前に
聞き覚えはあるかい?」
「っ…!」
明らかに日本人の名前、なだけじゃない。
その名前を、知っていた。
(うちの高校の、会長じゃないか…!)
あくまで冷静に、言葉を返す。
「はい。知ってます。向こうでは、
交流もありました」
「うん、うん。彼女は、いろいろなものを
残してくれた。この紙は、その内の一つだ」
そう言いながら、お爺さんはその紙を渡してくる。
その紙には、日本語で、こう書かれていた。
『私は、横山菫、日本人だ。
これを読んでいるのは、こちらに来て間もない
元地球人のはずだから、今あなたが知らなくては
ならないことを端的に記す。ここでは私たちの
常識が通用しない。魔法なるものがあり、それが
元の世界とはまったく違う世界を作っている。
いわゆる、異世界というわけだ。他にも―。
この紙で伝えられるのはコレだけだ。
裏面に英語で同一の内容を綴る。』
その紙には、ここが異世界であり、魔法や
魔物、はては魔王まで存在するというような
突飛な話がいくつも書いてあった。
訳がわからなかった。受け入れられなかった。
呆然としていると、お爺さんが喋りかけてきた。
「大方、読み終えたようだね。私には
その紙にはどんなことが書いてあるか分からない
けれど、もし何か聞きたいことがあるなら、
なんでも聞いておくれ」
聞きたいことが多すぎて、一体何から質問すれば
いいのか分からず硬直してしまう。
「何でも良いよ。時間はたっぷりあるからね」
(これは、検査ってよりカウンセリング
っていう方が近いよな。)
「あの、僕は魔法を知らないんですけど、
どんな感じ何ですかね…?」
自分の状況を知る上で、この質問以上に重要なもの
は他にもあったが、こんな時でも好奇心が
勝ってしまった。
「話すより、見た方が早いよね。」
そういうと、お爺さんは椅子から立ち上がり、
「これが魔法だよ。」
(うわっ、すげぇ…!)
お爺さんは床から30cmほど浮いていた。
「その魔法って、俺も使えるように
なるものなんですか?」
「この魔法はそこまで難しくないから、
きっと練習すればすぐ使えるようになるよ」
(そうか…俺も魔法使いに…!)
一度は夢見た魔法が自分も使えるようになるという
事実に胸が大きく膨らむ、が、
(…でもその前に解決しなきゃいけない問題が
山積みだよな…。)
一度咳払いして気を取り直す。
「他にも、色々気になることが
あるんですけど…」
「なんでも聞きなさい」
こちらに来てからずっと溜まっていた質問を
全てぶつける。
「どうして、今俺はみなさんと
コミュニケーションが取れているんですか?」
「それも魔法だね。相手の話していることを
自分に最も馴染みのある言語に翻訳して
くれるんだ」
(なるほど、だからあの男は日本語を知らない
と言っていたのか)
「こんな質問も変だと思うんですけど、
俺って何者なんですか?あなたの知っている
ことだけでも教えてほしいです」
「君は、この村の近くの森で倒れていたんだよ。
とくに大きな外傷もなかったけど、なかなか
目が覚めなくてね、多分、2週間くらい
眠っていたんじゃないかな?他は何も知らないよ」
(2週間も、何もせず生きていられるもの
なんだろうか…?)
「俺が寝てた施設は、どういった所なんですか?」
「君みたいに、行き場のない子を
保護してあげる施設だよ。君くらいの歳だと
男の子が1人と女の子が2人いるね。
多分、君たちが最年長だよ」
だからあの施設は部屋がたくさんあったのか。
他にも、気になることは尽きない。
「あと、この世界って―」




