17.デカい牛
どうやら、俺たちが仲間にしようとしたのは、幾度と追放されてきた、お荷物癒士らしい。
「それで、コイツをパーティに入れていいのか?」
「それは、これから考えます。色々試してからでも遅くはないはずです」
「まあ、いいんじゃないか。エイルも、
もう追い出されないように頑張れよ」
嫌味のような言い方だが、その声色には少し優しさが籠っているようにも感じられた。実はいい人なのかもしれない。
男は踵を返してどこかへ向かっていった。
「あの、今日話そうと思ってたんス。本当に、
隠そうと思ってたわけじゃなくて…!」
「分かってるよ。とりあえずエイルの実力も知りたいし、今から2人で依頼こなしに行こうか。」
「2人きりっスか?」
「ああ、アンとシェルはそれぞれやりたい事があるらしくて。別に、嫌なら2人も呼んでこようか?」
「いや、大丈夫っス!2人でいきましょう!」
「そうか?ならそうしよう」
手頃な依頼はないものかと掲示板へ目をむける。
前にいた街とは違い、明らかに依頼書の量が多い。
「これとかどうだ?」
Dランクの魔獣討伐依頼。
討伐する魔獣もそこまで多くない。
いざとなれば俺1人でもどうにかなるだろう。
エイルも頷いてくれたので、さっそく向かうことにした。
――
たどり着いたのはウルムからそう遠くない岩場。
以前から思っていたが、ウルムは緑が少ない。
砂漠というほどでもないが、
サバンナのような感じだ。
俺の中では緑が少なければ少ないほどそこに現れる敵は強いという謎のジンクスがあるのだが、それはあながち間違っていないかもしれない。
俺たちが目にしたのは、
今回の討伐対象であろう存在。ミノタウロスだ。
依頼書にはデカい牛としか書かれていなかったが、まさかミノタウロスとは。
「これは…エイルとは相性悪いかな」
「…っスね」
本来は遠くから魔法を撃ってその威力や速度、命中を見る予定だったが、相手がちょいと屈強過ぎる。
「じゃあ、俺が戦うから、後ろから援護を頼む」
「任せてください!」
ミノタウロスと聞くと、斧とかを持ったものを
想像してしまうが、実際の武器はその筋肉らしい。
先手必勝。地面を蹴り、
背後から首を狙おうと剣を抜く。
(ちゃんとした戦闘は久しぶりだな…!)
【魔剣】刀身=炎
近づくとその大きさがよく分かる。2m強はある。
獣には炎という安直な考えだが、どう出るか。
一気に距離を詰めたが、あと数歩のところで
振り向かれた。やはり炎には敏感なのだろうか。
首は難しくとも腕あたりはまだ狙える。
予想通り、腕でガードしようとしてきた。
よほど自らの筋肉に自信があるようだ。
ジャンプし、そのまま腕に剣を振る。刺さった。
刺さったが、抜けない。その筋肉は俺の剣を捉えて離そうとしない。剣から手を離すわけにもいかず、空中で硬直する。そのまま殴られるかと思ったが、ミノタウロスも炎を消すのに必死で腕を振る。
振り回されるように宙を舞い、その反動でようやく剣が腕から抜けた。何とか体勢を立て直し、
着地する。
しかし、エイルは何をしているのだろうか。
今の所彼女からの援護が一切ない。
ミノタウロスが振り向いた時、剣を刺された時、
腕を振り回した時。
これら時は隙だらけで、援護するには絶好の
タイミングだったはずだ。
エイルに目をやると、少し怯えたように見える。
まだ動いていないというのに額から汗をかき、
息も荒々しい。
「エイル!」
「は、はい!」
声をかけると、エイルの体が震えた。
「やれそうか?」
「やります、やらせて下さい」
「分かった、無理はするなよ」
再びミノタウロスに向き直る。
やると言ってくれたものの、あの様子じゃエイルに頼るのは難しいだろう。
肝心の討伐対象は、四つん這いになったかと思うとそのまま俺めがけて突進を繰り出した。
スピードは速いが、避けれないほどではない。
サイドステップでかわし、また魔剣で切り付ける。
先ほどの反省を生かして、傷をつけるのもほどほどに炎を引火させることを意識する。
刃が当たったその瞬間刀身に魔力を込めて
炎を広げる。ミノタウロスは雄叫びを上げながら
角で俺を刺そうとしてきた。
回避するにも、剣で防御するにも遅過ぎる。
咄嗟に土魔法で地面から土の壁を作った。
あわよくばダメージをとも思ったが、屁でもないと言わんばかりに突破された。
多少減速はしているものの、その角は十分過ぎる程攻撃性を持っている。その角が、今、まさに、
俺の、目の、前に―
熱い、まず最初にそう感じた。次に痛み。
鋭い痛みが全身を襲う。やられたのは腹だけだと
いうのに、何故全身で苦しみを味わわなくては
ならないのか。最後に視界。ミノタウロスは
だんだんと俺から遠ざかっている。
赤黒い何かが宙を舞っている。
違う、ミノタウロスに飛ばされ、血を流しながら
俺が弧を描いたのだ。もう勝機はない。
かといって、逃げる術もない。
「あぐっ…」
宙から地に落ち、口から血が漏れる。
まだミノタウロスはこちらに向かっている。
どうにかしなくては。そんな事を考えていると、
唐突に視界がホワイトアウトした。
死…というほどの傷は負っていない。
なら意識を失うのだろうか、それも違う気がする。
数秒して、今度はだんだんと
視界がハッキリしてくる。
それと同時に痛みもいつの間にか消えていた。
「ベルデさん!立てるっスか!」
ヨロヨロと立ち上がる。エイルの治癒魔法か。
でも、詠唱など聞こえなかった気がする。
そんなことはどうでもいい、逃げる。
逃げなくてはならない。
「走りますよ…って、うわっ何するんスか!」
エイルを担ぎ上げ、全速力で走る。
【加速】
今、俺の出せる最高速度で走る。
治ったはずの体が再び全身の痛みを訴えてくる。
まだ完治していないのだろうか、それとも
【加速】の代償だろうか。
どちらにせよ、構わない。もっと速く―
――
気がつくと、街のすぐそこまで来ていた。
自分でも気づかなかったが、息が切れている。
今まで、あそこまで必死になって走ったことが
あっただろうか。
あの傷自体は、きっと死ぬようなものではない。
だが、そのままあの場にいればあるのは
間違いなく、死だ。
「あの、ベルデさん、降ろしてください」
「あ、悪い」
こちらの方が速いと思い勝手に担いでしまったが、大丈夫だっただろうか。
「ベルデさん、その、すみません」
エイルが深々と頭を下げる。
何についての謝罪だろう。
俺は彼女に助けられた人間だというのに。
「アタシがもっとちゃんと援護できていれば、
こんなことには…」
そうか、彼女は、責任を感じているのだ。
「本当に、すみませんでした」
彼女の方に、ポンと手を置く。
「大丈夫。俺は死んでないし、もうここまで
ミノタウロスは追ってこないだろう。それに、
今回のは俺の判断ミスだ。エイルが完璧に
立ち回っていても、遅かれ早かれああなるよ」
「それでも、そもそもアタシが―」
「もういいだろ。反省は大事だけど、後悔なんて
何も生まない」
「…なんでそんなに優しいんスか」
「なんでだろうな?」
顔は見えなかったが、多分、彼女は泣いていた。
しばらくして泣き止んだのか、顔を上げた。
その顔には、涙こそなかったものの、涙の跡も
あれば頬も赤かった。俺たちは、その場に座って、話を始めた。
「なあ、エイル」
「なんスか」
「今からやるのは反省な。後悔じゃなくて」
「うス」
「エイルは、なんで魔法が撃てなかったんだ?」
「それは…」
「言えるところまででいい。言えないなら、
言えないでもいい」
「アタシは、魔法を撃つのが怖いんス。
理由は、まだ…言えないっスけど、
いつか言います。」
「そうか」
「…たまに、魔法の練習はするんスよ。
それでも、数分かけて歯食いしばって
ようやく一発撃てるくらいで」
「うん」
「実戦じゃ一度も撃てたことがないんス」
「なるほどな」
「自分が、嫌いっス。一人前ぶって、ヘマして、
他人を傷つけて。今日みたいなことも、
初めてじゃないんスよ」
「エイル」
「はい」
「自分のことを好きな奴は強い。嫌いな奴は弱い」
「そんなん、アタシが1番分かっ―」
「でも、好きな奴は成長が遅い。今の自分に必ず
どこかで満足してるからだ。一方嫌いな奴は
成長が速い。不貞腐れず前を向けてたらな」
「…どういうことっすか」
「結局最後に1番強いのは、自分のことが
心の底から大嫌いで、それでも前を向いて、
地面這いつくばって、血反吐吐いて、努力して、
負けて、強くなって、勝って、
それで自分を好きになれた人間だ」
少し、熱くなり過ぎてしまった。
別に、普段からこんなことを考えてはいない。
思想としては極端すぎる気もする。
それでも、喋ってみるとそれは口から
スラスラと出てきた。少し小恥ずかしいし、
強くもない俺が言っても説得力がないが、
伝えて良かったと思った。
「恥ずかしいっスね」
「な…!折角励ましてやったのに、
なんてこと言うんだ!」
エイルが立ち上がる。涙の跡は消えていないが、
彼女の顔には笑顔がもどっていた。
今日は風が強い。彼女の髪がなびく。
その髪を抑えて、彼女が呟く。
「ベルデさん」
「なんだ?」
「ありがとうございました、本当に」




