16.ウルム
なんやかんやで無一文となり、俺たちの新たな国
での冒険が始まった。
あのスリが嘘をついていた可能性もある、
ということで、細心の注意を払いながら別の通行人
に冒険者ギルドについて聞いてみたが、スリの話は
本当だったようだ。
ここから冒険者ギルドまで徒歩だと1日かかるが、
馬車で移動する金もない。
「行くか…」
「おう…」
俺たちは重い腰を上げ、ウルムという街へと
向かった。ウルムはこの国の中でも最も冒険者の
集まる街らしい。
――
一文無しといえど、最低限の食料とテントは
持っていたので、道中自体はそこまで過酷なもの
ではなかった。
「ここが…!」
ようやっと到着したウルムの街は活気が溢れて
おり、たくさんの人がいる。建物からぶら下げ
られている看板は、酒場、宿屋、武器屋…と冒険者
が好みそうなものばかりだ。
歩いている人のほとんどが剣や杖といった何らかの
武器を持っている。
(やっぱすごいな)
「あれが冒険者ギルドか…!?行ってくる!」
つい先程までヘトヘトだったシェルだが、それが
嘘だったかのような速さでギルドの方へと消えて
しまった。
「ウチらはどうする?」
「どうするって…金がないからな。宿も
取れないし…」
「簡単な依頼くらいならウチだけでもできるし、
ちょっとやってくる」
「なら、俺もついてくよ」
「いや、最近ベルデ色々やってくれてたし、ウチに
やらせてくれ」
「ありがたいけど…気をつけてな」
「任せて」
ということで、アンもギルドの方へ行き、俺1人に
なってしまった。
(俺は一体何をすれば…)
――
街がかなり広そうだったので、とりあえず全体を
見て回ることにした。
(見て回ったはいいものの…)
どこへ行っても宿、武器、酒、肉…で変わり映えが
ない。強いて言うなら稀に「そういう」お店がある
くらいだ。
元の世界では高校1年生の夏までしか経験して
いない。俺は純粋だ。初めては店ではなく愛した人
とがいい。
そういえば、こっちの世界での「そういうこと」に
対する意識はどうなっているんだろうか。勝手な
イメージとして元の世界よりはやってる気がする。
(…ってなると、ノリでやるとかあるんだろうか。
それなら俺の純愛ロマンチック展開は!?)
…と、いかん。クールであれ。
(さあ、次はどこに行こうかな?)
一度ギルドにでも顔を出してみよう。
「ベルデさんっ!」
名前を呼ばれた…気がするが、声に心当たりがない。
人違いだろうか。
「そこの緑髪の剣士の人!」
俺の特徴を言い当てられてしまった。必死で記憶を
辿るが、どうしても思い出せない。
気がつくと、声の主はもう目の前にいた。
真っ青な髪で、小綺麗な服に身を包んだ少女。
歳は…俺より1つ、2つ下だろうか。
顔を見てもなお思い出せない。というか、見た
記憶がない。ここは奥の手を使おう。
「えー!久しぶり、イメチェンした?」
「いや、アタシたち初対面っスけど」
「へ?」
初対面だったらしい。名前を呼んだのに?
「アタシ、エイルっていいます!」
「えっと、ベルデ…です」
「ベルデさんって冒険者っスよね?」
「ああ…まあ。Dランクだけど」
「ランクはなんでもいいっス!ベルデさんにお願い
があるんですけど…」
「そ、その前に、エイル…ちゃん?のことについて
聞きたいんだけど」
「分かりました!なんでも聞いてください!」
「まず、なんで俺の名前を知ってたの?」
「それはアタシの能力っス!【分析】っていって
見ただけで相手の名前が分かるんスよ。さらに
触れば…!」
いきなり肌を触られた。これで何が分かるん
だろうか。
「ほうほう…凄いんスねぇ。特性が【W】で
能力2つ持ち…!【時計】と【無】っスね」
「…!凄いな」
「そうっス、すごいんスよー!」
「これじゃあ…なんだっけ、神授者…?
能力とか調べる人になれるんじゃないか?」
「いやぁ…それは…」
威勢が良かったのに急に萎れてしまった。
「実は、これ本人の認識に依存しちゃってるんス
よねー」
「…?どういうこと?」
「つまり、たとえばベルデさんが自分の能力が
【分析】だと本当に思っていればアタシには
【分析】って見えちゃうんスよ」
「なるほど…?」
「さらに、当たり前っスけど、ベルデさんが
自分の能力とかを知らないならアタシには何も
見えないっス。だから神授者は無理っスね」
「…その性質って、名前もそうなのか?」
「いやぁ?分からないっス。そんなの確かめようも
ないですし」
「そうか、そうだよな」
もし本人の認知に由来するという性質が名前にも
適応されるなら、今の俺は自認ベルデということに
なる。
勿論俺はベルデなのだが、清家拓己ではなく
ベルデとして生きているという自覚はあまり
なかった。
(まあ、1、2年もあれば人間の認知くらい簡単に
変わるよな)
別に今までの自分が消えたわけではない。今も
こうして、ベルデとして生きている。それでも、
俺の中から何かが消えてしまったかのような寂しさ
を覚えた。
「他にも聞きたいことはあるけど…とりあえず
エイルちゃんのお願いって何かな?」
「まずその『エイルちゃん』ってやつやめて
ください。エイルでいいっス」
「あ、ごめん」
「で、これが本題なんスけど…」
「なになに?」
「アタシを、ベルデさん達のパーティに入れて
ください!」
――
突然ではあったものの断ることはできず、そのまま
2人で街をウロウロしていた。
「お願いっスよー!」
「まだダメとは言ってないぞ」
「じゃあいいんスか?」
「まだいいとも言ってない」
「ぐぬぬぬ」
3人だけのパーティで本格的に冒険者をするのは
難しいらしいので、正直に言えば受け入れてやり
たいが流石に俺の一存で決めるわけにはいかない。
「ちなみに役職は何だ?」
「癒士っス」
…なるほど。つまりエイルをパーティに入れると
俺が治癒魔法を学んだ意味がなくなると。
「…もしかして、もう癒士いるんスか?なら別に
癒士じゃなくてもいいっス!雑用でも何でもします!」
「いや、癒士はいない」
「ならどうしてそんな渋そうな顔してるんスか!」
「それは…」
「―あれ?ベルデじゃないか!」
今度は聞き慣れた声の持ち主に声をかけられた。
シェルだ。
「おぉ、シェル、丁度いいところに!」
「その隣にいる女子は誰なんだ?」
「はじめまして!アタシ、エイルっていいます!
ベルデさんのパーティの人っスか?癒士やって
ます!パーティ入れてください!」
「…はは、勢いはいいね」
「ありがとうございます!」
「ちょっとベルデと2人きりになっていいかな?」
「ウッス!」
「―で、あの子は何なんだよ?」
「俺も知らない!さっき急に声かけられて、
いきなりパーティに入れろって」
「でも癒士らしいし、入れてあげてもいいんじゃ
ないか?」
「そんなアッサリ?」
「別に正式なメンバーじゃなくても、お試しで
いくつか依頼をこなすのはアリだと思うぞ」
「うーむ」
「ま、一回アンにも聞いてみるか」
「そうだな、そうしよう」
――
俺たちはアンと合流して、エイルと一緒に近くの
宿で休んでいた。
「いいんじゃないか。人数も増えるし。癒士がいる
といないとで色々変わるだろ」
「そ、そんな…!」
「なんでベルデは残念そうなんだよ…」
「やったー!アンさん、流石っス!」
俺以外はエイルのメンバー加入に賛成している…
さすがにこの状況で我儘を突き通すほど俺も
子供ではない。
(子供ではない…が…!)
「今夜じっくり考えよう、明日の朝ちゃんと
伝えるから冒険者ギルドに集合してもらって
いい?」
時間を稼ぐくらい、させてもらってもいいだろう。
「分かりました!」
そうして、俺、シェル、アンの3人が向き合う。
「エイルちゃん行っちゃったけど、ベルデは何を
そんなに渋ってるんだよ?」
「いや、その…」
「もじもじしてないでちゃんと言わないと、エイル
が可哀想だろ」
「そのですね、エイルを癒士として迎えてしまうと、
俺が治癒魔法を習った意味はどうなってしまうの
かなと…」
「お前、そんなことで悩んでたのか?」
そんなこととはなんだ、そんなこととは。俺に
とっては今までの努力に関わる重要な問題だ。
シェルがピッと人差し指を立てる。
「いいか、まず癒士っていうのは後衛だ。アンとか
と同じ立ち位置だな。で、ベルデは前衛か中衛だろ。
前線に立って戦うわけだ。前線に治癒魔法が使える
やつがいるか否かはかなり大きな差だぞ」
言われてみれば、その通りだ。小さな怪我を
するたびに前線を離れていればキリがない。
「そうなのか」
「ああ、だから、ベルデの治癒魔法は今後も活躍
できるぞ」
「俺、初級しか使えないけどいいのか?」
「そんなもんだ。そもそも中級からは意識する
ことが多くて戦闘しながらできるものじゃない
らしい」
なら、今の俺の治癒魔法は十分ということか。
上手く口車に乗せられたような気もするが、まあ
いいだろう。俺の我儘も解決したことだし、明日
エイルを正式にパーティに迎え入れよう。
――
アンとシェルはやりたいことがあるらしく、約束の
時間にエイルに会うのは俺だけとなった。だが
冒険者ギルドに行くとそこには…イカつい男に
話しかけられて怪訝そうな顔をしたエイルがいた!
これは、アレじゃないだろうか。ラブコメとかで
よく見るやつだ。彼氏のフリをして周りを追い払い、
ヒロインからも意識されるお決まりのイベント。
ただこの世界だとどう声を掛ければいいのか。
あまり彼氏彼女という感覚がない気がする。
そんなどうでもいい事を考えていると、エイルが
俺に気付いたようだ。満面の笑みでこちらにブンブン
と手を振っている。思ったより切迫した状態では
なかったようだ。イカつい男もこちらを見て
ニヤニヤしている。
「ベルデさーん!来てくれたんスね!」
「あ、あぁ。約束だからな。ところで、そこの
お方は?」
「お前がエイルとパーティを組む輩か」
「そ、そうです」
「悪いことは言わねえ。コイツと組むのは
やめといた方がいいぞ」
「な、なんでそんなこと言うんスか!」
「あなたがエイルの何を知ってるって言うん
ですか!」
「逆にお前は何か分かるのか?」
「いや、それは…」
「俺は分かるぞ。パーティも組んだしな」
何それ。こっちはそんなこと聞いてないぞ。
「ちょ、それは言わないでくださいよ!」
「これからパーティに入れてもらうかもしれない
相手に、お前は隠し事をするのか?」
「う…」
エイルの反応を見るに、男の話は嘘ではないようだ。
なぜ俺たちにそんな隠し事をしていたのだろう。
「知らないようだから教えてやるが、コイツは
道ゆく冒険者に声をかけてパーティに入れて
もらっては追放される、真のお荷物だぞ」
涙目のエイル。そこは反論してほしかった。
どうやら、俺たちが仲間にしようとしたのは、
幾度と追放されてきた、お荷物癒士らしい。




