15.洗礼
治癒魔法の自主練により、初級の成功率を3回に
1度にまで上げることができた。
自主練の途中に、新たな発見もあった。たまたま
怪我をしている魔獣を見つけ、そいつに治癒魔法を
使ってやった。するとなんとそいつは俺をその瞳で
真っ直ぐに見つめて…鋭い牙で俺を噛もうと
してきた。
やはり魔獣には理性がない…というか、人間に
対しては友好的な態度を示すことはほとんどないと
考えて良さそうだ。
今日は、遂にサラさんに中級治癒魔法を
教えてもらう日が来た。
「それじゃ、前と同じようにとりあえずお手本
見せるから」
そう言いながら、一切顔を歪めることなく
腕に深い傷をつける。止血すれば生活はできても、
戦闘は到底不可能なレベルだ。
「お願いします」
「傷つきし身よ、流れし血よ、失われし力、
あるべき姿へと還らん。神アハムの御名の下に、
此の者の裂けし肉を繋ぎ、その痛みを退け、
健やかなる身へと導かん。―リカバー!」
初級治癒魔法では血が止まり、肉が塞がり…
と段階があったが、中級治癒魔法では違うらしい。
詠唱を終えたと同時に傷口が光に包まれ、光が
収まったかと思えば、傷も消えていた。
詠唱は覚えられないほどではないが、初級の時
よりもずっと長い。
「多分一発じゃ覚えられないよね。最初は難しいと
思うけど、やってみよう!」
「はい!」
――
「…」
「…」
顔を見合わせる。かれこれ2時間ほど練習したが、
一度も成功していない。詠唱は早い段階で覚える
ことができた。しかし、中々上手くいかない。
(前は気にならなかったけど、俺とサラさんって
相性悪いよな)
というのも、俺とサラさんではタイプが
違いすぎる。
俺は原理原則を理解することで前に進むいわば
論理派なのだが、サラさんは…
「こうね、今多分魔力がフッ…ってなってるから
気づいたタイミングでこう、腕をグッてすると
いいよ。それとね…」
圧倒的に感覚派だ。サラさんの言っていることが
何も分からない。魔力が「フッ」で腕を
「グッ」って何だ。
「えっと、途中で魔力が途切れてるってこと
ですか?」
「うーん、そうかも」
(そうかもって…)
ずっとこんな調子なので俺はとてつもなく不安
なのだが、サラさん曰く少しずつ良くなっては
いるらしい。
「じゃあ、それ意識してもっかいやってみよー!」
「はい…」
――
結局その日は一度も成功せず終わってしまった。
魔法のことは俺よりもアンが詳しいだろうから、
今日聞いてみようか。
―みたいな感じで、フッでグッらしい。
俺どうすればいいかな?」
「いや…お前説明下手くそすぎるだろ」
「コレ、サラさんに言われたことなんだけど…」
「…分かりやすい説明だな」
「それは無理あるだろ」
「…」
黙ってしまった。
「…とりあえず、ウチは特に言えることないから、
自分でどうにかしてくれ」
アンもだめとなると、本格的に自分で考えて
どうにかするしかなさそうだ。
(ひたすらに練習してサラさんの言ってたフッとか
グッが何を表してるのか掴むしかないよな…)
ただこの日からしばらく練習したが、一度も
中級治癒魔法は成功しなかった。
――
「この街を離れようと思う」
シェルから唐突に、そう切り出された。
「どうしたんだよ、急に」
「ベルデだって、はやくスミレさんを見つけたい
だろ?」
「いや…別に。サラさんに治癒魔法も
教わりたいし」
クラの書いてくれたスミレさんの経路には、
ゴールがあった。ここからその場所を目指しても
1年はかからないであろう場所だ。そして
クラ曰く、そこに5年以上は留まるらしい。
「…それにさ、ここ、施設から近すぎるんだよ。
街で何度かロウさんとか見かけたし」
…たしかに、俺たちは旅らしいことはしていない。
「俺は1番自由だから冒険者になったんだ。なのに
もう数週間はここにいる…!」
「ウチは…どっちでもいいかな。サラさんにはもう
十分教えてもらったし」
「ほら、ベルデ、いいだろ?な?」
「まあ、ダメってわけではないけど…」
「よし、じゃあ、決定!思い立ったが吉日!
明日ここを出よう!」
「吉日は今日じゃないか…?」
――
俺たちはその日の晩、お世話になった人たちに
挨拶をしてまわった。
「そうか、冒険者、自由。どこいくも、お前ら
次第。でも、油断、禁物。命、大事に」
ダルクルさんからはRPGみたいなことを言われた。
「アンちゃんには伝えるべきことは伝えたし、
魔導士目指して頑張ってね。ベルデくんは、
中級治癒魔法までは教えられなかったけど、初級を
使える人がいるかいないかだけでも変わるから、
自信持ってね。あと、お酒はほどほどに」
サラさんはなぜ俺が酔うとヤバいことを知っている
のだろうか。
その他の人達にも挨拶を済ませ、俺たちは街を出た。
「―で、ベルデ、どこ行くんだっけ?」
「昨日も話しただろ…。この先にある国境を越えて
ベルグラントのウルムに行くんだ。そしたらすぐ
そこにデカイ街がある。そこを目指そう」
俺たちがいた国はアルヴェリア。様々な国に
囲まれた小国だ。一方これから俺たちが向かう
ベルグラントは、世界有数の大国。
「ベルグラントって、冒険者が多いんだよな?
どんな人がいるかなー」
シェルの言った通り、ベルグラントは冒険者で
有名な街だ。俺たちにとっても、いい刺激になる
だろう。
そういえば、国境を越える時の手続きってどんな
感じなのだろうか。何も調べてなかった。
――
3日ほどかけて、ようやく国境まで来た。
「止まれ。身分証を」
「身分証…冒険者カードでいいですか?」
「ああ。構わん。…Dランクか。目的は?」
「遠くの国を目指してます。そのついでに、
この国で色々学べたらと」
「そうか、通っていいぞ。騒ぎは起こすなよ」
「はい、ありがとうございます」
思っていた以上にすんなり入れてしまった。国境を
越えると、たくさんの人がいた。
大きな荷物を持ったパーティ、剣を背負う大男、
猫耳と尻尾の生えた獣人。
「すげぇ…!」
まだ大きな街に来たわけでもないのに、既に見た
ことのないほどの人だかりだ。さすが大国。
「ベルデ、こっから冒険者ギルドまでって
どれくらいなんだ?」
「さあ?聞いてみるか」
道ゆく人の中からなるべく親切そうな人を探して
声をかける。
「すみません、少しいいですか」
「どうしました?」
「僕たち、冒険者ギルドに向かいたいんですけど、
1番近いのってどこにありますかね?」
「うーん、ここら辺にはないかなあ。たしか、
あっちの方向にずっと行くとあったはずだよ」
「そうなんですね、ちなみに、徒歩だとどれくらい
かかりますかね…?」
「そんなにはかからないよ。1日くらいじゃないかな」
(1日…って、結構な距離じゃないか?)
土地が大きければ、移動に関する感覚も違うらしい。
さすが大国。
「もしお金に余裕があるなら、馬車に乗っていくと
いいよ」
「分かりました、ありがとうございます」
「うん、気をつけてね」
そう言うと、その人は駆け足気味で去っていった。
優しそうな人で良かった。そういえば、馬車に
いくらかかるかを聞いていなかったな。
ふと、ある違和感に気づく。ほんのすこしだが、
体が軽い。別にそれだけなら良いのだが、なんだか
嫌な予感がする。
おもむろにバッグに手を回す。
「…ない」
「どうした?」
「金がない!」
途中で落とすなんてことはなかったはずだ。
つまり…。
「スリにあった」
俺たちの近くを通ったのは先程会話をした人
くらいだ。
(あんな優しそうな顔をしておいて
スリだったのか…!)
大国の洗礼を受け、一文無しの状態で俺たちの
新たな旅は幕を開けた。




