第3話 「首席令嬢と、最弱召喚獣の学院生活」3/3 ──月を見上げる仙人
今日も足を運んでくれてありがとうございます!
夕食を終える頃には、窓の外はすっかり夜の帳に包まれていた。
食器を片付け終えたリシェルは、小さく頭を下げる。
「……ありがとうございました、仙人様。」
ジュージュー仙人は空になった鍋を見つめ、満足そうに髭を撫でた。
「ふぉっふぉっふぉ。」
「旨い飯は、心も温めてくれるからのう。」
その言葉に、リシェルは静かに微笑む。
昼間まで胸を覆っていた重苦しさは消えてはいない。
それでも、不思議と呼吸は少しだけ楽になっていた。
「今日は……本当に疲れました。」
「うむ。」
「よく頑張ったのう。」
その一言だけで、胸の奥に押し込めていた感情がまた溢れそうになる。
だが今度は涙ではなかった。
「おやすみなさい、仙人様。」
「おやすみじゃ。」
リシェルは寝間着に着替えると、ベッドへ身体を横たえた。
柔らかな羽毛布団に包まれ、今日一日の出来事がゆっくりと頭の中を巡る。
召喚の儀。
期待に満ちた視線。
焼豚仙人との出会い。
学院中の笑い声。
Eランク。
そして、仙人が作ってくれた温かな夕食。
(……不思議な一日だった。)
そう思った瞬間、張りつめていた心が限界を迎えたのだろう。
深い眠りが、静かに彼女を包み込んでいった。
寝息が聞こえ始める。
ジュージュー仙人は椅子から立ち上がると、そっとリシェルの寝顔を見つめた。
涙の跡はまだ頬に残っている。
仙人は何も言わず、小さな布団を少しだけ掛け直した。
「若木は、雨を知ってこそ大樹になる。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
そして鍋を抱えると、音を立てぬよう静かに部屋を後にする。
深夜。
学院は昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
石畳には月明かりが降り注ぎ、庭園の噴水は銀色に輝いている。
ジュージュー仙人は、ぽて、ぽて、とゆっくり歩きながら中庭へ向かった。
やがて一本の大きな古樹の前で足を止める。
枝葉の隙間から、満天の星空が広がっていた。
仙人は静かに月を見上げる。
その横顔には、昼間の飄々とした笑みはない。
どこか遠い時代を思い返すような、深く静かな眼差しだった。
「……変わらんのう。」
夜風が木々を優しく揺らす。
「世界が幾度巡ろうとも。」
「月は、いつも同じ顔で見守っておる。」
その声音には、何千年もの時を見届けてきた者だけが持つ静かな重みが宿っていた。
仙人は空へ向かって、ゆっくりと目を細める。
「ようやく……巡り会えた。」
「長かったのう。」
その言葉は風に溶け、誰にも届かない。
いや――。
一人だけ、その姿を見つめている者がいた。
学院本館・学院長室。
アルフレッド学院長は執務机に置かれた報告書へ視線を落としていた。
その横には、昼間ひび割れた判定水晶の欠片が置かれている。
「測定不能……か。」
小さく呟き、窓の外へ目を向けた。
すると、月明かりに照らされた庭園の中央で、一人の小さな老人が夜空を見上げている姿が目に映る。
「あの召喚獣……。」
学院長は眉を寄せた。
昼間は、どこか気の抜けた老人にしか見えなかった。
だが今、その背中から漂う気配はまるで違う。
世界そのものと語り合っているような、不思議な静けさ。
「……何者なのだ。」
長い人生で数え切れない召喚獣を見てきた。
古竜も、精霊王も、神獣も。
だが、あの老人から感じるものは、そのどれとも違う。
強大な魔力ではない。
威圧感でもない。
もっと深く、もっと根源的な何か。
世界の始まりから、そこに在り続けるような存在感。
学院長の胸に、言いようのない畏敬が芽生える。
その頃、ジュージュー仙人は小さく笑っていた。
「ふぉっふぉっふぉ。」
いつもの穏やかな笑みが戻る。
「さて。」
「味噌の様子でも見てくるかのう。」
鍋を抱え直し、ぽてぽてと寮へ向かって歩き始める。
その背中を、学院長は最後まで黙って見送っていた。
翌朝。
澄み渡る青空の下、学院の中央広場には大勢の生徒たちが集まっていた。
掲示板には、大きく一枚の羊皮紙が貼り出されている。
《卒業試験《最終踏破試験》 パーティー登録開始》
その文字を見た瞬間、生徒たちは一斉に動き始めた。
「一緒に組もう!」
「もちろん!」
「今年こそ最速踏破を狙うぞ!」
「五人目は誰を誘う?」
あちこちで笑顔と握手が交わされる。
希望に満ちた光景。
その少し離れた場所で、リシェルは静かに立ち尽くしていた。
誰も声を掛けてこない。
昨日までなら、真っ先に誘われていたはずの彼女へ。
人の流れだけが、まるで避けるように左右へ分かれていく。
その様子を見つめるリシェルの肩へ、小さな手がそっと置かれた。
振り向くと、ジュージュー仙人が穏やかに微笑んでいる。
「仙人様……。」
「仲間はの。」
リシェルは顔を上げる。
「探して作るものではない。」
仙人は優しく笑った。
「同じ道を歩いておれば、自然と隣に並ぶものじゃ。」
「焦ることはない。」
「本当に旨い料理ほど、出来上がるまで時間がかかるからのう。」
その言葉に、リシェルはゆっくりと息を吸う。
まだ不安は消えていない。
未来も見えない。
それでも――。
一人ではない。
そう思えた。
その小さな温もりが、彼女に再び前を向く勇気を与えていた。
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第4話 最弱だから、誰も仲間にならない。
1/3「最弱召喚獣との初登校」へ続く。
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