第3話 「首席令嬢と、最弱召喚獣の学院生活」2/3 ──小さな鍋と、温かな夕食
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女子寮へ続く坂道を登り切ると、夕陽に照らされた白い建物が姿を現した。
《王立アルカディア魔導学院・第一女子寮》。
歴代の優秀な召喚士たちが青春の日々を過ごしてきた由緒ある寮だ。
普段なら、談笑する生徒たちの笑い声が中庭に響き渡る時間帯。
だが、リシェルが姿を見せた瞬間、その空気がわずかに変わった。
「……あ。」
「リシェル様。」
「本当に……。」
ひそひそと交わされる声。
その視線は決して露骨ではない。
しかし、彼女には十分すぎるほど伝わってしまう。
――"Eランクの召喚獣を召喚した首席候補"。
その肩書きが、もう自分から離れないことを。
リシェルは小さく頭を下げ、足早に寮の中へ入っていった。
部屋は三階の角部屋。
王国四大公爵家の令嬢という立場もあり、一人部屋が与えられている。
扉を閉めた瞬間、ようやく外の視線から解放された。
静寂。
聞こえるのは、窓の外で鳴く小鳥の声だけ。
リシェルは荷物を机へ置くと、そのままベッドへ腰を下ろした。
「…………。」
張りつめていた糸が切れたように、肩から力が抜ける。
ジュージュー仙人は部屋を見回しながら感心したように頷いた。
「ほうほう。」
「日当たりもええ。」
「風通しも悪くない。」
「住みやすそうな部屋じゃ。」
その呑気な感想に、リシェルは少しだけ笑ってしまう。
「仙人様は……本当に変わりませんね。」
「変わる必要があるかのう?」
「え?」
「住む場所が変わっても、空の色は同じじゃ。」
「飯も食う。」
「眠る。」
「朝は来る。」
「それだけで十分ありがたいことじゃ。」
その何気ない言葉が、不思議と胸に染みた。
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ……。
静かな部屋に、大きなお腹の音が響く。
リシェルは目を丸くする。
ジュージュー仙人は自分のお腹を見つめ、
「……鳴ったのう。」
と真面目な顔で呟いた。
思わず吹き出しそうになる。
「仙人様、お腹が空いたんですか?」
「うむ。」
「腹が減っては、何も始まらんからのう。」
それは召喚された際、学院中庭でも口にした言葉だった。
リシェルは立ち上がる。
「でしたら、食堂へ行きましょう。」
しかし仙人は首を横に振った。
「今日はここで食べよう。」
「え?」
「台所を借りてもよいかの?」
「もちろんですけど……。」
リシェルは少し首を傾げる。
寮の各部屋には簡単な調理ができる小さな台所が備え付けられている。
とはいえ、あるのは保存用の野菜とパン、少しの干し肉くらい。
豪華な料理など作れるはずもない。
ジュージュー仙人は小さな鍋を机へ置くと、嬉しそうに袖をまくった。
「さて。」
「今日は何を作るかのう。」
背負っていた菜箸を一本取り出す。
柄杓を鍋へ立てかける。
その手つきは、驚くほど自然だった。
まるで何千、何万回と繰り返してきた動作のように。
「野菜は……。」
「全部使ってよいかの?」
「はい。」
「パンも。」
「もちろんです。」
「干し肉も。」
「ええ。」
「ふむ。」
仙人は満足そうに頷く。
「十分じゃ。」
鍋へ水が注がれる。
野菜を切る音が、静かな部屋へ心地よく響いた。
トントン……
トントントン……
その包丁さばきは、小柄な体からは想像もできないほど美しく、無駄がない。
リシェルは思わず見入ってしまう。
「仙人様……料理がお上手なんですね。」
「料理はの。」
菜箸を動かしながら、仙人は微笑む。
「食べる者を思う気持ちが、一番の隠し味じゃ。」
「技術は、その次でええ。」
鍋の中で具材が踊り始める。
じゅわっ……
ことこと……
部屋いっぱいに優しい香りが広がっていく。
野菜の甘み。
干し肉の旨味。
香草の爽やかな香り。
どれも特別な食材ではない。
それなのに、不思議と心がほどけていくような匂いだった。
リシェルのお腹も、小さく鳴る。
それに気づいた仙人は、にっこり笑った。
「ほれ。」
「腹は正直じゃ。」
「……はい。」
リシェルは照れくさそうに笑う。
昼間、Eランクと告げられてから初めての、自然な笑顔だった。
やがて、湯気を立てる鍋が食卓へ運ばれる。
木の器へよそわれたのは、素朴な野菜と干し肉の煮込み。
焼き直したパンが添えられている。
「いただきます。」
リシェルはそっとスープを口へ運んだ。
その瞬間――。
「……っ!」
目が大きく見開かれる。
優しい。
温かい。
体だけではない。
胸の奥まで、じんわりと温もりが広がっていく。
「おいしい……。」
その一言と共に、一粒の涙がぽろりと器へ落ちた。
ジュージュー仙人は何も言わず、自分も静かにスープをすすっていた。
しばらく沈黙が続く。
やがてリシェルは、小さな声で呟いた。
「……私。」
「怖いんです。」
仙人は顔を上げない。
ただ、静かに耳を傾けている。
「明日から……何もかも変わってしまいます。」
「きっと誰も、私と卒業試験で組みたいなんて思いません。」
「今日まで『首席候補』と呼んでくれた人たちも……。」
「皆、離れていくと思います。」
声が震える。
「私は……。」
「父にも、母にも、期待されていました。」
「なのに……。」
言葉が詰まる。
「全部……私が駄目にしてしまいました……。」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
部屋には、鍋から立ち上る湯気だけが静かに揺れていた。
ジュージュー仙人は器をそっと置き、穏やかな眼差しでリシェルを見る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「リシェルよ。」
「はい……。」
「おぬしは、自分で鍋を焦がしたと思っておるようじゃの。」
リシェルは涙をぬぐいながら頷く。
仙人は優しく笑った。
「じゃがのう。」
「鍋は焦げても、磨けばまた使える。」
「火加減を知れば、次はもっと旨い料理になる。」
「人生も、それと同じじゃ。」
その言葉は、決して励まそうとしているようには聞こえなかった。
ただ、長い時を生きた者が知る「当たり前」を、静かに語っているだけだった。
リシェルは涙で濡れた瞳を上げる。
その穏やかな笑顔を見つめながら、張りつめていた心が少しずつほどけていくのを感じていた。
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(第3話 3/3へ続く)
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次回の投稿は、明後日7月30日朝7:00
是非、お楽しみに!ジュー!ジュー!!ジュー!!!




