第4話 最弱だから、誰も仲間にならない。 1/3「最弱召喚獣との初登校」
おまたせしました!
ようやく納得がいく内容に仕上がったので投稿再開します!
朝日が王都アストレアの白亜の街並みを黄金色に染め始める頃。
王立アルカディア魔導学院へと続く石畳の坂道を、一人の少女が静かに歩いていた。
リシェル・フォン・アストレア。
王国四大守護公爵家に名を連ねるアストレア家の長女。
学院始まって以来とも称される才覚を持ち、卒業試験では誰もが首席を疑わなかった少女。
──昨日までは。
規則正しく響く革靴の音。
そのすぐ横では、もう一つ。
ぽて。
ぽて。
ぽて。
小さな足音が、実にのんびりと続いていた。
「今日は良い朝じゃのう。」
ジュージュー仙人は両手を後ろで組み、鼻歌交じりに空を見上げる。
まるで遠足へ向かう子どものような足取りだった。
「……そうですね。」
リシェルは微笑もうとした。
しかし、その笑みは最後まで形にならない。
学院の正門が見えるにつれ、胸の奥が少しずつ重くなっていく。
(きっと……今日から。)
(みんなの見る目は変わってしまう。)
昨日の召喚契約式。
首席候補のリシェルが召喚したのは、伝説の聖獣でも、神獣でもない。
学院史上初めてEランクと認定された、小さな焼豚仙人だった。
その出来事は、たった一日で学院中へ広まっていた。
門の前。
登校してきた生徒たちが、自然と視線を向ける。
「あっ……。」
「リシェル様……。」
「本当に連れてる。」
「昨日の……。」
「焼豚仙人。」
声は小さい。
聞こえないように話しているつもりなのだろう。
けれど。
魔力で感覚が研ぎ澄まされた召喚者には、その囁きは嫌というほど耳に届く。
「Eランクなんだって。」
「信じられる?」
「首席候補だったのに。」
「なんだか可哀想……。」
昨日まで。
この門を通るたびに聞こえていた言葉は違った。
『リシェル様、おはようございます。』
『今日も素敵です。』
『卒業試験、応援しています!』
誰もが憧れの眼差しを向けてくれていた。
けれど今日、その瞳に宿るのは、好奇心と戸惑い、そして少しだけ哀れみだった。
(これが……現実。)
胸の奥が締めつけられる。
歩幅が、ほんの少しだけ小さくなる。
そんな彼女を見上げ、ジュージュー仙人は首を傾げた。
「どうしたのじゃ?」
「……いえ。」
「腹でも痛いのかの?」
「違います。」
「そうか。それは何よりじゃ。」
仙人は本当にそれ以上深く聞こうとはしない。
励ますでもなく、慰めるでもない。
ただ、隣を歩く。
それだけだった。
しかし、その何気ない距離感が、不思議と少しだけ心を軽くする。
学院の中庭へ入った、その時だった。
「おおっ!」
仙人の目が、急に輝く。
「……?」
視線の先には。
石畳の広場で数羽の鳩が朝餉を探して歩いていた。
「鳩じゃ。」
「はい?」
「鳩がおる。」
「ええ、いますけど……。」
「待っておれ。」
ぽてぽてぽてっ。
ジュージュー仙人は突然、鳩へ向かって走り出した。
「せ、仙人様!?」
「ほれほれ。」
しゃがみ込み、地面に落ちていた小さなパンくずを拾う。
「食べるかのう。」
鳩たちが首を傾げる。
一羽。
また一羽。
警戒もせず近寄ってきた。
「おぉ、よしよし。」
「…………。」
撫でている。
完全に撫でている。
しかも鳩も逃げない。
「見て。」
「あの焼豚……。」
「鳩と友達になってる。」
「なんで?」
学生たちの視線が、一斉に仙人へ集まる。
さっきまでリシェルへ向いていた好奇の目が、いつの間にか小さな焼豚へ移っていた。
ジュージュー仙人は満足そうに頷く。
「鳥も縁を大事にする生き物じゃ。」
「お主らの方が、人より礼儀を知っとるかもしれんな。」
鳩が「くるっ」と鳴く。
「返事までしてくれるとは、賢いのう。」
「仙人様……。」
リシェルは額へ手を当てた。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
けれど。
「ふふっ……。」
「なんだあれ。」
「変だけど可愛い。」
「焼豚って、もっと怖いのかと思った。」
あちこちから、小さな笑い声が聞こえてくる。
嘲笑ではない。
自然と零れた笑顔だった。
その空気に気づいたリシェルは、小さく目を見開く。
(みんな……笑ってる。)
昨日、闘技場で向けられた冷たい笑いではない。
肩の力が抜けるような、温かな笑い。
その中心には、ジュージュー仙人がいた。
「さて。」
仙人は鳩へ軽く手を振る。
「また会おう。」
鳩たちは名残惜しそうに彼の周りを歩き回る。
「仙人様、本当に鳩に好かれていますね。」
「うむ。」
「鳥とかの生き物とは昔から縁が深くての。」
「昔……ですか?」
「話すと長いぞい。」
「聞きたいです。」
「三日三晩かかるぞい。」
「長すぎます!」
思わず声を上げるリシェル。
その瞬間。
自分でも気づかぬうちに、先ほどまで胸を覆っていた重苦しさが少しだけ薄れていることに気付く。
「ほっほっほ。」
仙人は満足そうに笑った。
「笑える時は笑っておくことじゃ。」
「笑顔は、腹いっぱい食べた後くらい自然なのが一番じゃからの。」
リシェルは少しだけ照れくさそうに笑う。
「……はい。」
その笑顔を、遠くの校舎の窓から一人の少女が静かに見つめていた。
柔らかな金色の髪を朝日に揺らす少女。
アイリス・ルミナール。
学院でも屈指の光属性魔法の使い手であり、その穏やかな人柄から多くの生徒に慕われている存在だった。
「リシェルさん……。」
彼女は昨日の召喚契約式で、誰よりも落胆したリシェルの表情を見ていた。
だからこそ、不思議だった。
あれほど傷ついていたはずなのに。
今、ほんの少しだけ笑っている。
その笑顔を引き出しているのは、誰もが「最弱」と笑った小さな召喚獣。
(……あの方、本当に不思議。)
アイリスは小さく微笑み、静かに教室へと歩き出した。
一方その頃――。
「おぉっ!」
またしてもジュージュー仙人の声が学院中庭に響いた。
今度は何事かとリシェルが振り向く。
そこには、学院の売店から立ち上る白い湯気を見つめ、目をきらきらと輝かせる仙人の姿があった。
「……あれは、肉まんかのう。」
嫌な予感しかしなかった。
リシェルは思わず額を押さえる。
「……仙人様?」
ジュージュー仙人は満面の笑みで売店へ向かって歩き出す。
その小さな背中を見つめながら、リシェルは深いため息をついた。
「お願いですから……今度は何も起こさないでくださいね?」
しかし、その願いが叶わないことを、彼女はまだ知らなかった。
――学院中を巻き込む、朝一番の大騒動は、これから始まろうとしていることを。
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――第4話 2/3「肉まんと焼豚と店主の涙」へ続く。
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