第4話 最弱だから、誰も仲間にならない。2/3「肉まんと焼豚と店主の涙」
今日も足を運んでくれてありがとうございます!
――嫌な予感しかしない。
売店から立ちのぼる白い湯気を見つめるジュージュー仙人の背中を見て、
リシェルは思わず額を押さえた。
「……仙人様?」
返事はない。
いや、正確には聞こえていないのだろう。
仙人の視線は、湯気の向こうに並ぶ蒸籠へと釘付けになっていた。
ふわり。
ふわり。
風に乗って流れてきた肉まんの香りが、学院の朝の空気へ溶け込んでいく。
ジュージュー仙人の鼻がぴくりと動いた。
「……ほう。」
もう一度。
「ほうほう。」
さらに深く息を吸う。
「これは……。」
仙人は静かに目を閉じた。
「豚肉八割、玉葱二割……隠し味に生姜をほんの少し。皮は二次発酵を十分に取り、蒸気は強火から中火へ切り替えた頃合いじゃな。」
ぽつりと呟いた一言に、売店の店主が思わず目を丸くした。
「えっ……。」
「全部当たってる……。」
「……え?」
リシェルも思わず目を瞬かせる。
店主は蒸籠の蓋を開けたまま、しばらく固まっていた。
「まさか……香りだけで?」
「うむ。」
仙人は当然のように頷く。
「食べ物はのう、火を入れた瞬間から己の人生を語り始める。」
「…………。」
周囲にいた生徒たちも足を止めた。
「今の聞いた?」
「匂いだけで?」
「嘘でしょ……。」
「偶然?いや、ただの食いしん坊なだけじゃない??」
ざわざわと人だかりができ始める。
リシェルは嫌な汗を流した。
(お願いです……。)
(これ以上、人を集めないでください……。)
しかし、そんな願いとは裏腹に、ジュージュー仙人は売店の前までぽてぽてと歩み寄る。
「店主殿。」
「は、はい!」
「一つ頼んでもよいかのう。」
「え、もちろんです!」
店主は慌てて蒸したての肉まんを紙に包もうとする。
しかし――。
「いや。」
仙人は小さく首を横へ振った。
「売ってくれ、ではない。」
「……え?」
「一口、匂いを嗅がせてほしい。」
「…………はい?」
店主だけでなく、その場にいた全員の動きが止まった。
「……匂い、ですか?」
「うむ。」
「まだ食べぬ。」
「まずは香りをいただく。」
そう言うと、仙人は肉まんの前で目を閉じ、両手を後ろに組んだ。
すぅぅぅ……。
長く、ゆっくりと息を吸い込む。
「……ふむ。」
さらにもう一度。
「すぅぅぅ……。」
売店の前は、しんと静まり返っていた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
全員が、焼豚仙人の"香り鑑定"を見守っている。
やがて仙人は満足そうに頷いた。
「うむ。」
「今日も幸せな香りじゃ。」
その一言に、店主の目が潤む。
「そ、そんなことを言われたのは初めてです……!」
「毎朝三時から仕込んでいる甲斐がありました!」
「ほっほっほ。」
「料理人とは、食べる前から人を幸せにできる職人じゃ。」
店主は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その光景を見ていた生徒たちは、顔を見合わせる。
「……なんだろう。」
「ちょっといい話になってない?」
「さっきまで笑いそうだったのに。」
「私、肉まん食べたくなってきた。」
「私も。」
売店には、いつの間にか行列ができ始めていた。
店主は慌てながらも嬉しそうに笑う。
「今日は大繁盛だ……!」
リシェルはその様子を呆然と見つめていた。
(え……。)
(何が起きたのでしょう。)
騒ぎになると思っていた。
恥ずかしい思いをすると思っていた。
ところが実際には――。
ジュージュー仙人は、誰かを困らせるどころか、その場にいた人たちを笑顔にしてしまった。
「仙人様。」
「なんじゃ?」
「どうして……そんなことを?」
仙人は首を傾げる。
「どうして?」
「はい。」
「香りはの。」
そう言って、仙人は売店から立ち上る湯気を見つめた。
「人が一番最初に受け取る"ごちそう"じゃ。」
「料理人が朝早くから積み重ねた努力は、まず香りとなって人へ届く。」
「ならば、最初にその努力へ礼を言うのが筋じゃろう。」
リシェルは静かに目を見開いた。
――この方は。
本当に、不思議な人だ。
飄々としている。
どこか掴みどころがない。
それなのに、その言葉には、長い年月を生きた者だけが持つ深みがあった。
その時だった。
「ジュージュー仙人様!」
店主が慌てて紙袋を差し出す。
「これは、お礼です!」
「ぜひ召し上がってください!」
「む?」
「代金はいりません!」
仙人はしばらく紙袋を見つめると、にっこりと笑った。
「それはいかん。」
「え?」
「働いた者には銭が巡る。」
「それもまた世の理じゃ。」
懐から、小さな古びた銅貨を一枚取り出す。
「……足りぬなら、後で皿洗いでもするかの。」
その言葉に、店主も、生徒たちも、思わず吹き出した。
「皿洗いって!」
「仙人様が!?」
「ふふっ……!」
学院の朝に、また一つ笑い声が広がる。
そして、その笑い声の中心には、もう「最弱召喚獣」という嘲りはなかった。
あるのは――。
「なんだか、面白い召喚獣だね。」
「うん。」
「ちょっと話してみたいかも。」
そんな、小さな興味と親しみだった。
一方で、その少し離れた校舎の渡り廊下から、この一部始終を静かに見つめる一人の少女がいた。
アイリス・ルミナール。
彼女は胸の前でそっと手を重ね、小さく微笑む。
「……やっぱり。」
「リシェルさんの隣には、不思議な風が吹いていますね。」
その優しい呟きは、朝の風に乗って静かに消えていった。
しかし、その頃のリシェルは、まだ気付いていなかった。
自分へ向けられる視線が、少しずつ「哀れみ」から「興味」へと変わり始めていることに。
そして、その変化を生み出しているのが、自分の隣をぽてぽてと歩く、小さな焼豚仙人であることにも。
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第4話 最弱だから、誰も仲間にならない。3/3 「最弱召喚獣と虚子先生」へ続く
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