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第29話「三人の欺き」

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】「作戦会議と腹ごしらえ」


リシェル「今回は、敵の動きを読んで、こちらから欺きます!」


アイリス「偽物の光を使って、敵の目を惑わせますね!」


ノエル「……私は、敵の注意を引きつける」


ジュージュー仙人「うむ。三人とも、なかなかよい作戦じゃ」


リシェル「本当ですか!?」


ジュージュー仙人「ただし、敵を欺く前に、まず己の腹を満たすべし!」


リシェル「また食事ですか!?」


アイリス「仙人様、お腹が空いているんですか?」


ジュージュー仙人「空腹では頭が回らぬ。知略戦も焼肉も、段取りが肝心じゃからのう」


ノエル「……仙人様は、焼肉の段取りだけは誰よりも真剣」


リシェル「そこだけ評価しないでください!」


ジュージュー仙人「さて――敵がこちらを学習するなら、こちらは敵の予測を裏切るのじゃ」


リシェル「はい! 三人で必ず突破口を見つけます!」


ジュージュー仙人「よし。では、敵の弱点を見極めに行くとするかの」


リシェル「今度は本当に行きますよね!?」


ジュージュー仙人「……帰りに肉があれば、なおよい」


リシェル「まだ言ってるーーーっ!!」


――敵の予測を、予測せよ。


第28話「三人の欺き」、開幕じゃ!

――森が、唸っていた。


 木々の枝は折れ、地面には無数の爪痕が刻まれている。


 黒紅の結晶を額に埋め込まれた魔物は、荒い呼吸を繰り返しながら、三人を見据えていた。


 その身体から溢れる魔力は、もはや自然な流れとは呼べない。


 脈打つように膨張し、ときに逆流し、ときに周囲の空気さえ歪ませる。


 ――《焦刻片》。


 魔物を狂わせ、限界を超えた力を引き出す禁忌の結晶。


 その正体を知ったところで、三人の置かれた状況が好転したわけではなかった。


 むしろ、敵が何をされても学習し、対応してくるという事実が、戦況をさらに厳しいものにしていた。


 ノエル・フェンリスは、剣を握り直す。


(……どうする)


 正面から斬っても届かない。


 動きを読まれれば、反撃を受ける。


 距離を取っても、敵の魔力は森全体を震わせるほど強大だった。


 それでも、ノエルは一歩前へ出た。


 ――守らなければ。


 その思いは、今も変わらない。


 だが。


(……私一人で、何とかしようとしても)


 脳裏に浮かんだのは、リシェルの姿だった。


 自分を仲間に誘ってくれた少女。


 隣にいてくれたアイリス。


 そして、いつの間にか自分の肩に乗り、好き勝手に説法を始める焼豚仙人。


 ――一人ではない。


 それは、以前の自分なら、戦いの最中に思い出すことさえなかった考えだった。


 ノエルは静かに息を吸う。


「……行く」


 次の瞬間、地面が爆ぜた。




 ノエルが踏み込む。


 低く構えた剣が、魔物の胴体を狙って走った。


 ――ガギィンッ!


 爪が剣を受け止める。


 衝撃が腕を駆け上がり、ノエルの身体を後方へ押し戻した。


「……っ!」


 着地と同時に、魔物の巨体が迫る。


 二撃目。


 ノエルは剣を傾け、爪を受け流す。


 だが、魔物はその動きを待っていたかのように身体をひねり、反対側の腕を振り抜いた。


「くっ……!」


 ノエルは身を低くして回避する。


 頭上を巨大な爪が通り過ぎ、背後の樹木を粉砕した。


 轟音。


 飛び散る木片。


 その隙を逃さず、ノエルは距離を取った。


 剣を構えたまま、敵の動きを見つめる。


(……今のは、以前と同じ)


 自分の剣筋を覚えている。


 受け流した後、どちらへ逃げるのか。


 次にどこから斬り込むのか。


 その一つ一つを、敵は学習している。


(……剣だけじゃ、届かない)


 悔しさが胸を締めつける。


 自分は剣を振るうことしかできない。


 そう思いかけた、そのときだった。


「ノエルさん!」


 リシェルの声が、森に響いた。


 ノエルは視線を向ける。


 リシェルは恐怖を隠しきれない顔をしていた。


 それでも、こちらを見つめる瞳は揺らいでいなかった。


「敵の注意を引きつけてもらえますか?」


 ノエルは、わずかに目を見開いた。


 注意を引きつける。


 つまり、敵を倒す役割ではない。


 仲間が動くための時間を作る役割だ。


 かつての自分なら、きっと言っていた。


 ――私が倒します。


 誰かに危険な役割を任せるくらいなら、自分が引き受ければいい。


 それが、誰かを守ることだと思っていた。


 だが、今は違う。


「……分かった」


 リシェルが息を呑む。


「危険です。無理だと思ったら、すぐに離れてください」


「……大丈夫」


 ノエルは剣を構え直した。


 そして、ほんの少しだけ口元を緩める。


「私一人じゃないから」


 その言葉を聞いたリシェルは、一瞬だけ驚いた。


 次いで、力強く頷く。


「……はい!」


 そのやり取りを、ジュージュー仙人は黙って見ていた。


 いつものように茶々を入れることもない。


 ただ、細めた瞳の奥に、静かな光を宿していた。




「アイリスさん、お願いします!」


「はいっ!」


 アイリスが杖を掲げた。


 淡い光が指先に集まり、次の瞬間、森の中へ幾筋もの光が走る。


 右の木陰。


 左の岩場。


 折れた樹木の向こう。


 そして、魔物の背後。


 複数の光源が、まるでそこに人影がいるかのように揺らめいた。


 魔物の頭が動く。


 一つ目の光を捉える。


 次の瞬間、魔物は地面を蹴った。


 ――ドンッ!


 巨体が岩場へ突進する。


 だが、そこには誰もいない。


 光が弾け、消えた。


「……やっぱり!」


 アイリスは杖を握り直す。


 魔物は、ただ光を追っているわけではなかった。


 どの光が危険なのか。


 どこから攻撃が来る可能性が高いのか。


 これまでの戦闘で得た情報をもとに、次の行動を選んでいる。


 だからこそ、光に反応するたびに、その判断を観察できる。


 魔物の視線が右へ向けば、身体もわずかに右へ傾く。


 額の《焦刻片》に危険が迫ると、必ず頭部を守るように姿勢を変える。


 アイリスは、その動きを見逃さなかった。


「リシェルさん! 敵、光の位置だけじゃなくて、攻撃が来そうな方向を見ています!」


「攻撃が来そうな方向……?」


「はい! だから、次にどこから攻撃すると思っているのか、そこを利用できるかもしれません!」


 リシェルの瞳が動いた。


 敵は、これまでの攻撃を学習している。


 そして、学習した情報から、次の攻撃を予測している。


 ならば。


(……予測すること自体が、隙になる?)


 リシェルは敵の姿勢を観察した。


 光が動く。


 魔物が反応する。


 敵は、次の行動を選ぶために、必ず身体を動かしている。


 その一瞬。


 ほんのわずかな判断の遅れ。


 あるいは、判断したからこそ生まれる身体の偏り。


 そこに、突破口があるのかもしれない。


「アイリスさん!」


「はい!」


「その光、もう少し続けてください!」


「分かりました!」


 アイリスは迷わなかった。


 自分の魔法が何を生み出すのか。


 リシェルが何を狙っているのか。


 完全には分からない。


 それでも、今は仲間を信じて、自分の役割を果たす。


 偽物の光が、再び森を駆け巡った。


 


「……行く!」


 ノエルが再び踏み込んだ。


 剣を引き、魔物の首元へ斬りかかる。


 いつもと同じ軌道。


 いつもと同じ踏み込み。


 これまで幾度となく繰り出してきた、ノエルの剣。


 しかし――。


 剣先は、魔物の身体をわずかに逸れた。


 空振り。


 魔物は即座に反撃へ移った。


 巨大な爪が、ノエルの身体を狙う。


 だが、ノエルは驚かなかった。


 自分が攻撃を外した後、敵がどのように動くのか。


 それを確かめるために、あえて外したのだから。


「……っ!」


 ノエルは身体をひねり、爪を紙一重でかわす。


 地面を蹴り、木の幹を足場にして横へ跳ぶ。


 魔物の頭が、彼女の動きを追った。


 ――読んでいる。


 ノエルが次にどこへ動くのか。


 その判断に合わせ、魔物は身体の向きを変える。


 その瞬間。


「今です!」


 アイリスの声が響いた。


 ――パァンッ!


 複数の光が、一斉に弾けた。


 白い光が森を塗りつぶす。


 魔物が咆哮する。


 視界を奪われながらも、魔物は本能的に額を守るように腕を持ち上げた。


 その姿を見て、リシェルは確信する。


(……やっぱり!)


 敵は、光そのものを恐れているわけではない。


 《焦刻片》を狙われることを、何よりも警戒している。


 だからこそ、光で視界を奪われても、額を守る行動を優先する。


 敵の動きには、一定の法則がある。


 そして、その法則は――利用できる。


「リシェルさん!」


 ノエルが叫ぶ。


「今なら!」


「はい!」


 リシェルは両手を掲げた。


 魔力が集まり、地面に紋様が浮かび上がる。


「――捕まえて!」


 魔物の足元から、幾筋もの魔力の鎖が伸びた。


 鎖は脚に絡みつき、巨体を地面へ縫い止めようとする。


 魔物の動きが、一瞬だけ止まった。


 ――今度こそ。


 そう思った、そのときだった。


 魔物が脚に力を込める。


 地面が砕けた。


 鎖が悲鳴を上げるように軋み、次々と破壊されていく。


「そんな……!」


 リシェルが目を見開いた。


 魔物は、拘束を破るだけではなかった。


 ノエルが斬り込む前に、その進路へ身体を向けていたのだ。


 ――読まれている。


 拘束魔法。


 ノエルの斬撃。


 アイリスの光。


 三人が繰り返してきた連携そのものが、敵に覚えられている。


 魔物はノエルへ反撃する。


 ノエルは剣で受け止めたが、衝撃に耐えきれず、後方へ弾き飛ばされた。


「ノエルさん!」


「……大丈夫!」


 ノエルは地面を滑りながらも、すぐに立ち上がった。


 剣を握る手が痺れている。


 それでも、剣は手放さない。


 リシェルは唇を噛んだ。


(……私たちの作戦まで、覚えられている)


 ただ攻撃を変えるだけでは駄目だ。


 敵は、変えた攻撃さえ学習するかもしれない。


 ならば、どうする。


 どうすれば、この圧倒的な相手に勝てる。


 恐怖が、胸の奥から再び込み上げる。


 けれど。


 リシェルは、隣にいる二人を見た。


 ノエルは剣を構え直している。


 アイリスは、杖を握りしめながらも、魔物の動きを観察している。


 二人とも、まだ諦めていない。


 ならば、自分も。


(……考えて)


(敵は、何を覚えている?)


(何を予測して、何を守ろうとしている?)


 そのとき、リシェルの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。


 敵は、私たちの攻撃を覚えている。


 ならば――。


「……そうか」


 小さな呟き。


 リシェルの表情が変わった。


     


「ノエルさん! アイリスさん!」


 二人が振り返る。


「もう一度、同じ連携をします!」


 アイリスが目を丸くした。


「えっ!? でも、さっきは読まれて……!」


「はい。だからこそです」


 リシェルは魔物を見据えた。


「敵は、私たちの連携を覚えています。拘束すればノエルさんが斬り込む。アイリスさんが光を放てば、額を守る。だから、次も同じだと思っているはずです」


「……つまり?」


 ノエルが尋ねる。


「敵が次に何をするか、私(・)た(・)ち(・)が(・)誘(・)導(・)す(・)る(・)んです」


 アイリスは一瞬考え、それから頷いた。


「……分かりました!」


 ノエルも剣を構える。


「……任せて」


 リシェルは息を吸った。


 怖くないわけではない。


 失敗すれば、また誰かが傷つくかもしれない。


 それでも、今は一人で答えを出そうとしているのではない。


 三人で、同じ敵を見ている。


「行きます!」


 リシェルの魔法が発動した。


 魔物の足元に、再び拘束の紋様が浮かび上がる。


 魔物は脚を引き、鎖を破壊しようとする。


 その動きに合わせ、ノエルが踏み込んだ。


 剣閃が走る。


 魔物は、その斬撃を受け流す。


 続いてアイリスの光が広がる。


 魔物は、額を守るように身体をひねった。


 ――同じだ。


 先ほどと同じ連携。


 先ほどと同じ流れ。


 魔物は、それを理解したかのように動いている。


 そして、三人の攻撃が終わるより早く、次の反撃へ移ろうとした。


 その瞬間。


 リシェルは、魔物の足元を見た。


(……今!)


「ノエルさん、まだです!」


 ノエルは、振り上げかけた剣を止めた。


 魔物の身体が、反撃のために傾く。


 額を守る腕が動く。


 重心が、わずかに片側へ寄る。


 リシェルが狙っていたのは、拘束が成功する瞬間ではない。


 敵が、次も同じ連携だと判断し、反撃の姿勢へ移った瞬間だった。


 敵が予測するからこそ、動きに偏りが生まれる。


 その偏りを作らせるために、三人は同じ型を繰り返していたのだ。


 ――敵が「次も同じだ」と判断した、その瞬間を。


 リシェルは、逃さなかった。


「今です!」


   


「ノエル!」


「……任せて!」


 ノエルが地面を蹴った。


 魔物の正面へ踏み込む。


 敵は、いつもの斬撃を予測していた。


 その剣筋を受け流し、額を守る。


 だが、ノエルは剣を振り抜かなかった。


 あえて攻撃を遅らせる。


 ほんの一瞬。


 魔物の判断と、ノエルの動きに、わずかなずれが生まれた。


「アイリスさん!」


「はいっ!」


 アイリスが杖を振り下ろす。


 森のあちこちに散っていた偽物の光が、一斉に消えた。


 代わりに、魔物の眼前で強い光が弾ける。


 ――閃光。


 魔物の視界が白く染まった。


 だが、敵はすぐに反応した。


 額を守るように腕を持ち上げる。


 そして、ノエルのいる方向へ身体をひねった。


 ――予測どおり。


 リシェルは、その動きを待っていた。


「捕まえて!」


 魔力の鎖が、今度は足首だけでなく、魔物が踏み込もうとした地面へ絡みつく。


 拘束そのものが敵を止める必要はない。


 ほんの一瞬、踏み込む方向を狂わせればいい。


 魔物が力任せに鎖を破壊する。


 そのために身体をひねる。


 額を守る腕が、わずかに遅れる。


 ノエルが跳んだ。


 剣が、黒紅の結晶へ迫る。


 ――届く。


 そう思った瞬間。


 魔物は、視界を奪われたままノエルの気配を察知した。


 巨大な腕が振り上がる。


 額を守る最後の防御。


「……っ!」


 剣が弾かれた。


 ノエルの身体が空中で流れる。


 魔物の腕が、彼女を叩き落とそうと迫る。


「ノエルさん!」


 リシェルが叫ぶ。


 アイリスが杖を向ける。


 しかし、間に合わない。


 ――また、届かないのか。


 その瞬間だった。


「ノエル」


 不意に、静かな声が響いた。


 ジュージュー仙人だった。


「……?」


 ノエルは、空中でわずかに視線を動かす。


 仙人は、肩の上でいつものように胡坐をかいていた。


 その瞳は、魔物の腕とノエルの位置を見据えている。


「一歩、右じゃ」


 それだけだった。


 理由も、説明もない。


 ただ、右へ。


 ノエルは迷わなかった。


 空中で身体をひねり、着地の瞬間に右へ一歩踏み出す。


 ――轟ッ!


 魔物の腕が、彼女のすぐ横を通り過ぎた。


 風圧が頬を打つ。


 しかし、爪は届かない。


 ノエルは、そのまま魔物の懐へ滑り込んだ。


 そこは、先ほどまで敵が腕で覆っていた場所。


 身体をひねったことで生まれた、ほんのわずかな死角。


 敵が予測していなかった位置。


 ノエルは、剣を握り直す。


 もう、迷いはなかった。


「……そこ」


 剣閃が走る。


 ――ピシッ。


 乾いた音が、森に響いた。


 額の《焦刻片》に、細い亀裂が走る。


 黒紅の光が、一瞬だけ止まった。


    


「……入った!」


 リシェルが息を呑む。


「ノエルさん……!」


 アイリスも、思わず声を上げた。


 ノエルは着地し、すぐさま距離を取った。


 剣を構えたまま、額の結晶を見つめる。


(……届いた)


 何度斬り込んでも、届かなかった場所。


 敵の動きを観察し、仲間の力を借り、最後の一歩を踏み出して、ようやく傷をつけた。


 自分一人では、きっと届かなかった。


 リシェルが敵の動きを読み、アイリスが光で視界を奪い、そして仙人が最後の一歩を示してくれた。


 そのすべてが、今の一撃につながっていた。


 けれど――。


 魔物の身体が、大きく震えた。


「……え?」


 結晶の亀裂から、黒紅の光が漏れ出す。


 光は脈打ち、歪み、まるで生き物のように明滅した。


 次の瞬間。


 ――ギャアアアアアアッ!!


 魔物が絶叫した。


 森の木々が震え、地面に亀裂が走る。


 魔力が、爆発的に膨張した。


「きゃっ……!」


 アイリスが顔を覆う。


 リシェルは腕で目を守りながら、魔物を見つめた。


「《焦刻片》が……!」


 亀裂は入った。


 だが、結晶はまだ砕けていない。


 むしろ、傷ついたことで、魔力の流れがさらに不安定になっているようだった。


 魔物の身体を覆う黒紅の光が、激しく明滅する。


 その動きは、先ほどまでの学習するような冷静さとは違っていた。


 まるで、何かに追い立てられているかのように。


 何かに、無理やり動かされているかのように。


「……まだ、終わっていないんですね」


 リシェルが呟く。


 ジュージュー仙人は、珍しく冗談を口にしなかった。


「うむ」


 ただ、魔物を見据える。


「傷ついたことで、あれがどう動くか……見極めねばならん」


 ノエルは剣を握り直した。


 アイリスも杖を構える。


 リシェルは二人を見た。


 恐怖は、まだ消えていない。


 魔物は、まだ倒れていない。


 けれど、三人はもう、ただ敵の強さに圧倒されているだけではなかった。


 敵を観察し、考え、互いの力を信じて、突破口を切り開いた。


 ならば、次も。


 ――三人で。


 魔物が、ゆっくりと顔を上げた。


 額に刻まれた亀裂の奥で、黒紅の光が不気味に脈打つ。


 その瞳が、三人を捉えた。


 森の奥で、何かが動いた気配がした。


 誰も気づかないほど、かすかな気配。


 だが、ジュージュー仙人だけは、ほんのわずかに視線をそちらへ向けた。


「……ほう」


 小さな呟き。


 その声に、リシェルが振り返る。


「仙人様……?」


「いや」


 仙人は、再び魔物へ目を戻した。


「今は、目の前の火を見ておれ」


 黒紅の光が、再び森を染め上げる。


 三人は剣と杖を構え直した。


 勝ち筋は見えた。


 だが、勝利はまだ遠い。


 そして――この森で起きていることは、ただ一匹の魔物が狂ったというだけでは終わらない。


 誰かが火をつけた。


 誰かが、この獣を狂わせた。


 その存在は、まだ森のどこかにいるのかもしれない。


 ジュージュー仙人は、煙の向こうを見つめた。


 その瞳に宿る光は、誰にも読めなかった。


 ――三人の欺きは、確かに敵の防御を破った。


 しかし、その亀裂の向こうに待っているものを、まだ誰も知らない。


 森を揺るがす咆哮が、再び響き渡った。


【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】「亀裂と、仙人の一歩」


アイリス「《焦刻片》に亀裂が入りましたね……!」


リシェル「三人で考えて、三人で作戦を実行した結果です!」


ノエル「……みんながいたから、届いた」


ジュージュー仙人「うむ。仲間を信じ、敵を欺き、最後の一歩を踏み出す。見事じゃったぞ」


リシェル「仙人様の『一歩、右じゃ』も、大きかったです!」


アイリス「本当に絶妙なタイミングでした!」


ノエル「……仙人様、どうして分かったんですか?」


ジュージュー仙人「ふむ。長年、肉の焼き加減を見極めてきたからのう」


リシェル「戦闘の話をしているんです!!」


アイリス「でも……敵の動きを見極めるのも、お肉の焼き加減を見るのも、観察が大事……?」


ノエル「……少しだけ、納得してしまった」


リシェル「ノエルさんまで!?」


ジュージュー仙人「何事も、見極めが肝心じゃ。焦って焼けば焦げる。焦って斬れば、返り討ちじゃ」


リシェル「……確かに、深いです」


ジュージュー仙人「ゆえに、今夜の夕食はじっくり焼いた肉を――」


リシェル「結局、お肉なんですね!?」


アイリス「ふふっ。でも……《焦刻片》は、まだ完全には砕けていません」


ノエル「……魔物も、まだ倒れていない」


リシェル「はい。ここからが本当の勝負です」


ジュージュー仙人「うむ。亀裂が入ったからといって、火が消えたとは限らぬ」


リシェル「……仙人様?」


ジュージュー仙人「さて、次はどのような焼き加減になるかのう」


リシェル「だから魔物を料理みたいに言わないでくださいーーーっ!!」


――三人は、確かに突破口を開いた。


だが、《焦刻片》を埋め込んだ者は、まだ姿を現していない。


森の奥で、次の火種が静かに燻っていた……。

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