第28話 「焦刻片の獣」
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】
――前回。
恐怖に震えていたリシェルは、仙人の《言霊・鼓舞》によって立ち上がった。
怖くても、進む。
怖くても、仲間を探す。
そして今――。
リシェル「仙人様」
仙人「なんじゃ?」
リシェル「私……もう逃げません」
仙人「うむ」
リシェル「そして今度は、ちゃんと敵を見ます!」
仙人「うむうむ」
アイリス「私も、もう声に惑わされません!」
ノエル「私も……敵の動きを見る」
仙人「ほう。三人とも立派になったのう」
リシェル「はい!」
アイリス「はい!」
ノエル「……はい」
仙人「では、まず敵を観察するために――」
三人「…………」
仙人「腹ごしらえじゃ」
リシェル「なんでですか!?」
アイリス「観察と食事に何の関係が……?」
ノエル「……仙人様らしい」
仙人「空腹では、敵の弱点より自分の腹の音が気になるからのう」
リシェル「そこまでお腹空いてるんですか!?」
――しかし。
そんな呑気な会話をしている間にも、
森の奥では――
《焦刻片》を埋め込まれた魔物が、
さらなる異常な力を蓄えていた。
そして三人は、まだ知らない。
あの魔物が――
ただ強いだけの存在ではないことを。
その力の正体。
そして、その獣を狂わせた――
本当の存在を。
仙人「……さて」
リシェル「はい?」
仙人「そろそろ、焼き加減を見に行くかの」
リシェル「魔物を料理みたいに言わないでください!!」
――第27話、開幕じゃ。
三人がそれぞれの場所から、同じ方向へ進み始めた。
その一方――。
《灰森区域》の監視所では、教師たちが魔導観測盤を凝視していた。
赤く染まった盤面。
中央に表示される巨大な魔力反応。
しかし、グレンはその数字を見て、強さに驚いているのではなかった。
眉間に皺を寄せる。
「……この魔力」
ガイアが振り返る。
「どうした?」
「おかしい」
「何がだ?」
グレンは観測盤に手を伸ばす。
通常の魔物なら、魔力は身体全体を循環する。
ところが、この魔物は違った。
まるで――
何か一つの場所から、無理やり全身へ魔力を流し込んでいる。
「……魔力の流れが、自然じゃない」
虚子先生が観測盤を拡大する。
そして――
「……あ」
巨大な魔物の頭部。
その額に――
黒く赤い宝石のようなものが埋め込まれている。
ガイアの顔から笑みが消える。
「……なんだ、あれ」
グレンは答えない。
ただ、その宝石を睨んでいた。
グレンはすぐさま学院の資料検索を指示する。
「あの形状と魔力干渉の記録を探せ」
教師たちが資料をめくる。
古い文献。
封印指定に近い記録。
そして――。
一人の教師の手が止まる。
「……ありました」
全員が振り返る。
その資料に記されていた名称。
《焦刻片》
グレンが読み上げる。
「魔力回路へ強制干渉し、対象の生命活動を燃料として魔力を増幅……」
ガイアの顔が険しくなる。
「燃料って……」
教師が続ける。
「攻撃性の増幅」
「肉体能力の強化」
「魔力の暴走」
「恐怖や痛覚への反応低下」
「そして……本来の限界を超えた肉体変質」
虚子先生が息を呑む。
「それでは……」
グレンが低く答える。
「あの魔物は、自分の意思であそこまで強くなったわけじゃない」
一瞬。
部屋が静まり返る。
「……誰かに、強制的に引き上げられている」
その瞬間だった。
監視盤の魔力値が跳ね上がる。
「――っ!?」
森の奥から、
轟音。
魔物の身体が大きく仰け反る。
骨が軋む。
筋肉が膨張する。
爪が伸びる。
全身を覆う魔力が、一気に膨れ上がる。
額の《焦刻片》が――
ドクン。
脈打つ。
「グォォォォォォォォッ!!」
監視所の窓ガラスまで震える。
教師の一人が呟く。
「……進化……?」
しかしグレンは首を横に振る。
「違う」
拳を握る。
「これは進化じゃない」
「……?」
「壊しているんだ」
身体の限界を。
魔力の限界を。
生命そのものを。
《焦刻片》が燃やしている。
そのころ。
森の中。
リシェルたちは、ついに魔物を視界に捉える。
三人とも、足を止める。
前回とは違う。
あのときは――
ただ恐怖に飲まれていた。
今は違う。
リシェルは震える手を握りしめる。
「……怖い」
ノエルも答える。
「……私も」
アイリスも小さく頷く。
「うん……」
それでも。
三人は逃げなかった。
リシェルが魔物を見る。
そして――
気づく。
「……待って」
ノエル。
「何?」
「あの魔物……」
巨大な身体。
鋭い爪。
異常な魔力。
だが。
額の《焦刻片》へ視線を向けた瞬間――
魔物の挙動が明らかに変わった。
リシェルが呟く。
「……おかしい」
ノエルが魔物を観察する。
「……何が?」
「私たちが攻撃したときより……」
魔物が額へ攻撃を受けそうになった瞬間。
身体全体を使って防御した。
「……額を狙ったときのほうが、反応が激しい」
アイリスが目を見開く。
「じゃあ……」
「はい」
リシェルは頷く。
「あそこを守っています」
ノエルが剣を握り直す。
「……《焦刻片》」
三人の視線が一点に集まる。
初めて――
敵の弱点らしきものが見えた。
しかし。
その瞬間。
魔物が三人を見る。
そして――
口元を歪める。
ノエルが踏み込む。
左側から斬り込む。
――ガキィンッ!
魔物が腕で受け止める。
ノエルが距離を取る。
次にアイリス。
「《ライト・アロー》!」
光の矢が飛ぶ。
魔物が身体を捻る。
避けた。
リシェルが魔法を放つ。
魔物はそれすら読んだように身を沈める。
「……!」
リシェルが目を見開く。
違う。
偶然ではない。
対応している。
ノエルが再び左から斬る。
すると――
魔物は、
最初から左側を警戒していた。
「……!」
ノエルの足が止まる。
アイリスが呟く。
「今の……」
リシェルが答える。
「はい」
魔物は――
学習している。
最初の攻撃では左を取られた。
だから次は左を警戒する。
光魔法を見た。
だから次は光魔法を避ける。
攻撃を受けるたび、
少しずつ対応を変えている。
ノエルの背中に冷たいものが走る。
「……ただの獣じゃない」
リシェルも頷く。
「私たちの動きを……覚えています」
アイリスが唇を噛む。
「じゃあ……」
その言葉の先を、
誰も言いたくなかった。
戦えば戦うほど――
こちらの手の内が知られていく。
だが、
リシェルは一度、深く息を吸う。
心臓はまだ速い。
怖い。
それでも。
「……同じことをしなければいいんです」
ノエルがリシェルを見る。
「……?」
「敵が私たちを覚えるなら」
リシェルは二人を見る。
「私たちも、敵を覚えます」
アイリスの目が輝く。
「……敵の癖を」
ノエルが頷く。
「……動きを」
そしてリシェル。
「……魔力の流れを」
三人が初めて――
同じ視点で敵を見る。
ここで戦闘の見せ場。
ノエルは敵の身体の動きを読む。
アイリスは魔法への反応を見る。
リシェルは二人の情報を整理する。
「ノエルさん、三歩下がって!」
ノエルが即座に下がる。
その直後。
魔物の爪が空を切る。
「アイリス、今!」
「はい!」
光魔法。
魔物が避ける。
だが、その先には――
リシェルの魔法。
魔物が咆哮する。
「……当たった!」
ほんの僅か。
しかし――
三人の攻撃が初めて噛み合った。
1回目の戦闘では、
三人で戦っても何もできなかった。
今は違う。
まだ勝てない。
それでも。
敵を見ることで、戦い方が変わり始めている。
リシェルが気づく。
魔物は、
どんなに追い込まれても、
どんなに攻撃されても――
《焦刻片》だけは絶対に守る。
「……やっぱり」
ノエル。
「あれが、この魔物を動かしている」
アイリス。
「じゃあ、壊せば……」
リシェルが頷く。
「可能性はあります」
しかし。
次の瞬間。
魔物が三人へ突進する。
その動きは今までより速い。
「――来る!」
ノエルが前へ。
アイリスが魔法を展開。
リシェルが指示を飛ばす。
三人が同時に動く。
――だが。
魔物は突然、
三人とは全く違う方向へ身体を向けた。
何もない。
誰もいない。
ただの森。
なのに。
魔物は――
その方向を睨んでいる。
唸る。
「グルルル……」
そして突然。
ドォォォン!!
誰もいない場所へ、
強烈な一撃を叩き込む。
木々が吹き飛ぶ。
土煙が舞う。
三人は呆然。
「…………」
ノエルが魔力を探る。
「……何もいない」
アイリス。
「私にも……見えません」
リシェル。
「じゃあ……今のは……?」
魔物はまだ、
そこを睨み続けている。
まるで――
そこに誰かがいるかのように。
ノエルが小さく呟く。
「……おかしい」
リシェルを見る。
「私たちへの攻撃は、あれほど正確だった」
アイリス。
「なのに……」
三人が魔物を見る。
「何もない場所を攻撃した……」
つまり。
《焦刻片》によって、
単に力だけが増幅されているのではない。
認識そのものまで歪められている可能性がある。
そして――
魔物が突然頭を抱える。
「グ……ァ……」
苦しそうに身体を震わせる。
額の《焦刻片》が、
激しく明滅する。
「……苦しんでる?」
アイリスが一歩出る。
リシェルが止める。
「待って!」
魔物が再び咆哮する。
その姿は――
恐ろしい。
けれど同時に。
どこか――
痛々しかった。
そのとき。
少し離れた場所。
ジュージュー仙人は、
いつもの飄々とした表情を消していた。
森の奥を見る。
魔物を見る。
そして――
《焦刻片》を見る。
「…………」
リシェルが振り返る。
「仙人様……?」
仙人はしばらく黙っていた。
やがて。
「……なるほどのう」
「何が……ですか?」
仙人は答えない。
ただ一言。
「狂わされておる」
リシェル。
「……魔物が?」
仙人はゆっくり頷く。
「うむ」
そして――
森の奥へ目を向ける。
「じゃが……」
一拍。
「狂わせておるのは、あの欠片だけではないようじゃ」
リシェルの顔が強張る。
「……え?」
仙人は答えない。
場面は監視所へ。
魔導観測盤。
魔物の巨大な反応。
リシェル。
ノエル。
アイリス。
そして――
一瞬だけ。
四つ目の反応が表示される。
教師の一人が叫ぶ。
「……待ってください!」
グレン。
「どうした?」
「魔力反応が……四つあります!」
ガイアが盤面を見る。
しかし。
次の瞬間。
四つ目の光は――
消えた。
「……消えた?」
虚子先生が呟く。
誰も理解できない。
森の中。
ジュージュー仙人だけが、
静かに目を細めていた。
そして――
「強いのではない」
「狂わされておる」
さらに一拍。
「……そして」
仙人の視線が、
誰もいない森の奥へ向く。
「狂わせた者は――」
「まだ、この森を見ておる」
――その瞬間。
森の遥か彼方。
誰かのものとも知れぬ、
小さな笑い声。
「……ふふ」
そして――いつの間にか消えていた。
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】
――というわけで。
今回は、あの異常な魔物の正体が少しずつ明らかになりました。
その名も――
《焦刻片》
リシェル「魔物を強制的に強くする……恐ろしいものですね」
アイリス「しかも、生命力まで燃料にしているなんて……」
ノエル「……許せない」
仙人「うむ」
リシェル「仙人様?」
仙人「つまりじゃな」
アイリス「はい」
仙人「無理に火力を上げすぎると――」
ノエル「…………」
仙人「肉も焦げる」
リシェル「そこですか!?」
アイリス「仙人様……魔物の話ですよ?」
仙人「人生も肉も、火加減が大事じゃ」
ノエル「……確かに」
リシェル「ノエルさんまで納得しないでください!」
――けれど。
今回、三人が見つけたのは、
《焦刻片》という「弱点」だけではない。
あの魔物は――
戦いながら、こちらの攻撃を覚えている。
そして時折、
誰もいない場所へ向かって攻撃する。
まるで――
そこに「何か」が見えているかのように。
リシェル「……あれは、何だったんでしょう?」
アイリス「私にも分かりません……」
ノエル「……私にも」
三人が仙人を見る。
仙人「…………」
リシェル「仙人様?」
仙人「……ふむ」
アイリス「何か分かったんですか?」
仙人「いや」
ノエル「……?」
仙人「腹が減った」
三人「…………」
リシェル「絶対、何か知ってますよね!?」
仙人「…………」
アイリス「仙人様?」
仙人「…………」
ノエル「……怪しい」
仙人「ほっほっほ」
――その笑顔の奥で。
仙人だけが、
森の奥に潜む「もう一つの気配」を感じ取っていた。
《焦刻片》を埋め込んだ者。
そして――
この獣を、ここへ導いた者。
その正体は、まだ誰にも分からない。
ただ。
森のどこかで――
誰かが、こちらを見ている。
仙人「……火を付けた者は、火の向こう側におる」
リシェル「……え?」
仙人「なんでもない」
リシェル「絶対なんでもなくないです!!」
――第27話・了。




