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第26話「散りゆく火種」 ―― 強さだけでは仲間を守れない ――

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】


――区域実践演習。


ついに始まった、卒業試験を想定した実戦形式の演習。


森を進み、《共鳴片》を探しながら、少しずつ「仲間」らしくなってきたリシェルたち。


……のはずだった。


ジュージュー仙人

「ふむ。四人揃ったところで、記念に宴でも開くかのう!」


リシェル

「開きません!」


アイリス

「えっと……今は演習中ですから……」


ノエル

「……宴?」


ジュージュー仙人

「おお、ノエル。興味があるか?」


ノエル

「……少し」


リシェル

「ノエルさん!?」


仲間との距離も縮まり、順調そのもの。


……だった。


その時までは。


森の奥から響いた――


ズン……。


四人は、まだ知らない。


この演習が。


ただの「訓練」では終わらないことを。


そして――


森の奥で蠢く何かが、


彼女たちの「仲間」という言葉を、


一度引き裂くことになることを。


ジュージュー仙人

「……さて」


仙人だけが、森の奥を見つめていた。


「どうやら――腹を空かせておるのは、わしだけではないようじゃな」


リシェル

「……?」


アイリス

「仙人様?」


ノエル

「……何か、いる」


――第26話。


「散りゆく火種」開幕!

――区域実践演習・監視所


王立アルカディア魔導学院。


森林区域の外に設置された、仮設監視所。


室内には複数の魔導具が並び、その中央には巨大な魔導盤が浮かんでいる。


魔導盤には、森林内部を進む生徒たちの位置が無数の光点となって表示されていた。


その前に立つのは、


《区域実践演習》担当教官――

グレン・ヴァルガス。


厳格な表情で、各班の位置を確認している。


「第一班、予定経路を順調に進行」


「第三班、《共鳴片》探索地点まで残り約十分」


「第六班は少し西へ逸れているが……許容範囲だ」


隣では、


召喚実技主任ガイア・バルドが腕を組んで魔導盤を眺めていた。


「へぇ……思ったより順調じゃねぇか」


「油断するな、バルド」


「分かってるって」


ガイアは笑う。


「今回の演習は、ただ魔物を倒せばいいってわけじゃねぇんだろ?」


グレンが頷く。


「探索能力」


「戦闘能力」


「判断力」


「情報共有」


そして――


「仲間との連携」


グレンの視線が、森林内部の光点へ向く。


「卒業試験《最終踏破試験》を想定した実践演習だ。生徒たちには、実戦に近い状況で自分たちの役割を理解してもらう」


その少し後ろ。


静かに魔導盤を見つめている人物がいた。


契約紋専攻担当虚子先生。


その視線が、一つの光点で止まる。


三つの光点が近くに集まっている。


リシェル。


アイリス。


そして――ノエル。


虚子の表情が、ほんの少し柔らかくなる。


「……リシェルさんたち」


ガイアが笑う。


「あいつらなら大丈夫だろ」


虚子も頷く。


「そうですね」


しかし。


その視線が、もう一つの存在を捉える。


「……それに」


「ん?」


「ジュージュー仙人も一緒ですから」


ガイアが微妙な顔になる。


「……あの焼豚か?」


「仙人です」


「どっちでもいいだろ」


「よくありません」


虚子が珍しく即答する。


グレンが小さく息を吐いた。


「……相変わらずだな」


虚子は苦笑する。


けれど。


その胸の内には、別の思いがあった。


(どうか……無事でいてくださいね)


リシェルとは、最初の授業で出会った。


王国一の才女。


何でもできる少女。


けれど。


虚子には分かっていた。


優秀であるからこそ。


責任感が強いからこそ。


彼女は一人で抱え込みやすい。


(あの子には……仲間が必要です)


そして。


(あの仙人が傍にいるのなら……)


ほんの少しだけ。


安心できる。


――その時だった。


――ピッ。


小さな警告音。


グレンが顔を上げる。


「……?」


もう一度。


ピッ、ピッ、ピッ――


魔導盤の一角が、淡く赤く染まった。


ガイアが身を乗り出す。


「なんだ?」


魔力計測器の数値が上昇していく。


「魔力濃度……上昇しています」


グレンの眉が寄る。


「どの魔物だ?」


「照合します」


魔導具が対象を検索する。


数秒。


――結果が出ない。


「……該当なし」


「何?」


グレンが振り返る。


「もう一度確認しろ」


「はい!」


再照合。


しかし。


結果は同じ。


該当なし。


虚子が静かに呟く。


「……既存の魔物ではありません」


ガイアの表情から笑みが消える。


「おいおい……」


魔導盤の赤い領域が広がっていく。


「まさか……」


グレンが低く呟く。


「演習区域に、想定外の個体が侵入したのか?」


その瞬間――


ズン……


監視所そのものが僅かに揺れた。


全員が顔を上げる。




◇



――森林区域


リシェルたちは歩いていた。


先頭はノエル。


その後ろにリシェルとアイリス。


そして最後尾。


「……腹が減ったのう」


ジュージュー仙人。


アイリスが困ったように笑う。


「仙人様……まだ演習中ですよ?」


「だからじゃ」


「どうしてですか?」


「精神的に激しい演習をしておる」


リシェルが苦笑する。


「まだ何も起きてませんけど……」


「起きる前から腹は減る」


「それは演習関係ないですよね」


そんな会話。


しかし。


ノエルが突然立ち止まった。


「……」


リシェルが振り返る。


「ノエルさん?」


ノエルは森の奥を見ている。


「……静か」


アイリスも耳を澄ませる。


「……本当ですね」


鳥の声がない。


風の音すら妙に遠い。


何より。


魔物の気配が――


消えている。


ノエルが剣の柄に手を置く。


「……おかしい」


「何がですか?」


「魔物が……逃げてる」


リシェルの表情が変わる。


「逃げている?」


その瞬間。




ズン……。


地面が揺れた。


アイリスが息を呑む。


「……今の……?」


もう一度。


ズン……!!


ノエルが剣を抜く。


「……来る」




――監視所


魔導盤が一斉に明滅した。


「反応急上昇!」


グレンが即座に命令する。


「全班へ緊急通達!」


通信魔道具を起動。


『全班へ通達!』


『現在、森林区域内に想定外の魔力反応を確認!』


『演習をただちに中止せよ!』


ガイアも別の通信装置を操作する。


「各班、避難地点へ移動しろ!」


しかし――


ザザッ――


通信が乱れる。


「……?」


再送信。


『全班――』


ザザザザッ――


途切れた。


グレンの目が鋭くなる。


「通信障害?」


虚子が魔導盤を見る。


「……いえ」


「何?」


「魔力干渉です」


ガイアが顔をしかめる。


「つまり……」


虚子が答える。


「誰かが意図的に通信を乱している可能性があります」


室内が静まり返る。


その直後。


魔導盤に表示されていた光点が――


一つ消えた。


「……!」


虚子が息を呑む。


「生徒の反応が……途切れました」


グレンが即断する。


「救出班を編成する!」


ガイアが拳を握る。


「俺が行く!」


「私も同行します」


虚子が言う。


しかしグレンが首を振った。


「虚子はここに残れ」


「ですが――」


「全員の位置を追えるのはお前だけだ」


虚子は言葉を失う。


グレンは続ける。


「現場へ行く者が必要だ。そして、ここから全員を見失わない者も必要だ」


虚子は拳を握る。


「……分かりました」


そして。


小さく呟く。


「……リシェルさん」


その瞳には、教師としての冷静さと。


教え子を心配する一人の人間としての不安が同時に宿っていた。


(どうか……)


(あの子たちが無事でありますように)




――森の奥


木々の向こう。


何かがいる。


一歩。


ズン。


また一歩。


ズン……。


姿が現れる。


巨大な四足四面獣(テトラモルフ)。


しかし。


通常の魔物とは明らかに違う。


異常なまでに発達した筋肉。


身体を覆う黒い魔力。


そして――


額。


そこに埋め込まれている。


黒赤色の結晶。


リシェルが息を呑む。


「……あれは……?」


ノエルが目を細める。


「……見たことがない」


アイリスが震える。


「資料にも……こんな魔物……」


ジュージュー仙人だけが黙っている。


いつもの飄々とした雰囲気が消えている。


「……」


魔物がこちらを見た。


そして。


咆哮。


グオオオオオオオオオッ!!


森全体が震えた。


遠くにいた魔物たちが、一斉に逃げ始める。


リシェルは理解した。


(……この魔物を、他の魔物が恐れている)


ノエルが前へ出る。


「……来る」


リシェルも杖を構える。


「ノエルさん」


「……うん」


「一人で受けないでください」


一瞬。


ノエルがリシェルを見る。


さっきの戦闘で。


初めて仲間を頼った。


だから。


「……分かった」


アイリスも並ぶ。


「私も支えます!」


三人が構える。




◇



――しかし。


魔物が消えた。


「……え?」


一瞬だった。


次の瞬間。


ドォン!!


目の前。


ノエルが反射的に剣を構える。


ガキィィィン!!


衝撃。


ノエルの足が地面を削る。


「――ッ!!!」


「ノエルさん!」


ノエルが耐える。


「……まだ……!」


氷魔法。


「《氷縛》!」


氷が魔物の脚へ絡みつく。


「今です!」


リシェルが魔法を放つ。


「《風刃》!」


直撃。


――だが。


バキィィン!!


氷が砕ける。


風刃も弾かれる。


アイリスが目を見開く。


「……効いてない……」


魔物が腕を振り抜く。


ノエルが剣で受ける。


ズガァァァン!!


「――っ!!」


ノエルの身体が吹き飛ぶ。


「ノエル!!」


木に激突。


「……っ」


ノエルは立ち上がろうとする。


しかし。


膝が震える。


(立って……)


(私は……前衛……)


それでも。


立てない。


(……怖い)


その感情を。


ノエルは初めて、はっきり認めた。



――リシェルの決断


リシェルは一瞬で判断した。


勝てない。


今は――


勝負にすらなっていない。


「アイリス!」


「はい!」


「ノエルさんを!」


「分かりました!」


リシェルは魔法を放つ。


攻撃ではない。


煙。


風。


視界遮断。


「走ります!」


三人が走る。


だが。


魔物が追う。


ズドン!!


木が吹き飛ぶ。


バキィィン!!


地面が裂ける。


「右!」


「こっち!」


「ノエルさん、下がって!」


三人が必死に逃げる。


しかし。


魔物が地面を叩いた。


ドォォォォン!!


大地が爆ぜる。


土煙。


木片。


視界が消える。


「――っ!」


「リシェル!」


「アイリス!」


「ノエルさん!」


声だけが交差する。


そして――


ドサッ。


何かが倒れた。



◇


――静寂


リシェルが目を開ける。


土煙。


倒木。


誰もいない。


「……ノエルさん?」


返事はない。


「アイリス……?」


返事もない。


「……そんな」


リシェルの呼吸が早くなる。


「ノエルさん!」


「アイリス!」


それでも返事はない。


その時。


隣を見る。


そこには。


ジュージュー仙人がいた。


「……仙人様」


「うむ」


「二人は……?」


仙人は答えなかった。


ただ。


森の奥を見ている。


「……まずは、おぬしが立て」


「……え?」




――森全体


異変はリシェルたちだけではなかった。


別の班。


「魔物が逃げてくるぞ!」


「何だ!?」


さらに別の班。


「先生は!?」


「通信が繋がらない!」


負傷した生徒。


「動けない……!」


召喚獣とはぐれた生徒。


「待って! どこへ行くの!?」


学院が想定していた演習。


その前提が。


一つずつ崩壊していく。


「五人なら戦える」


「役割を守れば大丈夫」


「想定魔物なら対応できる」


――そんな計算が。


未知の存在によって、完全に覆された。




――教師たち、森林区域へ


「こっちだ!」


ガイアが倒木を吹き飛ばす。


「生徒を発見!」


「先生……!」


「立てるか!」


「……はい!」


「なら走れ!」


別の地点ではグレン。


「負傷者を優先!」


「二人一組で行動しろ!」


「単独行動は禁止だ!」


そして。


魔物の残した巨大な足跡を発見する。


ガイアが足を止めた。


「……グレン」


「どうした」


「これ……」


足跡の周囲。


他の魔物たちが逃げた痕跡。


グレンが目を細める。


「……他の魔物が、この個体を恐れている」


ガイアが低く言う。


「自然発生の個体……じゃねぇな」


「可能性は低い」


グレンが魔物の痕跡を見る。


「何者かによって、意図的に強化された可能性がある」


そして。


額に埋め込まれていた黒赤色の結晶を思い出す。


「……あの結晶」


二人の表情が変わる。


だが。


まだ、その正体を知る者はいない。




――ノエル視点


森の別の場所。


ノエルはアルジェントと共にいた。


剣を握っている。


身体は痛む。


けれど。


それ以上に胸が苦しい。


(リシェル……)


(アイリス……)


一人になった。


初めて。


「……探さないと」


ノエルは立ち上がる。


足が震える。


それでも歩く。


(今度は……)


(私が会いに行く)




――アイリス視点


一方。


アイリスもまた、一人だった。


ルミナを抱きしめている。


「……ノエル」


幼い頃から。


ノエルはいつも前に立っていた。


自分を守って。


誰かを守って。


何も言わず。


だから。


アイリスは顔を上げる。


「……今度は」


立ち上がる。


「私が探します」


ルミナが小さく鳴く。


「うん」


「ノエルを」


そして。


「……リシェル様も……あ、あと仙人様も。」




――リシェル視点


森の中。


リシェルは立てずにいた。


「……怖い」


仙人は黙っている。


「ノエルさんも……」


「……」


「アイリスも……」


拳を握る。


「私……何もできませんでした」


指揮を執った。


魔法を使った。


逃げる判断もした。


それでも。


守れなかった。


「……私がもっと強ければ」


その言葉に。


仙人が静かに口を開く。


「……怖いか?」


リシェルは俯く。


「……はい」


仙人は笑った。


だが。


それはいつものふざけた笑顔ではない。


「ならば――」


一拍。


「ちょうどよい」


リシェルが顔を上げる。


「……え?」


「怖いということは」


仙人が森を見る。


「まだ、生きたいということじゃ」


「……」


「そして」


仙人は続ける。


「生きたいと思う者は――」


「大切な者に、もう一度会いたいと思うものじゃ」


リシェルの目が揺れる。


やがて。


震える足に力を入れる。


「……探します」


「うむ」


「ノエルさんも」


「うむ」


「アイリスも」


「うむ」


リシェルは立ち上がる。


「……必ず、見つけます」


仙人は静かに笑う。


「それでよい」




――その頃


森林区域から遠く離れた場所。


人の気配がない、薄暗い森。


一本の古木。


その根元に。


黒い法衣を纏った人物が立っていた。


手には小さな魔導器。


そこへ。


森の中から微弱な魔力反応が届く。


人物は目を細める。


「……反応が乱れている」


魔導器に映るのは。


あの異形。


その額に埋め込まれた――


《焦刻片》


狂暴化を促すために埋め込まれた、異質な宝石。


男は静かに呟く。


「なるほど……」


魔導器を見つめる。


「想定していた以上に、魔力を食っている」


一瞬。


森の奥を見る。


「まだ……終わってはいないか」


その声には焦りがない。


むしろ。


興味があった。


「この時代の生物が、どこまで耐えられるのか……」


口元が僅かに上がる。


「見届けるとしよう」


男は魔導器を閉じた。


まだ。


結果は出ていない。


誰が生き残るのか。


誰が魔物を止めるのか。


――それすら、彼には分からない。


ただ一つ。


今回の個体が想定外の反応を見せている。


それだけが。


彼にとって興味深かった。


「……《焦刻片》は、まだ目覚めたばかり」


男は背を向ける。


「さて」


「この時代の者たちは――」


「この試練に、どう答える?」


黒い法衣が揺れる。


そして。


その姿は闇へ消えていった。




――しかし


男は知らない。


その森で。


三人の少女が。


それぞれ別々の場所で


再び仲間を求めて歩き始めていることを。


そして。


彼女たちの隣には――


一人の異界の仙人がいることを。


――散りゆく火種は、まだ、消えてはいない。


【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】


リシェル

「……ノエルさん……アイリス……」


アイリス

「リシェル様……!」


ノエル

「……リシェル」


三人が別々の場所へ散らばってしまった。


さっきまで一緒にいたはずなのに。


声を掛ければ届く距離だったはずなのに。


今は――


誰の声も聞こえない。


リシェル

「私……みんなを守れませんでした」


アイリス

「……」


ノエル

「……私も」


そこへ――


ジュージュー仙人

「ほう」


リシェル

「仙人様……?」


仙人はいつものように、のんびりと笑う。


けれど。


その目だけは笑っていなかった。


ジュージュー仙人

「怖いか?」


リシェル

「……はい」


ジュージュー仙人

「ならば、ちょうどよい」


アイリス

「……?」


ノエル

「……どういう意味?」


仙人は杖を肩に担ぐ。


ジュージュー仙人

「怖いということは――」


一拍。


ジュージュー仙人

「まだ、生きたいということじゃ」


三人が、それぞれの場所で顔を上げる。


ジュージュー仙人

「ならば――」


ニヤリ。


ジュージュー仙人

「次に会う時まで、勝手に死ぬでないぞ?」


リシェル

「……はい!」


アイリス

「はい!」


ノエル

「……うん」


そして――


森のどこかで。


再び、


ズン……


地面が揺れた。


ジュージュー仙人

「……ふむ」


「どうやら、まだ腹を空かせた奴がおるようじゃ」


リシェル

「仙人様……今の状況でその冗談ですか!?」


アイリス

「ちょ、ちょっと安心しました……」


ノエル

「……仙人らしい」


――離れ離れになった三人。


――迫り来る未知の魔物。


――そして、森の奥に潜む「何か」。


次に三人が再び集まった時。


彼女たちは、ただ逃げるだけでは終わらない。


「仲間と戦う」という意味を、初めて知ることになる。


――次回。


第26話

「――言葉は、離れた仲間にも届く。」


《脂言霊・鼓舞(ラード・ブレイズ)》


その言葉が、再び三人の火種を繋ぐ。

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