第25話 「森に響く三つの足音」
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】
リシェル
「いよいよ《区域内演習》ですね!」
アイリス
「はい! 《共鳴片》を探して、制限時間内に戻ってくるんですよね」
ノエル
「……二時間」
ジュージュー仙人
「つまり――二時間以内に肉を探して帰ってくればよいのじゃな?」
リシェル
「違います!!」
仙人
「では、肉を探しながら共鳴片を――」
リシェル
「もっと違います!」
アイリス
「……仙人様、ちゃんと地図は持ちましたか?」
仙人
「もちろんじゃ」
リシェル
「見せてください」
仙人
「ほれ」
リシェル
「……これ、食堂のメニュー表ですよ?」
仙人
「…………」
ノエル
「……焼豚定食」
仙人
「おお! 共鳴片より重要な情報じゃ!」
リシェル
「開始前から不安しかありません……」
そして――。
森の入口に立つ三人。
ノエルが静かに前を見る。
アイリスが隣に立つ。
リシェルが地図を握る。
その肩には、相変わらず仙人。
ノエル
「……行こう」
アイリス
「はい!」
リシェル
「ええ!」
仙人
「うむ。では参るぞい!」
――こうして。
まだ「仲間」と呼ぶには少しだけ不器用な四人の、初めての実戦が始まった。
王立アルカディア魔導学院 森林区域へ続く門の前。
普段なら生徒たちの話し声で賑わっている場所も、今日はどこか緊張感が漂っていた。
今回の《区域内演習》は、卒業試験を意識した実戦形式。
目的は単純な魔物討伐ではない。
森林区域内に配置された特殊な魔導具――
《共鳴片|》《・》を制限時間内に回収すること。
リシェルは地図を手にしていた。
その横にはアイリス。
そして先頭にはノエル。
ノエルの隣には召喚獣――銀狼アルジェント。
その後ろには聖光兎ルミナを伴ったアイリス。
そしてリシェルの肩には――
「ほっほっほ。森の空気は実に良いのう」
ジュージュー仙人。
リシェルが呆れる。
「仙人様、遠足じゃありませんよ」
「分かっておる」
「本当に?」
「もちろんじゃ。遠足なら弁当が必要じゃからのう」
「……やっぱり分かってませんね」
アイリスが小さく笑う。
ノエルも前を向いたまま、
「……いつも通り」
と呟く。
「ほら、ノエルさんまで!」
リシェルが抗議する。
ノエルの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
森へ入る。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
木々の隙間から差し込む光。
湿った土。
遠くから聞こえる鳥の声。
学院とはまるで違う空気だった。
リシェルが地図を広げる。
「先生の説明では、《共鳴片》はこの森林区域内に複数配置されているそうです」
アイリスが地図を覗く。
「場所は書かれていないんですよね?」
「はい」
ノエルが地図を見る。
「……探させるため」
リシェルが頷く。
「そうだと思います」
アイリスが考える。
「じゃあ、何か目印になるものを探したほうがいいんでしょうか?」
ノエルが森を見る。
「……水」
「水?」
「……魔物は、水場に集まりやすい」
リシェルが地図を見る。
森林区域の奥には、小さな川がある。
「なるほど……」
アイリスが続ける。
「魔物が集まる場所なら、先生たちも探索地点として選びやすい?」
「そうですね」
リシェルが頷く。
「まずは小川を目指しましょう」
三人の意見が一つになった。
しばらく進むと、道が二つに分かれる。
右。
左。
リシェルが立ち止まる。
「……どちらでしょう」
ノエルは右を見る。
「……右」
だが、アイリスが少し首を傾げた。
「あの……」
二人がアイリスを見る。
「左から、水の音が聞こえませんか?」
「……」
ノエルが耳を澄ます。
さら……
さら……
小さな水音。
ノエルが目を見開く。
「……本当」
アイリスがほっとする。
「よかった……」
ノエルはアイリスを見る。
「……ありがとう」
「え?」
「……気づいてくれて」
アイリスの顔が明るくなる。
「はい!」
リシェルが微笑む。
「では、左へ行きましょう」
この瞬間。
ノエルは無意識に理解する。
自分が気づかなかったものを、仲間が見つけてくれる。
それは、今まで知らなかった感覚だった。
◇
やがて小川に辿り着く。
ノエルが周囲を見る。
地面には獣の足跡。
「……魔物」
リシェルがしゃがむ。
「新しいですか?」
「……少し前」
アイリスが周囲を見渡す。
「じゃあ、この辺りに《共鳴片》がある可能性も……」
リシェルが考える。
「水場。魔物の生息。探索地点としても分かりやすい」
ノエルが川上を見る。
「……あっち」
倒木。
その根元。
淡い光が漏れている。
「……見つけた」
リシェルが目を細める。
「《共鳴片》……!」
しかし――
ノエルの耳が動いた。
「…………」
アルジェントが唸る。
「グル……」
ノエルが剣の柄へ手を掛ける。
「……来る」
⑤ 三体の魔物
ガサッ!
茂みが揺れた。
一体。
二体。
三体。
狼型の小型魔物。
アイリスが緊張する。
「三体……」
ノエルが静かに答える。
「……大丈夫」
リシェルが二人を見る。
第23話で決めた役割。
前衛――ノエル。
中央――リシェル。
後衛――アイリス。
「ノエルさん、正面をお願いします!」
「……任せて」
「アイリスは右側を!」
「はい!」
リシェル自身は中央。
そして仙人は――
「ワシは後ろから皆を見守るぞい」
「……本当に見守るだけですよ?」
「もちろんじゃ」
一体目が飛び込む。
ノエルが一歩前へ。
――ガキィン!
爪と剣がぶつかる。
重い。
ノエルの腕に衝撃が伝わる。
(……思ったより速い)
魔物が身体を捻る。
二撃目。
ノエルは半歩下がる。
爪が頬を掠めた。
「……っ」
その瞬間。
二体目が横から迫る。
だが――
「ルミナ!」
アイリスの声。
聖光が弾ける。
「ぴぃっ!」
光が魔物の視界を奪う。
ノエルが一瞬だけアイリスを見る。
(……右は、任せていい)
ノエルは正面へ向き直る。
一歩。
踏み込み。
「……そこ」
剣閃。
一体目が吹き飛ぶ。
残り二体。
一体がアイリスへ。
リシェルが即座に動く。
「アイリス、下がって!」
魔法障壁。
――ドンッ!
魔物が弾かれる。
だが、もう一体がノエルの死角へ回り込む。
ノエルは気づいている。
だが――
(アイリスは……)
振り返りかける。
その瞬間。
「ノエルさん、前です!」
リシェルの声。
ノエルが止まる。
リシェルがアイリスを見ている。
なら、自分は前を見る。
「……分かった!」
ノエルが踏み込む。
魔物の爪。
ノエルの剣。
互いが交差する。
――ガキィィン!
ノエルが押し込む。
魔物が後退。
その瞬間。
「今です!」
リシェルの魔法。
魔物の足元が凍る。
動きが止まる。
ノエルの目が鋭くなる。
「……そこ」
一閃。
残る一体。
アイリスが構える。
「ノエル、左!」
「……分かった」
ノエルが敵を左へ追い込む。
リシェルが敵の進路を魔法で塞ぐ。
アイリスが光魔法を放つ。
「ルミナ!」
「ぴぃっ!」
光の拘束。
魔物の動きが止まる。
ノエルが踏み込む。
一撃。
――ドンッ!
魔物が倒れる。
静寂。
三人は互いを見る。
アイリスが嬉しそうに、
「……できました」
リシェルが笑う。
「はい」
ノエルは剣を収める。
「……一人じゃないと」
二人を見る。
「……楽」
リシェルが答える。
「それなら、これからもそうしましょう」
ノエルは少しだけ目を伏せる。
「……うん」
その時。
仙人がぽつり。
「……左じゃ」
「え?」
リシェルが振り返った瞬間――
茂みから別の魔物が飛び出す。
「危ない!」
リシェルが身を捻る。
爪が髪を掠める。
ノエルが瞬時に前へ。
――ズバッ!
魔物が倒れる。
リシェルは呆然。
「……仙人様」
「なんじゃ?」
「今の……」
「たまたまじゃ」
「…………」
ノエルも仙人を見る。
アルジェントまで仙人を見る。
「……グル」
仙人が胸を張る。
「なんじゃ。ワシを疑っておるのか?」
ノエル。
「……少し」
「ノエル嬢まで!?」
◇
戦闘を終えた三人。
ようやく倒木の根元へ。
淡い光を放つ欠片。
リシェルが慎重に拾う。
「これが《共鳴片》……」
手の中で淡い光が揺れる。
アイリスが微笑む。
「一つ目ですね」
ノエルが頷く。
「……あと二つ」
リシェルが地図を見る。
「時間も十分あります」
仙人が笑う。
「ほっほっほ。これは楽勝じゃのう」
リシェル。
「仙人様がそう言うと、不安になるんですが……」
「なぜじゃ!?」
三人が笑う。
――順調だった。
少なくとも、この時までは。
二つ目の共鳴片を探して、さらに奥へ。
ところが。
次第に森の音が消えていく。
鳥の声。
虫の音。
風。
何もない。
アイリスが小さく呟く。
「……静かですね」
ノエルが立ち止まる。
「……静かすぎる」
リシェルも周囲を見る。
「さっきまで、あんなに鳥がいたのに……」
ノエルが目を閉じる。
索敵。
魔力。
生命反応。
――何もない。
いや。
違う。
何かが、この周辺から離れている。
「……魔物」
「魔物?」
「……いない」
一拍。
「……逃げてる」
ガサッ!
茂みが揺れる。
一体の魔物が飛び出す。
だが、こちらを襲わない。
そのまま走り抜ける。
アイリスが振り返る。
「……今の魔物」
さらに一体。
また一体。
今度は明らかに異常だった。
三人の存在など眼中にない。
ただ――
何かから逃げている。
アルジェントが毛を逆立てる。
「グルルル……」
ノエルの手が剣へ伸びる。
「…………」
リシェルが小さく問う。
「ノエルさん」
「……うん」
「何が来ているんですか?」
ノエルは答えられない。
自分の索敵範囲。
何度探っても――
敵の輪郭が掴めない。
その時。
――ズン。
地面が揺れた。
アイリスがよろめく。
「きゃっ……!」
リシェルが支える。
「大丈夫ですか!」
「は、はい……!」
ノエルはすでに剣を抜いていた。
アルジェントが前へ出る。
「グルル……!」
――ズン。
二度目。
木々が揺れる。
鳥が一斉に飛び立つ。
ノエルが呟く。
「……大きい」
リシェルも魔力を探る。
そして息を呑む。
「……この魔力」
アイリスがルミナを抱きしめる。
「先生から聞いた魔物とは……違います」
「……うん」
ノエルが答える。
「……資料にない」
その瞬間。
バキィィッ!!
巨大な木が倒れる。
その向こうから――
何かが現れる。
獣のようにも見える。
竜のようにも見える。
だが、そのどちらでもない。
既存の魔物とは明らかに違う。
そして。
その異形が――
三人を見る。
ノエル。
リシェル。
アイリス。
そして最後に――
肩の上のジュージュー仙人を見る。
「…………」
仙人の顔から笑みが消える。
ほんの一瞬。
その瞳だけが――
異様なほど鋭くなる。
ノエルが気づく。
(……仙人?)
だが、聞く暇はなかった。
異形が一歩踏み出す。
ズン。
ノエルが剣を構える。
リシェルが杖を構える。
アイリスがルミナを抱く。
三人が横並びになる。
さっきまでの戦闘とは違う。
誰も、
「勝てる」
とは思っていない。
それでも。
ノエルは一歩前へ出る。
「……私が前に」
リシェルが言う。
「はい。でも――」
ノエルが振り返る。
リシェルが微笑む。
「今度は、私たちも一緒です」
アイリスも頷く。
「……背中は、任せてください」
ノエルの瞳が揺れる。
そして――
「……うん」
その瞬間。
森の奥から、
四つ目の足音。
――ズン。
三人の足音に重なる。
仙人だけが、静かに目を細める。
「……なるほどのう」
そして誰にも聞こえない声で――
「ようやく、出てきおったか」
――第24話・終。
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】
リシェル
「……まさか、あんな魔物が出てくるなんて」
アイリス
「本当に……怖かったです」
ノエル
「…………」
リシェル
「ノエルさん?」
ノエル
「……大丈夫」
(……大丈夫じゃない)
(……怖かった)
(でも……)
(二人がいた)
ノエルは、そっと二人を見る。
ノエル
「……ありがとう」
アイリス
「え?」
ノエル
「……なんでもない」
リシェル
「?」
その横で、仙人だけが森の奥を見つめている。
さっきまでの飄々とした表情はない。
仙人
「…………」
リシェル
「仙人様?」
仙人
「……いや」
仙人
「少々、面白くなってきたと思ってのう」
リシェル
「面白く……?」
アイリス
「仙人様、もしかして何か知っているんですか?」
仙人
「さてのう」
ノエル
「…………」
ノエルだけは気づいていた。
あの瞬間。
未知の魔物を見た時――
仙人の目が変わったことを。
そして。
森の奥から再び響く。
――ズン。
アイリス
「……また……」
リシェル
「まだ、いる……?」
ノエルが剣を握る。
ノエル
「……来る」
仙人が小さく笑う。
仙人
「さて――」
仙人
「ここからが、本当の演習じゃ」
――その言葉と同時に。
森の奥で、何かが動いた。
三人の足音に重なる、四つ目の足音。
そして誰も知らない。
この遭遇が――
ノエルにとって、
「誰かを守るだけの戦い」から、
「誰かを信じて戦う物語」へ変わる最初の一歩になることを。
――第26話へ続く。




